頁拾漆

 翌日、僕達は屋敷の散策に行こうとしたのですが、カランカランという鈴の音が外から聞こえてきたので、予定を変更して聞こえた方向──裏口へ向かいました。

 すると、そこには沙凪さんと一人の男性がいました。

 二人は談笑していましたが、沙凪さんは僕達の姿を見つけるや否や、すぐに笑顔で手を振ってきました。


「ご主人様ー!」


「ん? おお、おはようさん」


「どうも……」


「おはようございます」


 男性は帽子を取って挨拶してくれました。その頭は白く、顔の皺も深かったのですが、背はしゃんとしていました。彼の引いている荷車には、空の籠がいくつかありました。


「紗凪。少し外してもらえないかしら?」


「かしこまりました。それでは私は食材を中に運びますね」


 大きな箱を何個も抱えて沙凪さんが屋敷の中に入ったのを確認すると、白咲さんは男性に向き直りました。


「初めまして。私は白咲立華、錬金術師で旅をしています。そして彼は同行人の」


「明哉春成です。その、僕達は……」


「俺はこの屋敷の持ち主の知り合いだった拍野土うのどだ。あんたらが、今回の『ご主人様』だな?」


「はい。……知り合いだった、とは?」


「なに、簡単な話だ。そいつはもうずっと前にくたばっちまったんだよ。この屋敷の主、本当の『ご主人様』は青瑞友知しょうずいゆうじって名前で、そいつはずっと、話によると曾祖父の代からここに住んでたらしい。俺は麓の町の食堂に食材を卸す仕事をしててな。沙凪に渡すのはその余りだ」


「青瑞って確か……五色ごしき開祖かいその一つですよね?」


「ええ、物理的錬金術と概念的錬金術の両方を修める流派よ。つかぬ事を聞きますが、彼の死因は何だったんですか?」


「病気だ。五年前に町で入院して、そのまま死んだ。それからはここにいるのは紗凪だけだよ」


 山羊のような顎髭をさすりながら、拍野土さんはそう言いました。


「もしも他にも知っている事があれば、教えてもらえませんか?」


「すまんが、これ以上は知らねえんだ。奴はほとんど外に出なかったし、他人と会話もしなかったからな。でもまあ、家ン中探れば何かしら見つかるんじゃねえか?」


「そうですか……ありがとうございました」


「いいや、役に立てなくてすまないな。紗凪の事、よろしく頼むよ」


「……はい」


──────


 拍野土さんと別れたあと、僕達は洋館の中を探索しました。

 外観から想像したのと同じくらい、もしかしたらそれ以上に広く、部屋も数えきれないほどありました。

 ですが、その部屋のほとんどは空か、綺麗に掃除されているかどちらかでした。

 おそらく沙凪さんが定期的に掃除していたのでしょう。

 誰もいないのに綺麗な部屋は、かつての僕の家を思い起こさせました。


「部屋数からして、かつては多くの人が住んでいたんでしょうね」


「そうね。十人以上はいたはずよ」


 部屋にあった本の頁をめくりながら、白咲さんは相槌を打ちました。


「そのほとんどは弟子だったと思うわ。置かれている錬金術書の内容からして、いたのは十年前かしら」


「なるほど……。二階、行ってみますか?」


「もう少し一階を見てからにしましょう」


 その部屋を出た時に、紗凪さんとばったり会いました。


「ご主人様。どうされましたか? 探し物でしょうか?」


「ええ、ちょっとね。一階にある部屋は他にもあるかしら?」


「いいえ。ご主人様方が出てきた部屋が最後です」


「……あれ?」


 僕は、奥の行き止まりに扉があるのを見つけました。


「紗凪さん、あの部屋は……?」


「そこは行き止まりですが」


「えっ、でも……」


「何もありませんよ。私はお昼の準備がありますので、これで失礼します」


 去っていく紗凪さんを、僕は呆然と見送りました。

 確かに目の前に扉があるのにも拘わらず、沙凪さんは「無い」と言うのです。


「ありますよね、部屋……」


「ええ、そうね。おそらく、あの部屋の情報は入魂にゅうこんされていないんじゃないかしら」


入魂にゅうこんされていない?」


機械人形オートマタにさえ隠したい『何か』があるのでしょう」


「何か、とは?」


「それは見てみないと分からないわ」


 僕は何処か物々しい雰囲気をした扉の前に立ちました。

 そのまま開けようとしましたが、ドアノブが動きません。


「鍵が閉まっているようですね」


「春君、ちょっとどいて」


 白咲さんは鍵と壁の境界線をまたぐように術式陣じゅつしきじんを書くと、錬金術を発動しました。

 ギイ、という音と共に扉が開きます。

 中は黴臭く埃が舞っていて、僕は咳き込んでしまいました。


「どうやらここが彼の工房だったようね」


 本棚に仕舞われないまま床に散乱した本は埃を被り、蜘蛛の巣だらけの机上には実験器具がごちゃごちゃと置かれていました。


『……客人、かな?』


「えっ?」


 ふと、どこからか声が聞こえました。


『ここだよ』


「────」


 白咲さんが机上を見て絶句していました。

 僕も白咲さんの視界を遮らないように覗き込みます。


「白咲さん……?」


『やあ、初めましてだね。三年と二十一日、五時間ぶりの客人よ』


「なっ──」


 そこには、一つのフラスコがありました。


 本当に、今でも信じられませんが……その中に『人間』がいたのです。


 見た目は、膝を抱えた全裸の小人でした。大きさは大体僕の小指くらい。

 体には毛が生えておらず、目は閉ざされており、空中で浮いていました。


「……ホムンクルス」


 白咲さんがそう呟きました。


「ホムン、クルス?」


「ええ。かつての錬金術師達が夢見た幻想の一つ。人間が出産と言う手順を踏まずに人間を造る──つまり、『人造人間』よ」


「じ、人造人間!? ……これが?」


『これ、とは随分な物言いだな』


「すっ、すみません。……じゃなくて!」


 僕は思わず声を荒げてしまいました。


「本当に、そんな事が可能なんですか?」


「ええ。私もずっとただの夢物語だと思っていたわ。でも、こうして見た以上、信じざるを得ない」


『物分かりの良い子で助かるよ。私の事は、ホムンクルスでいい。君達の名前は?』


「私は白咲立華」


「僕は明哉春成です」


『白咲、あの白咲か。っているよ。この国の始めの錬金術だ』


「貴方には外界の知識の全てが詰まっているのよね?」


『そうだよ。私は何でも識っている。活かす手段は無いがね』


 ホムンクルスの口は閉じたままでしたが、彼の声は頭の中に響いてきました。

 ええ。『彼』、です。見た目からは性別は分かりませんでしたが、彼は男だったのだと思います。あるいは、彼に性別は無いのかもしれません。

 一応、ここでは彼と呼ばせてもらいます。


「確か、そのフラスコの中から出てしまえば死んでしまうのよね?」


『その通り。独りじゃ移動すらままならないから、こうして瞑想に耽っていた。また人と話せるとは思わなかったよ』


「私も、まさかホムンクルスと話せるなんて夢にも思わなかったわ。貴方なら、この屋敷の出来事も知っているのでしょう?」


『勿論。……さて、どこから話したものか』


 そう前置きをすると、ホムンクルスは語りだしました。

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