頁参拾参

 港に着くと、男性数人が監視のために巡回していました。

 彼らは一見、漁師や倉庫番のような格好をしていましたが、それにしては鋭い目つきがただの素人ではない事を物語っていました。


 こそこそと物陰に隠れながらどうにか六番倉庫に辿り着くと、僕はその大きな扉を開きました。


「来たか」


 そこには木箱に座った男性と、その両隣に護衛らしき男性が二人、またその両隣を挟むように二人。そして


「な、なんでお前が……」


 縄で縛られた臣琉君がいました。


「貴様、何者だ?」


 木箱に座っている男性の問いかけに、僕はこう答えました。


「……當築夫妻の、弟子です」


「彼らは弟子を取っていないはずだが?」


「はい。僕が師事したのは彼が生まれる前、僅かな期間のみです。なのでそう思われても仕方のない事だと思います」


 自分でも、この状況でよくすらすらと嘘が言えたものだな、と今なら思えます。

 もしかしたら白咲さんとの旅で少し度胸がついたのかもしれません。

 おっと、話が逸れかけましたね。


機械人形オートマタはどうした? あのメッセージはに宛てたんだが」


 彼は日本語をまるで母国語のように扱っていましたが、機械人形オートマタと言う発音がそれよりも滑らかだったので、やはり外国人なのだと察せられました。


には、この研究書を他人に渡す権限がありません。だから代わりに僕が来ました」


「……いいだろう、このガキと交換だ。もう少し前まで来い」


 言われた通りに僕は前へと進みました。

 それと同時に護衛の男性が一人、臣琉君を引っ張って進みます。


 臣琉君が引き渡された瞬間に、彼を連れてすぐさま逃げようと僕は画策していました。しかし本を渡す寸前に、後ろから別の男性に取り押さえられてしまったのです。


「なっ……!?」


「フン。そんな見え透いた嘘に騙されるわけないだろう、なめてるのか?夫妻の来歴などとうの昔に把握している」


「……っ」


「お前旅人らしいな? ふん、身の程知らずに教えてやる。流れ者であるならば、絶対に他人を背負うな。足を引っ張られて死ぬのは自分の方なんだからな」


 大声で嗤われた上に、どんなにもがいても拘束は解けず、僕は自分の不甲斐なさに胸をかきむしるよう思いを抱きました。


「まあ、もう遅いわけだが。さて、どんな目に遭って死にたい?」


「僕、は──」


「お待ちください!!」


「誰だ!?」


 入り口からの叫び声に目を向けると、そこには忠士さんがいました。

 マント付きの軍服を着こんだ姿は、立派な軍人そのものでした。


「なんだ、来れるじゃないか」


「忠士さん、どうして……」


「計算の結果、わたくしの最優先事項は臣琉様を守る事だと認識しました。お二人を解放してください」


「肝心の研究書はどうした? まさか、また偽物を持ってきた訳じゃないよな?」


 忠士さんは数秒目を閉じると、


「ご主人様の遺した研究資料は、わたくしの中にあります」


 そう告げました。


「ほう? お前をバラして技術を学べと?」


「いいえ。文字通り、わたくしわたくしを壊せば、簡単に手に入れる事が出来ましょう」


「忠士さん……」


 そう、彼に課された三つの絶対原則、その最後の項目は同時に、自己保存のためのものでもありました。

 忠士さんは、自身を犠牲にしてでも臣琉君を助けようとしたのです。


「何、やってんだよ……」


 それに気付き一番衝撃を受けていたのは、臣琉君でした。


「錬金術師は、研究を他の奴に教えちゃいけないんじゃなかったのかよ……。父ちゃんと母ちゃんの研究が誰かに知られたら、悪い奴が人殺しのために使うって……」


「おそらく悪用されてしまうでしょうね」


「なら!」


「それでも!」


 臣琉君の声を遮って、忠士さんは振り絞るように呟きました。


わたくしは、貴方様を助けたかった……」


 忠士さんが言い終わると、座っていた男性が立ち上がって拍手を始めました。


「良い忠誠心だ。思わず泣きそうになった」


 言葉と裏腹に、顔は醜く歪んでいて、僕は嫌な予感を覚えました。

 今まで見てきた不死者達と同じ、命を弄ぶ笑みをしていたのです。


「坊主、お前は良い従者を持ったな。そんな忠義者、今時の人間の中にはいないぞ? 機械人形オートマタだからこそだ。そら、別れを告げてやれ。それくらいは許してやる」


 男性が顎で示すと、臣琉君に巻かれていた縄が解かれました。

 同時に僕の拘束も解けたので、臣琉君と共に忠士さんの元へ駆けつけました。


「お前、なんて事を……」


「臣琉様、わたくしは」


 瞬間、背後で殺意が発露するのを感じて、僕は咄嗟に臣琉君を庇いました。


「危ないっ!」


 同時に、弾丸の雨が降り注ぎました。彼らは機関銃を持っていたのです。

 流石に死を覚悟したのですが、そんな僕達を庇ってくれる存在がいました。


「大丈夫、ですか?」


 そう、忠士さんです。

 僕と臣琉君をマントで覆い隠すように、体全体で庇ってくれました。


「忠士さん、そんな事をしたら、体が……」


「平気です。こう見えて元戦闘用ですから。特別丈夫に作られているんですよ」


 そう言っていましたが、彼の背中から細い煙が上がっていて、無傷でない事を示していました。


「あ、あ……」


 恐怖で言葉さえ話せなくなっていた臣琉君の頭を安心させるように撫でると、忠士さんは凄まじい形相で男性を睨みつけました。


「……何故、撃った?」


「本性を現したな? 人形め。なに、簡単な話だ。このまま、そのガキ共に逃げられると困るんだよ。分かるだろう? 人殺しの道具なら。こういう時どうするのか」


「…………」


「ふ。敵とは必要最低限にしか話さないか。ああいいだろう。正しいよ、お前は。だから俺達も正しい事をする。そこをどけ、機械人形オートマタ。でないと、まとめてスクラップにするぞ」


「断る。例えこの身が朽ち果てようと、この人達には一切手出しさせない」


「……上等だ。やっちまえ、野郎共!!」


 男性の号令と共に、彼の手下達が忠士さんに襲いかかりました。

 隙をついて僕と臣琉君を殺そうとしていましたが、忠士さんはびくともしません。

 マントの隙間を狙おうにも、銃弾でも穴が開く事はありませんでした。


 それで手下達は業を煮やしたのでしょう。銃弾から鉄の棒に武器を変えたようで、忠士さんの体を打つ音が鋭いものから鈍いものに変わっていました。


「もう、駄目だよ」


 とうとう我慢出来なくなったのか、臣琉君が震えながら泣き出してしまいました。


「オレ達ここで死ぬんだ……うぅ」


「諦めないでください、臣琉様。貴方様はわたくしが守りきってみせましょう。勿論、明哉様も」


「そうだよ。僕達三人で生きて帰ろう」


「気休め言うなよ!」


 怒鳴ると、今度は忠士さんの胸を殴りつけ始めました。


「何で、そもそも何でお前はいつも、オレを守ろうとするんだよ。ただの人形のくせに。何で、なんで……。どうせ、オレが父ちゃんと母ちゃんの子供だからなんだろ!? ……だったらもういいじゃんか! もう二人ともいないんだから!!」


 殴りつける力は段々と弱くなり、やがて拳を下ろすと再び泣いてしまいました。


「……五年前の、三月十日。その午後三時。覚えていますか?」


「え?」


 突拍子もない問いかけに彼を見ると、その顔は穏やかに微笑んでいました。


「あの日、ご主人様の工房に来た貴方様が、まだ入魂にゅうこんされる前のわたくしの手を握って、笑いかけてくれたんです」


「あ……」


「あの時のわたくしはただ外界を認識するだけの人形でしたが、──貴方様の笑顔を見た時。とても大きく、温かな光が差し込んだように見えたんです」


 忠士さんを打つ音が更に激しくなっても、笑みは消えません。


「大きな螺子ネジから、小さな歯車まで。全てが震えました。今思えば、それが人間の言う『感動』、あるいは『感激』と名の付くものなのでしょう。……きっと、貴方様にとってはほんの些細な、それこそ、ただの気まぐれに過ぎなかったのかもしれません。ですが、わたくしにとっては」


 忠士さんの腕が、僅かに震えていました。既に限界に近づいていたのでしょう。


「……これから先、ただ人殺しの人形として稼働するはずだったわたくしにとっては。貴方様の笑顔は、ただ一度だけ見る事の許された、尊いものだったのです」


「忠士さん……」


「だから、ご主人様に貴方様の世話係として入魂にゅうこんされた時、わたくしは誓いました。例え何があっても、貴方様を守ると」


「そんな、オレは」


「あの光を守るためならば、この身が砕けても構わない。……臣琉様。生きてください。それが、わたくしの、最後の願いです」


「何で、だよ……」


「臣琉様?」


「何で、そうやってお前は……! いつも、ゆ、ずうが、きかねえんだよ……!!」


 臣琉君は、忠士さんの胸に縋って泣いていました。忠士さんも、今にも泣きそうな笑顔を浮かべていました。


「はは。だって機械人形オートマタですから。人間あなた達のように、複雑には生きられないんです」


「これで最後だ!!」


 忠士さんの背後から一際大きな声が聞こえました。

 彼が僕達を庇う手に力を入れた刹那、

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