第四話『火曜日の殺塵鬼』
頁拾弐
それにしても奇遇ですね、出かけ先で会うなんて。
しかも、僕の荷物まで持ってもらってすみません。……え? 話のお礼?
いいんですよ。そんなの別に……。でも、ありがとうございます。
……ああ。そう言えば、今日と同じような天気の日に、とある人物に出会った事を思い出しました。家についたら、お話しますね。
当時、全国を騒がせた人物がいました。
人物、と言うより事件と言うべきですね。もしかしたら貴方も聞いた事があるかもしれません。
……『火曜日の
あの有名な切り裂きジャックと同列に語られる、この国最大の連続殺人事件です。
犠牲者は十六人。その全員が月曜日の夜、灰と衣服の一部、血痕だけを残して消えてしまった事から、火曜日の殺塵鬼と名付けられました。
え? 月曜の夜に犯行が行われているのに『火曜日の
実は火曜日の朝、犠牲者の家に、仏花の花束と『お悔やみ申し上げます。』という一言だけの手紙が届けられているのです。
故に警察は殺人事件として捜査していましたが、犯人は未だに捕まっていません。
ですが、僕と白咲さんは、この事件の犯人と遭遇していたのです。
──────
それは今日のような清々しい日本晴れの日の事です。
今まで曇りが続いていたので、僕の心も晴れ晴れとしたのを覚えています。
旅の途中で立ち寄った町や村では、『火曜日の
というより、誰も彼もその話しかしていませんでした。
あの頃はまだ犠牲者は六人前後だったのですが、その謎に包まれた犯行は人々の関心の的となっていました。
そんな時に僕達が辿り着いたのは、村でも町でもなく、都市でした。
そりゃあもう驚きましたよ。僕は田舎者ですから、人の多さに眩暈がしました。
ここまで、人が密集して暮らす場所があるなんて知りもしませんでした。
白咲さんには珍しくも何ともなかったようですが。
ホテルもあったのですが、宿泊費が高くて泊まれませんでした。
行ってみたかったんですけどね。こればっかりはどうしようもありません。
なので宿屋に行ったのですが、
「あー、お客さんは帰ってくれや」
門前払いを喰らいました。
「……どうしてですか」
怒りを滲ませながら、白咲さんが店主に問います。
「その、今日は満員でな。だからあんたらは入れられな……」
「嘘つきだねえ、おやっさん」
話の横から、突然誰かが入ってきました。
僕が振り向くと、そこには黒い総髪の青年女性がいました。
年はほぼ僕と同じくらい。軽装で、活発そうな印象を受けました。
目の色は、白咲さんと同じ赤でした。……いいえ。正確には違いますね。
白咲さんは緋色で、その人は朱色です。
赤である事は間違いないのですが、それくらいの違いがありました。
「閑古鳥が鳴いてるのは目にも明らかなのにさあ。なのに同じ理由で私も拒むし、酷い奴じゃないか」
「ぐ、そ、それは……」
言い淀む店主に対して、彼女は更に言葉を並べます。
「いいのかなあ、店が客選んじゃって。ま、『火曜日の
「『火曜日の
「そうそれ。……そうだな、別にここじゃなくていいや。他の宿屋に行こう。こんな所よりかはどこでもマシさ。君達も一緒に行こうじゃないか」
「え、あの……」
ぐいぐいと僕達を出入口に引っ張っていく彼女を、「ま、待ってくれ!」と店主が呼び止めました。
「何だい?」
「分かったよ、悪かった、この通りだ!」
手をついて謝る店主に、彼女は笑って言いました。
「ふうん。それじゃ宿代おまけしてくれよ。誠意、見せてくれよな」
──────
「いやー、君達が来てくれて助かったよ! あの頑固親父、一方的に追い出すから腹立っちゃってさあ。ざまあみろだ」
部屋に入ると、隣になった彼女が訪ねてきました。
「こちらこそ礼を言うわ。おかげで安く泊まれる」
「どういたしまして。あ、私は
「白咲立華よ」
「明哉春成です。あ、あの燐さん、その口調は……」
「燐でいいよ、硬い奴だなあ。それに、口調は私の個性だ。年上も年下も関係ない。誰にも文句は言わせないさ」
「は、はあ……」
僕は今までこのような人間に出会った事が無いので、その姿が眩しく見えました。
燐さんの姿勢は時に身勝手だと批判されるものですが、確固たる芯があるからこそ出来るものなのでしょう。
「それにしても、何で店主さんは断ろうとしたんでしょうか……」
「知らないのかい? 私と立華は『火曜日の
「共通点?」
僕は首を捻りながら二人を見ました。髪と目の色以外は、全く共通点が無いように見えました。
「つまり……」
「そう! 実は犯人らしき人物を見たという奴がさ、黒髪に赤目だって言ったのさ。そのせいでとばっちり喰らうんだから、勘弁してほしいよな」
大きくため息を吐くと、燐さんは大きく背伸びをしました。
「確かに、はた迷惑な話だわ」
白咲さんも腕を組んで、ふうと小さく息を吐きました。
「早く犯人が捕まればいいんですが……」
「そう上手くいくかな?」
「え?」
僕が顔を上げると、燐さんは少し慌てた様子で目を逸らしました。
「いや、あれだ。六人も犠牲者を出しているのに捕まらないって事はかなりの手練れなんだろうさ。そんな奴を警察如きが追いつめられるのかねって話だよ」
「ですね……」
僕はちらりと白咲さんの方を見ました。
もしかしたら、白咲さんなら連続殺人鬼にも勝てるのではないかと思ったのです。
──────
燐さんが去ったあと、白咲さんにその事を話してみました。
「だから、私に『火曜日の
「いえ、そういう事では無いのですが。……白咲さんなら、出来そうだなって」
「はあ。そうね、目の前にいればもしかしたら出来るかもね。……あるいは、正体が不死者だったのなら。必ず探し出して殺すわ」
「…………」
「でも、もしかしたら相手は私と同じなのかもしれない」
「同じ……とは?」
「犠牲者が不死者だった場合よ」
「どうしてですか? だって不死者は……」
そこで僕は気付きました。判道さんの時のように、死んだ不死者の体は灰となって消えます。今回の事件の犠牲者と同じ状態になるのです。
「
「犯行声明のような花束と手紙が謎ですね」
「ええ。何が狙いなのかしら。少なくとも、私が知っている隊員の中でそんな事する人はいなかったはずなんだけど」
「そうですか……。でも、もしもそうだった場合、六人の不死者を葬ってる事になりますよね。不死者って、そう簡単に見つかるものなんですか?」
「総滅隊には、不死者を簡単に見分けられる専用の
窓から夜道を眺めながら、白咲さんは呟きました。
「……見つからないだけで不死者は沢山いるかもしれないし、案外、国内の不死者はほぼ死滅したのかもしれない。本当の事は誰にも分からない」
「白咲さん……」
「今日はもう寝ましょう。少し疲れたわ」
言うなり、白咲さんは布団に入ると寝息を立て始めました。
思えば、白咲さんはやけに寝つきのいい人でした。でも、何かあるとすぐに飛び起きて物事に対処出来る人でもありました。
僕は真逆なので、少し羨ましかったです。
……と、これはどうでもいい事ですかね。すみません。
この次の日、僕達は『火曜日の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます