頁伍拾弐

 廊下を抜けると、開けた空間に出ました。その中心部には、血まみれの七羽さんと、……満身創痍の、白咲さんがいました。


「白咲さんっ!」


 白咲さんは体中が傷だらけで、立っているのがやっとだったと思います。特に酷かったのは左腕で、外装が割れて配線が剥き出しになっていました。


「春君、貴方一体今まで何処に──」


「……貴様、それは」


 七羽さんの表情が変わるのを見た僕は、手に持っていた彼の心臓を高々と掲げました。


「七羽与形! ……お前の心臓は──ここにあるぞ!!」


「貴様っ……貴っ様あああああああああ! よくも私の最高傑作を殺したな!!」


 七羽さんが激高して襲いかかってきたので僕は拳銃を取り、彼の心臓に当てました。

 そのまま引き金を引こうとして、


「春君! こっちに投げて、早く!!」


 白咲さんの切羽詰まった声にほぼ無意識で心臓を放り投げました。

 心臓は弧を描ぎ、それを掴もうと彼が躍起になります。……が、白咲さんの弾丸が心臓を撃ち抜いた瞬間、他の不死者のように灰となって消えてしまいました。


「…………はぁーーーーーーっ……」


 白咲さんのとても長いため息で気が緩み、僕はその場に座り込みました。手の震えで、銃がカタカタと音を鳴らしていました。


「……あ、白咲さっ……白咲さん!」


 それでも、白咲さんの方が重体であろう事に気付き、僕は自身を奮い立たせて白咲さんの元へと向かいました。


「白咲さん、無事ですか……うわっ!?」


 僕が傍に来た途端、白咲さんは残っている右腕で僕の胸倉を掴みました。


「馬鹿っ! こんな事して……死んだらどうするのよ!!」


「それは貴女だって同じじゃないですか! そんなに沢山怪我して……」


「違う! 私はこうして戦ってるの! けれど、春君は違うでしょう!? 貴方はそこまでして……一体何がしたいの!? どうして、私なんかと一緒にいるの……」


「……それは……」


 その消え入りそうな声にどう答えるか決めかねていると、僕が来た道から怯えた様子の老人が顔を出しました。


「……七羽与形は、死んだのか?」


「貴方は……」


「わ、儂は李戸杉三重郎だ。脅されていたとはいえ、あの極悪非道に手を貸していたのは事実。どんな処罰でも……」


 震えながら土下座する彼に対し、白咲さんは落ち着いた様子で言いました。


「私達はそこまで関与いたしません。貴方の罪は貴方自身で解決してください。……ああでも、そうですね。とりあえず、私達の怪我を診てくれませんか?」


──────


 結論から言うと、その後の彼がどうなったのか、僕は最後まで知りえませんでした。

 七羽さんの合成実験の最大の証拠になったであろう『彼ら』は、伊久磨いくとさんがいた村の住民のように一人残らず灰になってしまいましたし、本人も灰になっています。

 なので、あそこで何があったのか知るのは僕達と李戸杉さんしかいません。

 ですがそれでも、貧民窟の住人達が被害に遭ったのは確かです。

 ……それだけは、なかった事には出来ないのです。


 李戸杉さん自身は、とても善良で腕のいい医者でした。と言っても、流石に壊れた義肢までは直せません。


「……脚もガタガタだし、このままだと帝都には行けないかもしれないわね」


「そうなんですか……。どうします?」


「はあ……。脇道に逸れる事になってしまうけれど、行くしかない……わよね……」


「行くって……何処に?」


 聞くと、白咲さんはとても複雑そうな顔で答えました。


「私の専用義肢装具士であり、師匠でもある人の所へ……よ」


 そうして、僕達は白咲さんのお師匠さんの元へ向かう事になったのです。

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