頁肆拾壱
話は飛んで夜。布団でうつらうつらとしていた僕は、襖が開く音で目を覚ましました。
「……滝守さん?」
「目を覚ましてしまったのならすまない。……少し、話をしないか」
「大丈夫ですが……。どうしたんですか?」
「彼女について、話がある」
その言葉で、僕はすぐに覚醒しました。
少し嫌な予感を抱きながら居間に行くと、滝守さんはお茶を淹れてくれました。
「君は、
「は、はい……」
「だが、存在は知っている」
「はい。白咲さんに聞いて……」
「彼女は、誰彼構わずに、その事を話す人間なのか?」
「違います!」
僕はついカッとなって言いました。
「僕は故郷で、不死者に殺されそうになったところを、白咲さんに救ってもらいました。それに乗じて一緒に旅をすると決めたのも、白咲さんから話を聞いたのも僕自身です」
「……そうか……」
滝守さんは腕を組むと、深く唸りました。
「わざわざ、好き好んでそんな道を選ばずともいいものを……」
「でも、僕は……」
「話は変わるが、人を殺した事はあるか? 不死者ではない。普通の人間を、だ」
「い、いえ……。身を守るための銃は持っていますが、誰かに発砲した事はありません。不死者にすら……」
「なるほど。なら、手遅れではない」
「手遅れ?」
「ああ。……君はここで旅を止めなさい」
「えっ?」
「彼女にはこちらから話を通しておく。故郷に戻ってもいいし、旅の途中で気に入った所があれば、そこに住めばいい。錬金術を習いたいのならば、知り合いに紹介しよう。弟子を求めている者がいる」
「待ってください! どうしてそんな……」
意表を突かれ慌てる僕に、滝守さんは諭すように言いました。
「君はこれ以上彼女に関わるべきではない。彼女もそうだ。これ以上、復讐するべきではない。君達は確実に破滅へと向かっている。復讐とはそういう事だ」
「……破滅って、何の事ですか」
「……君も薄々、気付いているんだろう? もしくは気付いてないふりをしているのか。どちらにせよ目を覚ましなさい。復讐なんて
「そういう貴方こそ、昔は
どうしてもそれが理解できずに尋ねると、滝守さんは昼間と同じように憐れむ表情で僕を見ました。
「だからこそ、だ。ああ、最初は私もこれが正しいと思っていた。不死者に殺された妻のために戦う事が唯一の手向けになると、本当に信じていた。しかし、ある日ふと思った。本当に、これは正当な行為なのかと」
「正当な、行為……」
「ああ。組織の中には、『復讐こそが人間の本能だ』と言う奴もいたがね。私はそこまで狂えなかった。ようやく仇を討てたのもその一端だろう。私は唐突に組織が酷く恐ろしいものに見えてしまったんだ。復讐と言う狂気に踊る、愚か者の集団にね」
「…………」
僕は、少しだけ彼の気持ちが分かるような気がしました。確かに、不死者に対する白咲さんの憎悪、殺意は常軌を逸したものです。
それを恐ろしく思う事も多々ありました。
「だから私は
「それは……」
「今は命を救われた事への恩義が勝っているかもしれない。しかし、それは一時の事だ。必ず、目が覚める時が来る。その時になって絶望するのは、君の方だ。だから……」
僕の答えは、決まっていました。
「お断りします」
「……何故だ? 生半可な覚悟では……」
「覚悟はあるつもりです。白咲さんほどではないかもしれませんが……。それでも、この旅を途中で止めてしまうほどのものではありません。僕は、最後まで彼女について行くと決めました。最初は、確かに恩義によるものだったのかもしれません。ですが、今は違います。僕が、彼女を置いて行けないと感じたからこそ、そう決めたんです」
「…………」
僕の答えに、滝守さんは絶句しているようでした。
ですが、今も僕の思いは変わりませんし、それで良かったのだと感じています。
「だから僕は旅を止めません。そして、白咲さんの復讐も止めません。それが僕達です。それぞれの在り方を変えてまで、生きようとは思いません」
「……後悔する時が来ようとも?」
「後悔はしません。例え旅の果てに僕が死ぬ事になろうとも。……この歩みだけは、絶対に無為にしたくないから」
「──そうか。……きっと私に足りなかったのは、そういうものだったんだな……」
何を思ったのか、滝守さんは目を閉じるとゆっくり俯きました。
そして、顔を上げた彼はなんだか憑きものが落ちたような顔をしていました。
「長々とすまなかった。どうやら、余計な事だったようだ。そこまで言うのならもう止めない。……さあ、夜も遅いから寝なさい」
「はい。でも」
「でも?」
「僕達の事を心配してくださり、ありがとうございました」
僕が頭を下げると、滝守さんは黙って頭を下げ返しました。
こうして、僕は眠りにつきました。
──────
次の日の朝、滝守さんは旅立つ準備をする僕達の手伝いをしてくれました。
「しかし、もう行くのか」
「急いでいるので。やっと、仇を見つけたんです。逃げられる前に殺さないと」
「……そうか。気をつけなさい。どんな相手かは知らないが、その様子からすると、強敵なのだろう」
「はい。でも、絶対に殺します。そのためにここまで来たから」
「……君の目を見ていると奴を思い出すよ。昔、同じ目をした男がいたんだ。
「虎遠さん? 彼なら、私の頃もリーダーを務めていましたよ。でも、あの人は見た目が三十代くらいで……」
「────何?」
その言葉を聞いた瞬間、滝守さんの顔色が変わりました。
「本当にその名前なのか? なら、奴は黒髪で赤い目をしていて、左目に眼帯をつけてはいなかったか?」
「どうして、それを……」
「……もしも同一人物だったのなら、それはあり得ない事だ。私が
「!?」
「まさか……、その彼の口癖は、『復讐こそが人間の本能だ』でしたか?」
「ああ……。まさか、そんな……」
「不死者……?」
僕の呟きに、二人は顔を逸らしました。……それもそうでしょう。
もしもそれが本当だったのなら、自分達のいた組織が──不死者を殲滅せんとした組織の長が、よりにもよってその不死者そのものだったのですから。
「……確かめてみます。あの人が今、何処にいるかは分かっていますから。場所を変えていなければ出会えるはず……」
「本当にいいのか? ……もしも奴が不死者だったら、どうするつもりなんだ?」
「…………」
「……いや、今聞くべき事ではなかったな。すまない」
「いえ、大丈夫です。それに、まだ決まった事ではありませんし……」
「ああ、そうだな。奴が不死者な訳がない。そうであるはずが……」
黙ってしまった二人の空気に耐え切れず、僕は「あのっ!」と声を上げました。
「春君?」
「あの、その……。滝守さん、お世話になりましたっ!!」
何も言う事が見つからず、慌てた僕は滝守さんに頭を下げました。
それで気が緩んだのか、滝守さんは苦笑しながら僕の頭を撫でました。
「二人とも、元気でな」
「はい」
「はい!」
そして、僕達は滝守さんと別れました。
「確か、虎遠さんは帝都にいたはず。どの道東に行くのは変わらないわ。行きましょう、春君」
「……はい」
この先に控えているであろう道の険しさに恐れつつ、それでも勇気を持って、僕は歩き出しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます