第十一話『最悪の出会い』

頁参拾伍

 怪談? ……すみません、そういうのにはちょっと疎くて……。

 旅の中で出会った不思議なものといえば、機械人形オートマタやホムンクルス、魔法使い、あとは妖精くらいでしたし……。

 いや、でも不死者の中には、妖怪みたいな人もいたような……?

 別にそういう意味で言った訳ではない? ですよね、すみません。


 旅で一番怖かった事、ですか……。

 そうですね、怖い思いは沢山しましたが、その中で一番と言われると……。


 やはり、透無虚鵺とうむからやとの出会いでしょうか。


 はい、僕も出会った事があります。それも二回。

 そうですね。今回はその、最初の出会いの話をしましょう。


──────


 それは春の半ば、途中で立ち寄った町での出来事でした。


 白咲さんが買い出しに行っている間、僕は情報収集を終え、待ち合わせ場所に指定した公園のベンチに座っていました。

 その公園は桜で有名な場所で、噂に違わず美しい光景が広がっていました。

 おかげで、良い情報が掴めずに沈みかけていた僕の心も和みました。


 満開の桜の下、お茶でも飲めばきっと更に良い気分になるだろう──と考えた所で、僕は違和感に気付きました。


 公園に、誰もいないのです。


 その日は穏やかな陽気で、絶好の花見日和とも言える日でした。それなのに、公園には僕以外誰もいなかったのです。

 近くには人の往来の激しい大通りもあったはずなのですが、騒音どころか、人の声すら聞こえません。


 何かがおかしいと感じ始めた頃、突然風が止みました。はい、突然です。

 まるで何かに遮られたかのように、完全な無風状態になったのです。

 あんなに綺麗に舞っていた花びらも、一つも落ちなくなっていました。 


 そして、その光景と入れ替わるように。


「やあ」


 は現れました。

 人の気配は微塵もなかったのに、彼は当然のように目の前にいました。


 見た感じで言うと二十歳前後。蝋のように白い肌と、それ以上に白い髪、それらと相反する赤い目を持っていました。

 ええと、今で言う「アルビノ」というやつです。


 彼の存在は、何処からどう見ても異物そのものでした。

 ですが同時に初めから……それこそ、この世界が生まれてから、ずっとここにいたかのように馴染んでいました。

 分かりづらいですよね、でも、そうとしか言いようがないのです。


 あの気配は、人間には絶対に出せるものではありませんでした。

 彼は人間とは違う──あるいは、既に人間を超えてしまった者だと思いました。

 

 僕が呆然と彼を見つめていると、彼も僕の目を真っ直ぐ見据えました。

 彼の目はくらくらするほどに綺麗な赤で、思わず魅入られてしまうような、だけど何処かで見た事があるような感じがしました。 

 

 彼は緩慢な動きで僕の隣に座ると、気軽に話しかけてきました。


「初めまして、だね」


 そう言いながら、彼の声は十年来の友人と接しているような友好的な雰囲気でした。


「と言っても、ボクはもう知っているんだ。もしかしたら、そちらもから少しは聞いているんじゃないかな? ……えっと。名前、何?」


「明哉……春成です」


 ごく自然に、それが当たり前のように僕は答えました。しかし、自分から告げた訳ではなく、半ば強制的に言わされたようでした。


「そうそう、そんな名前だったね。平凡で、分かりやすい。──だからこそつまらない。あの子がこんなものを選ぶなんて……。これだから人間の思考は分からない」


 こちらの事などお構いなしに呟く言葉の節々から、実は僕に無関心な事と、非人間である事が垣間見れました。

 その姿を見て、僕は嫌な予感がしました。じりじりと足元から這い上がってくる、死の気配です。それを自覚した瞬間、目の前の彼から濃い血の匂いがした気がしました。


「まあ、どうでもいいか、そんな事。こんな平凡な人間なら、あの子もそう惜しくないだろうし。いや、今よりもっとボクへの殺意を持ってほしいな! うん、それがいい!」


 そんな事を言いながら、彼は折り畳み式のナイフを取り出しました。

 そして、僕の心臓の位置に突き付けてきたのです。



「だからさ、彼女の為に死んでくれない?」



 笑顔で告げられた言葉に対し、僕は逃げる訳でもなく、抵抗した訳でもなく。


「…………はい」


 操り人形のように頷いていました。

 恐怖もなく、当然のように命を差し出したのです。


「うん、そうだよね。良かった。元から拒否する権利なんて与えていないけど、今はまだあの子のものだから。念の為、許可くらいは取っておいた方がいいと思ったんだ。でも、これで心置きなく殺せるよ!」


 嬉しそうな声と裏腹に笑顔は虚ろで、死神のようでした。


「それで、どう死にたい?」


「……僕は、」


 答える前に、



「その台詞、そのまま返すわ……。透無虚鵺とうむからや



 いつの間にか僕達の前にいた白咲さんが、彼の頭に銃口を向けていました。

 彼女が憎々しげに呼んだ名前で、僕は自分の感じた嫌な予感に確信を持ちました。

 彼こそが白咲さんの手足を奪った張本人、透無虚鵺とうむからやだったのです。


 透無虚鵺とうむからやは白咲さんを見るなり、先程とは比べ物にならないほど明るく無邪気な声で、彼女を迎えました。


「やあ、久しぶり! 十年ぶりだね。今は、白咲立華って名前だったかな?」


「今すぐそのナイフを下ろして、彼から離れなさい。さもないと、この引き金を引くわ」


 今まで見てきたものが些細に感じるほど、白咲さんの怒り、殺気は大きなものでした。無理もないでしょう。目の前にいる彼こそ、ずっと追い求めてきた仇なのですから。


「どうしたの? 今はほら、お互いに再会を喜ぼう。はすぐに片付けるから」


「……黙りなさい」


「それとも、こんなのでも手放したくないのかな? もったいない? でもきっと、これは君に必要ないものだよ」


「黙りなさい、と言っているの」


「ああ。君達って一緒にいる時間が長いほど情が湧くんだっけ。よく分からないけど……へえ、そうか。こんなものでも君にとっては必要なんだ。でもおかしいなあ、ボクは君をそんな風にした覚えはないんだけど」


「黙れっ!!」


 そこには、白咲さんの荒々しい息遣いの音だけが響いていました。

 平静を保つようにしていたようですが、銃を持つ手は目に見えるほど震えていて、彼女がそれほど怒っている──あるいは、恐れている事が感じ取れました。

 この状況の中で、透無虚鵺とうむからやだけが楽しそうに笑っていました。


「殺してやる……。お前だけは、絶対に! ここで!!」


 それを聞いた瞬間、透無虚鵺とうむからやは勢いよく立ち上がり白咲さんと向き合いました。


「良かったねおめでとう! 君は今から自分の手足を奪った仇を殺し、晴れて自由の身になれるんだ! もうこんな辛い旅をしなくて済むんだよ!」


 自分に近づいてくる透無虚鵺とうむからやにひるんだのか、白咲さんが後退ります。


「……まあ」


 ベンチから五歩くらい離れたその時。



「ボクを殺せたら、の話だけど」

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