第五話『心無きモノの恋』
頁拾陸
こんにちは。三日ぶりですね、元気にしていましたか?
……え、風邪をひいていた? それは大変でしたね……もう平気ですか?
薬なら良い物がありますが。いらない? そうですか……。
そんな事より話の方が薬になる?
ええ、いいですよ。では話しましょうか。
でも、今日はどんな話がいいかな……。
そうだ、森の中にある不思議な洋館の話はどうでしょうか?
それはこの前聞いた? 栄犠さんとはまた別の話ですが。……良かった。
じゃあ、今日はこの話にしましょう。
──────
あれは冬の初めの頃。木々の葉は既に落ち切り、肌寒い風が吹いていました。
僕達は、次の町の近道だと教わった森の道を歩いていたのですが、同じ景色が続く中で道に迷ってしまいました。
「今日は野宿になるかもね」
「そうですね」
白咲さんが小さなため息混じりに呟くのを聞いて、僕は苦笑いで返しました。
野宿の拠点を探していると、微かにパンの匂いを嗅ぎました。
最初は気のせいだと思いました。ですが、消えない匂いにそうではないと気付いた僕は白咲さんを呼び、匂いのする方向に歩きだしました。
すると、こんな所にあるとは信じられないほどの、大きな洋館と遭遇したのです。
「……幻覚でしょうか?」
「少なくとも私は正気を保っているわ。……一晩だけでも泊めてもらえるか、聞いてみましょうか」
「えっ、行くんですか?」
「ここで立ち往生してもどうしようもないでしょう?」
「確かに……。では、僕がノックします」
意を決して、僕は自分の背丈の二倍はある大きな扉を叩きました。
「誰かいらっしゃいますか?」
「はーい!」
扉の向こうから、女性の声がしました。
ゆっくりと開いて、黒のワンピースと白いエプロンに身を包んだ……。
ええと……メイド、と言うのでしたっけ。そんな感じの人が出てきました。
彼女は紺の髪と薄藍色の目を持っていて、清楚でありながらもどこか溌剌とした印象を受けました。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
開口一番、彼女はそう言いました。
「「はい?」」
「外はとても寒かったでしょう。さあ、早く中へどうぞ! 暖炉に火を入れたので、屋敷内は暖まっていますよ!」
何も分からない僕達を、彼女は屋敷の中にずるずると引っ張り入れます。
「あ、あの!」
「はい、何でしょうか。ご主人様?」
僕がどうにか声をかけると、彼女はやっと止まりました。
「いきなり『ご主人様』って言われても困ります。貴女は何者なんですか?」
「これは申し訳ございません。すっかり自己紹介を忘れていました! 私は自律思考型
「
よく見ると、紗凪さんの白い手は白咲さんの義手のように球体関節になっており、顔も人間というよりかは人形に近く、整いすぎている顔立ちをしていました。
「何故、私達が『ご主人様』なの?」
「……誠に申し訳ございません。質問の意図を理解出来ませんでした。そう言われても、ご主人様はご主人様ですよ?」
紗凪さんは可愛らしく首を傾げましたが、僕としては自分がそうしたかったです。
「他にご質問はありますか? 今はご夕食の準備が整っています。腕によりをかけて作りました! 洋食の予定ですが、ご希望されるのなら和食に作り直しますよ」
「……どうします? 白咲さん」
じっと見つめる紗凪さんを前に、僕は白咲さんに耳打ちしました。
「そうね。なら頂こうかしら。洋食のままで構わないわ」
「白咲さん!?」
「はい、かしこまりました! この先左側、三番目のドアの部屋でお待ちください」
駆けていく紗凪さんを見送った僕は、再び白咲さんに問いました。
「一体どうして……?」
「私にもよく分からないけれど、彼女に敵意は無いようだし。様子を見つつ、頂ける物は頂いてしまいましょう」
「はあ……」
──────
そんな訳で、僕達は用意された夕食を頂きました。
一言で言うと、とても美味しかったです。
そうです。専門の料理人が作ったと聞いても驚かないくらいには。
紗凪さん曰く、彼女には『ご主人様』好みの味付けと、数百にも及ぶ献立が
それを元に食材の備蓄や栄養を考えつつ、飽きないよう毎日違うものを作っているとの事でした。
「ご主人様が留守の場合には、食材を運んでくださっている人にお出ししています。食べ物を無駄にしてしまうのは、農家の人に申し訳ありませんから。だから、今日はご主人様がお帰りになられて嬉しいです」
部屋の隅に立ちながら、彼女はにこにことそう話しました。
「前の主人は、いつ帰ったのかしら?」
「ご主人様が前にお帰りになったのは二か月前の午前九時、五名での事です。一週間滞在されたのち、午前十一時十五分にお出かけになりました」
「それは、私達だった?」
「いいえ。ですが、貴方達はご主人様です。その事実は変わりません」
あくまでも僕達を『ご主人様』と言い張る紗凪さんを見て、僕はどこか薄気味悪いものを感じていました。
そこには、人間と
「何なんでしょうね」
大きなベッドに寝転び、天井を眺めながら僕はそう呟きました。
「何が?」
「この屋敷と、紗凪さんですよ」
「……確かに、謎が多いわね」
「どうして、僕達を『ご主人様』と呼ぶのでしょうか……」
「今は、あまりにも情報が足りないわ。明日屋敷を見て回りましょう。何かが分かるかもしれないし、地図も見つけられるかも」
そそくさと毛布に潜った白咲さんに、僕は少々呆れつつ声をかけました。
「そうですね。……ところで、白咲さん」
「何よ」
「今日も、同じ部屋で寝るんですか?」
実は最初、紗凪さんは僕達を別々の部屋に案内したのですが、白咲さんが僕と同じ部屋を選んだのです。
「念のためにね。貴方、自分で自分を守れる自信があるの?」
「……そ、それは……」
「それに」
「それに?」
「いざとなったら春君を囮にして逃げるわ。おやすみ」
言ったきり、白咲さんは静かに寝息を立て始めました。
「そ、そうですか。あは、あはははは……。おやすみなさい……」
冗談だったは思いますが、その日はあまり眠れませんでした。
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