第八話『不死者の村』

頁弐拾伍

 え? 過激な話が聞きたい……ですか?

 ……言っておきますが、いつも物騒な目に遭っていた訳ではありませんよ。

 むしろその逆、普段の道のりは平々凡々としていましたから。

 貴方に話しているのは、その中で特に強く覚えている所を──……。

 ……それらしき物が一つありますが、これは話しても良いものか……。

 それでも、聞きたいですか? ……分かりました。


──────


 僕達は、山奥の小さな村へ来ていました。

 麓の町の噂が気になったのです。外の人間は誰も近づかないというその村には、人食──人を食う風習があると。

 不死者の中には猟奇趣味が極まった結果、そういう行為に走る者もいるという白咲さんの意見により、止める人の言う事も聞かずに来てしまったのです。


「ここですか」


「そのはずよ。……だけど」


 村は至って平和に見え、血生臭さは微塵もありませんでした。

 のどかな様子は、僕が生まれた村にも似ていました。


「おや、どちら様かな?」


 村の入り口で中を窺っていると、隣にある森から一人の老人が出てきました。


「旅をしている者です。次の町へ行く途中、道に迷ってしまって……」


「そうか、それは大変だったねえ。この時期に旅は厳しいだろう、しばらくこの村で休むといい。さ、来なさい」


 案内されるまま、僕達は村に入りました。

 村の中も怪しい気配は無く、全体が温かな雰囲気に満ちていました。

 ですが、一つだけ他所の村と違うところがありました。


「ご老人が多いですね……」


「年寄りくさいかね? はは、ここは長生きが多くてなあ。儂も、もう七十八だ」


「七十八!? とてもそうは見えません……てっきり五十くらいかと」


「はははは。それは嬉しい事だなあ」


「何か、長生きの秘訣でもあるんですか?」


 少しだけ低い声で白咲さんが問うと、


「おや爺さん、その子らは?」


 それを遮るかように、木材を担いだ男性がこちらに話しかけてきました。


「旅人で、道に迷ってしまったんだと。この時期に旅は厳しかろう? そこで、休ませてやりたいんだが」


「なるほど、じゃあ俺ん所に来るかい?」


 その男性を皮切りに、次々と村人が押し寄せてきました。

 突然来た旅人を邪険にする人はおらず、皆が歓迎してくれているようでした。

 色々あった結果、僕達は最初に話しかけてくれた男性の家に泊まる事にしました。


──────


 その人は郷満さとまと言う名前でした。

 両親と子供四人の六人家族で、「あと二人増えたって変わらないわ」と笑う奥さんの顔を覚えています。

 四人の子供はそれぞれはじめおさむ千夜ちよ八栄やえと言う名前でした。

 長男の元君が十歳に、次男の勇君が八歳。長女の千夜ちゃんが七歳で、最後に末っ子の八栄ちゃんが五歳。全員人懐っこく、とても良い子達でした。

 泊めてもらう代わりに、その子達のお守りを頼まれたのです。


 僕達は、主に虫取りや鬼ごっこをして遊びました。

 遊びに飽きた頃、白咲さんが戯れに錬金術で動物などを模した大きな像を作ると、村中の子供が集まって歓声を上げました。

 その頃には僕も軽く錬金術が使えるようになっていたので、犬や猫、汽車などの人形を作ってあげました。

 目を輝かせ、お礼を言ってくれる子供達を見て、僕はとても嬉しくなりました。

 拙いものでしたが、それが初めて人のために使った錬金術だったのです。


──────


 元気な子供達に振り回され、疲れ切った僕らを待っていたのは、郷満さんの奥さんの夕食でした。


「麓の町に比べたら貧相でしょうけど……」


「とんでもない。いただきます」


 食卓に並んでいたのは、山菜や川魚、玄米などの品でした。

 どれも美味しかったのですが、その中に肉の類はありませんでした。


「……肉は無いんですね」


「今日は狩りをしていなくて……。若い人にはお肉が良かったかしら?」


「あ、いえ、すみません。別にそういう訳ではなく、体に良さそうだな、と……」


「春君、突然何言ってるのよ」


 僕の肩に顔を寄せて、白咲さんが小さな声で苦情を言ってきました。


「ですが白咲さん、ここは……」


「今はいつも通りに過ごすのが最善よ」


「どうされました?」


「いえ、何でもありません」


 どうにか取り繕って、食事を終えました。


──────


「……ここ、普通ですね」


 寝床で、僕は白咲さんにそう告げました。


「そうね」


「あの噂は嘘だったんでしょうか……」


「ガセか、もしくは過去の物か……。明日、探ってみましょう。それとなくね」


「それとなく、ですか」


「ええ。こんな閉鎖的な所は、何がきっかけで排除されるか分からないもの」


「そうなんですか……」


 僕には、少しだけ分かる気がしました。

 他との交流がない場所では、人の繋がりが強いほど、その輪に入れない者は拒絶されてしまいます。

 ここにもそんな側面があるのだろうか、と少し不安になりながらも、僕は眠りにつきました。


──────


 次の日。皆で鬼ごっこをしていると、勇君が転んでしまいました。


「大丈夫かい!?」


 僕が慌てて駆け付けると、勇君は泣く事もなくけろりとしていました。

 転んだ場所が砂利まみれの粗い所で、手も膝も血まみれになっているのにも関わらず、周りも平然としていました。


「これくらいどおって事ないよ。おまじないをすれば、すぐに治っちゃうからね!」


「おまじない?」


 よく小さい子が使う「痛いの痛いの飛んでいけー」みたいなものかなと思っていると、勇君は手で膝の部分を覆い、呪文らしきものを唱え始めました。


「イサダク、シオナオ、ヲガケノコ、マサトクイ」


 このような呪文を三回ほど唱えたあとに手を開くと、見るからに酷かった怪我が完全に治っていました。


「その、呪文は?」


「ケガが治るおまじない! 知らないの?」


「僕は聞いた事が無いな。白咲さんは?」


「私も無いわ。この村特有のものみたいね」


「へーぇ」


 興味なさげに返事をする勇君に、白咲さんが問いかけます。


「他にもそんな物に心当たりはない? 祭りや決まり事、あるいは……神様、とか」


「うーん……。伊久磨いくと様は知ってる?」


「伊久磨様? って何だい、勇君」


「村の守り神で、外れの洞穴に……」


「勇! ほら、怪我も治ったし行こうぜ」


 勇君の話を突然遮ると、元君は勇君を連れ何処かへと行ってしまいました。

 他の子供も、気が付けば一人残らず消えていました。


「……伊久磨様……」


「外れの洞窟ね。行ってみましょう」


「でも、今の様子だと触れてはいけない場所みたいですよ。バレたらどうします?」


「荷物はもう全部纏めてあるわ。ウィルは、もしも何かあればすぐ逃げ出すように入魂にゅうこんしてあるから、最悪あの子さえ来てくれたら旅は続けられる」


「用意周到ですね……」


 そのまま行こうとしたのですが、郷満さんの奥さんから薪集めを頼まれまして。

 それが好機と踏んだ僕達は、村外れの洞穴へと向かいました。

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