頁弐拾肆

「彼と話したのはたったの数回だったけど、それでも彼の異常さはよく分かったよ。良く言えば知的好奇心の塊。悪く言えば実験に憑りつかれた愚か者。彼はこの世の全てを知りたがっていた」


「この世の、全て……」


「そのためなら、魔術にも、錬金術にも手を出す事を厭わなかった。当時は私のように、隠れ蓑として錬金術師になる事を選んだ魔法使いも少なかったからね。大勢から奇異の目で見られていたよ。……ただ、彼の実験は、その……」


「ほとんど虐殺よ。あれは」


 ブラウニーがそう言い捨てました。


「双子を生きたまま縦半分、あるいは横半分に割って繋いでみたり、親子を殺し合わせてみたり、頭蓋骨を砕いて剥き出しにした脳をかき回してみたり……。そんな事を、とても楽しそうに話すの。わたし、あの人大嫌い」


「止めようとは思わなかったんですか?」


「思った人はいても、止められなかったよ。残念な事にね。彼は魔法の中でも、特に呪いに秀でていてね。少しでも反発したら、死ぬより恐ろしい目に遭うんだ。……魔法使いは長生きな分、臆病者ばかりでね。かく言う私もそう。見知らぬ誰かの不幸よりも、自分の平穏を選び取ってしまう」


 何処か、ばつが悪そうに言うと、逸弥さんは目を閉じました。


「そんな彼は、ある日知り合いの魔法使いを集めたの。そこには私もいた。彼は心底嬉しそうに、『死なない方法を発見したよ!』と言ってね。最初は皆馬鹿にした。でも、彼が自分の頸を切った途端、皆目の色を変えた」


 白咲さんの目が猛禽のように光りました。膝に置かれた右手が、強く握りしめられていました。


「……魔法使いが長生きする理由はね、色々あるけど結論は皆同じ。死ぬのが怖いから。誰もがその技術を欲しがった。でも、私や他の数人は断った。……私はね、これ以上人間じゃなくなるのが怖かったの」


「…………」


「すると彼は、不死者化を断った人達を次々に殺し始めた。命からがら逃げきったけど、どうしても彼が怖くてね。英吉利から遠く、日本まで逃げてきた。だから、他の魔法使いから彼も日本に来ているって聞いた時は絶望したよ。幸いな事にまだ出遭ってないけど、今でも怖い」


 逸弥さんの手は震えていて、その言葉が嘘でない事を示していました。


「……彼、いいや、奴を生み出したのは、私達魔法使い全員の責任だ。謝っても謝り切れない。もしも気に入らなければ、義肢を直したあと殺したっていい。そうされても仕方がない事を私達はやらかした。……出来なかった」


 頭を下げた彼女に、白咲さんは銃を向けました。


「白咲さん……っ」


「そうね。今、物凄く貴女が憎いわ。殺してしまいたいくらいに」


 ゆっくりと引き金に指をかけて、そのまま引きました。

 ですが、かちりと音が鳴っただけで、弾は出ませんでした。


「でも、不死者でもない貴女を憎んだって、どうにもならない。私は私自身で奴にけりを付けるわ。その邪魔さえしなければ、貴女の事はどうでもいい」


 白咲さんは銃を仕舞うと、


「早く私の手足を作って頂戴。……殺されたくなければね」


 そう言って、本を読みに戻りました。


「……こ、怖かったよー……」


「わたしも……」


 白咲さんの重圧から解き放たれた逸弥さんとブラウニーは、酷くうなだれていました。


「大丈夫ですか?」


「どうにかね……。これは早く仕上げないといけないわ」


「そうよ。ハヤミが殺されたらわたしは自由になるけど、あんな様子じゃ絶対わたしまで殺されちゃうわ!」


「白咲さんはそう簡単に人を殺すような人ではありませんよ。……多分」


「そこは言い切ってくれないかなあ!?」


 すみません、実は今でも言い切れません。

 でもまあ、そんな感じで時間は過ぎていきました。


──────


 次の日。逸弥さんが告げた期限の日です。


「お待たせ! 出来たよ」


 白く輝く磁器製義肢を持って、逸弥さんが工房から出てきました。


「取り付けたら、確認のために軽く外で運動してもらえるかな?」


「ええ。勝手は知っているわ」


「それは何より」


 義肢を取り付けてもらうと、白咲さんは外で体操したり、その場で跳んでみたり、軽く走ったりしていました。


「どうですか?」


「悪くないわ。前より動きやすくなった」


「良かったー。私の腕も中々だって事だね」


 玄関に出ると、逸弥さんは大きく背伸びをしました。


「久々に徹夜したから眠くて眠くて。君達を見送ったらすぐに寝るよ」


「こちらも、すぐに出て行くわ」


「もう行ってしまうの?」


 扉の隙間から、名残惜しそうにブラウニーが顔を出します。


「はい。お世話になりました」


「そう……」


 がっくりと肩を下ろした姿に少し申し訳なさを感じつつも、荷物をまとめて僕達は家を出ました。

 そのまま山道を下ろうとすると、


「ちょっと待って!」


 逸弥さんが何かを持って出てきました。

 草履だからか、転びそうになりながらも、どうにか僕達の前まで来ました。


「これ、立華さんにあげるよ。知り合いがくれたとっておき」


 白咲さんが彼女から手渡されたのは、黒で統一された拵の短刀でした。


「……これは?」


「ちょっと抜いてみて」


 言われた通りに鞘から抜くと、全体が鈍く銀色に光っていて、普通の短刀とは違うようでした。


「これね、全部銀で出来ているんだ。もしも虚鵺からやが襲ってきても、これで身を守れるようにってね。でも、私には必要なさそうだからあげる」


「いいの?」


「うん。これは立華さんにこそ必要な物だと思うの。……だけど、これを使えるのは一回だけ。肌を掠めただけで不死者を殺せる優れものだけど、そのあとはすぐに刀身が霧散してしまう。使う時は慎重にね」


「分かったわ。……ありがとう」


「どういたしまして。これからも君達の旅路に多くの幸がありますように」


 そう言うと、逸弥さんは僕達それぞれの胸に何かを書きました。


「魔法使いの加護だよ。……効力は、あまり期待されても困るけど」


「ありがとうございます」


「頑張ってね」


「ええ」


 そうして、僕達は逸弥さんに見送られながら次の町へと歩き出しました。

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