頁参拾肆

 ギイと倉庫の扉が開く音と、バタリと何かが倒れる音がしました。


「誰だ!」



「せめて行き先ぐらいは知らせなさい。探すのに手間取ってしまったじゃない」



 次に聞こえたのは、凛とした冷静な声。


「女、しかもガキ一人で何が出来る。まさかヒーロー気取りか?」


 舌打ちと同時に投げられた問いに、彼女はこう答えました。


「……別に、私は正義の味方なんてものではないのだけれど。恨むのなら、そこの彼の、向こう見ずな正義感を恨みなさい」


 そう、その彼女とは──


「白咲さん!!」


 僕は思わず、忠士さんのマントをめくって外を見ました。


 そこには、逆光を浴びた白咲さんが立っていたのです。


「春君、帰るわよ。そこの二人と一緒にね」


 いつも通りのその言い方が、その時とても心強かったのを覚えています。


 突然の白咲さんの登場に、忠士さんも臣琉君もぽかんとしていましたが、助けが来た事は理解しているようでした。


「……外の連中はどうした?」


「少し休んでもらってるわ。全員ね」


「ふざけやがって……。行け!」


 男性の一声で、手下達が今度は白咲さんに襲いかかります。


 彼女は最初に来た手下の鉄パイプを錬金刀で切り落とすと峰打ちで昏倒させました。

 続けて二人目を返す刀で切りつけ、怯んだ所を再び峰打ち。


 三人目が銃を取り出す所を狙って懐に入り込み股間を蹴り上げ、その銃で四人目の手を撃ち拳銃を弾き飛ばしたのちに、相手が降参しようとしゃがんだ瞬間を狙って顎に強烈な膝蹴りを食らわせました。


 快刀乱麻の活躍に、こんな時に感じるのも何ですが、少し心が躍ってしまいました。


「なっ……」


 手下達が呆気なく倒されたのを見て、男性は絶句していました。

 無理もないでしょう。華奢な少女が、大の男四人を簡単に制圧したのですから。


「安心しなさい。全員気絶しているだけよ」


「ちっ……何が望みだ?」


 冷や汗をかいている男性に、白咲さんは淡々と告げました。


「先程も言ったけれど。私はただ、その三人を迎えに来ただけよ」


「そうか。……もういい、連れて行け。流石にあれを見て逆らう気はねえよ」


 両手を上げる事で降参の意思を示す男性を尻目に、白咲さんは僕達に近づきます。


「……んな訳ねえだろうが!!」


 一転、男性が機関銃を構えた時には、既に白咲さんが肉薄していました。

 概念的錬金術を使って脚力を強化していたのです。


「ええ。そうでしょうね」


 男性が引き金を引くよりも速く、白咲さんは手袋の掌に書いていた錬金術を発動させていました。

 そして機関銃を使い物にならなくすると、掌底一発だけで男性を倉庫の壁まで弾き飛ばしてしまいました。


「あっ」


「あっ?」


「……間違えたわ」


 それは、白咲さんにとっても予想外だったようで、後日「いつも不死者とばかり戦っていたから、人間への手加減を忘れてしまっていたみたい」と反省していました。

 ……反省するようなものでもないと思うのですが……。


 ともかく最後こそ呆気なかったのですが、無事に事件は解決し、男性達はそのまま全員逮捕されました。


──────


 保護される前に臣琉君と忠士さんの様子を見に行くと、何故か臣琉君ではなく忠士さんが泣いていました。

 機械人形オートマタが泣くなど聞いた事が無かったのでおそるおそる近づくと、臣琉君はおろか、忠士さんまでそれに驚いているようでした。


「なっ、何でお前が泣くんだよ!」


「すみません、わたくしにも原因は不明です。……この機能は、臣琉様が幸せになった時にしか、使ってはいけないと入魂にゅうこんされているはずなのに……。故障でしょうか……」


 それを聞いて臣琉君は呆けていましたが、やがて何かに気付いたのか、


「馬鹿だなあ」


 と忠士さんの胸を小突いて言いました。


「人はさ、泣きたい時に泣くもんなんだよ。忠士」


 その笑顔はとても晴れ晴れとしていて、僕は「この二人は大丈夫だな」と思いました。きっと何があっても、あの二人なら乗り越えられると感じたのです。


──────


 次の日、旅立つ僕達を臣琉君と忠士さんが見送りに来てくれました。


「オレさ。錬金術師になって、父ちゃん達の跡を継ごうと思ってるんだ」


「えっ?」


「臣琉様!? わたくしも初耳なんですが……」


「うん。だって今日起きてから決めたし」


「どうしてそう思ったんだい?」


 僕が聞くと、彼は忠士さんを見ました。


「だってこいつすぐに無理するし。今は親戚の叔父さんが治してくれるからいいけどさ、いつまでも頼れないし。やっぱりオレがやらなきゃな。だって、……その。全部、オレのためにやってくれてんだから」


「臣琉様……!!」


 感激する忠士さんに「やめろってーの!」と怒鳴りつつ、臣琉君は僕に手を差し出しました。


「お前は馬鹿で無鉄砲で頼りないけど」


 突然の罵倒に目を丸くする僕に、彼は続けて言いました。


「それでもさ、最後まで諦めなかったよな。オレもそういう所、見習うよ」


「……ありがとう。頑張ってね」


「おう!」


 そして、僕達は握手をして別れました。


──────


「……あの子、きっといい機械人形オートマタ技師になるわよ」


 白咲さんがそう評価したので、「どうしてそう思うんですか?」と尋ねると


「観察眼が優れているから。物事を観察してその性質を見抜く才能が必要になる技師には最適よ。現に、貴方の事もちゃんと見抜いていたでしょう?」


 そう答えました。


「そうですね……って、え」


 納得しかけた僕は、最後の言葉に固まってしまいました。


「それって、白咲さんも僕を『馬鹿で無鉄砲で頼りない』って思ってるんですか!?」


「あら、気付いていなかったの?」


「そんなぁ……」


 今考えても酷いと思うのですが、どう思います? え、貴方も?

 そうですか……。あはははは……。

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