頁参拾弐

 次の日、忠士さんに案内された家で待っていたのは、


「帰れよ」


 酷く怒っている臣琉君でした。


「お前錬金術師だろ? オレ、錬金術師嫌いなんだよね」


「いや、僕はまだ……」


「お前からは錬金術師の匂いがする! そういうの分かるんだからな! おい、こいつを今すぐ追い出せ!」


「そんな、折角来てくださったのに……」


「オレが呼んでくれって言ったわけじゃないだろ! 入ってくんなよ、バーカ!!」


 勢いよく閉ざされた玄関の前で、僕は呆気に取られてしまいました。


「誠に申し訳ございません……!」


 土下座しようとする忠士さんを止め、僕は玄関を見つめました。

 固く閉ざされた扉は、臣琉君の心そのものと言ってもいいでしょう。

 これは流石に一筋縄では行かないだろうと感じました。


「頑固そうですね……」


「はい、その通りです……。あの、ぜひ離れの工房でお茶でも……いえ、是非とも飲んでいってください! 何かお詫びをしないと、わたくしの気が済まないんです!」


 明らかに譲らない態度の忠士さんを見て、「この人もかなり頑固だなあ」と僕は心の中で苦笑しました。


「では、お願いします」


「はいっ!」


 途端に明るい表情を見せると、忠士さんは工房へ案内してくれました。


──────


 工房の中には、未だに機械油と鉄の匂いが染み込んでいました。

 機械人形オートマタの部品もあちらこちらに転がっていて、まだ使用されていると言われても信じてしまいそうな雰囲気でした。


「お待たせしました。……今更ですが、臭いとか大丈夫ですか?」


「これくらいなら、全然気になりませんよ。休憩する場所もあるようですし。あの場所に座ってもいいですか?」


「勿論ですよ! ささ、こちらに」


 作業場から隔離するように作られた、縁側に似た場所に腰かけると、忠士さんが淹れてくれたお茶を飲みました。

 

「臣琉君のご両親は機械人形オートマタ技師だったんですよね?」


「はい」


「という事は、錬金術師でもありますよね。それなのに何故、錬金術師をあんなに嫌うんですか?」


「……それは、ご主人様が軍事用の機械人形オートマタを専門にしていたからです」


 当時、機械人形オートマタに万能な兵士の可能性を見出した軍部が、多額の制作資金と引き換えに軍事用の機械人形オートマタを技師に作らせるのは珍しい話ではありませんでした。


 軍事用の機械人形オートマタは文句を言わず、命令に背かず、己の命すら厭わない──正に、軍にとっては理想的な兵士だった事でしょう。


 ただ、それに耐え切れず廃業したり、自殺にまで追い込まれた技師も少なくありませんでした。


わたくしも、元はそんな軍事用機械人形オートマタの一体でした。戦場で使い捨てにされるであろう有象無象の人形……。そんな私が、こうして世話係として稼働出来ているのは、とてつもない幸運と言わざるを得ないでしょう。ご主人様には感謝してもしきれません」


「けれど、臣琉君にとってはそれが忌み嫌う理由になるんですね」


「はい。悲しい事ですが……。わたくし自身も、『人殺しの人形が近づくな』と言われてしまいました」


 項垂れる忠士さんは、心の底から落ち込んでいるようでした。

 そうしている姿は人間そのものでした。


「……明日も、来ていいですか?」


「来て、くださるんですか?」


「僕は結構、諦めが悪い方なので。彼が折れてくれるまで頑張ってみます」


「……っ、ありがとうございます!!」


 勢いよく頭を下げる忠士さんに、僕は笑顔を返しました。


──────


 それから三日間、僕は臣琉君の家に通い続けました。

 そして四日目、町中で僕は臣琉君と遭遇しました。というよりかは、あちらから会いに来てくれました。


「いい加減、オレん家来るのやめろよ」


 開口一番、彼から飛び出してきたのは苦情でした。


「そもそも何が目的なんだ? 父ちゃん達の資料なら渡すから、それでいいだろ?」


「いや、僕はただ君と話したいだけなんだ」


「……オレと?」


「うん。忠士さんに頼まれたんだ。確かに、同じ境遇だからと言って君の気持ちの全てが分かる訳ではないけど……。それでも、君の力には──」


「だからなんだよ」


「えっ」


 子供らしからぬ眼光に固まると、臣琉君は泣きそうな顔で叫びました。


「オレの気持ちが分からないなら、そのまま放っておいてくれよ!  どいつもこいつも良い人振りやがって! どうせ……っ、何も出来ないくせに!!」


 駆けていく臣琉君を、僕は追いかける事が出来ませんでした。

 白咲さんの言う事さえ守れなかった僕に、そんな資格は無いと思ったからです。


 そのあと訪れた忠士さんに事情を話し、僕は宿に戻りました。


──────


「すみません、白咲さん。どうやら彼の逆鱗に触れてしまったみたいです……」


「あれほど言ったのに……。いい? 貴方のその優しさは、良いところでも悪いところでもあるのよ」


「返す言葉もありません……」


「ところで」


 銃の整備をしながら、白咲さんはこちらを振り向きました。


「上から貴方達の事を見ていたのだけれど。臣琉君、だったかしら。あの子の後ろに尾行が付いているのには気が付いた?」


「えっ!?」


 驚いて顔を上げた僕に、白咲さんは「やっぱり」とため息を吐きました。


「黒いコートの男だったわ。貴方と会話していた、忠士という機械人形オートマタとは違うと思う。尾行慣れしていれば、すぐに気付けるわ」


「そんな……。でも、どうして臣琉君に?」


「十中八九、両親の技術目当てでしょうね。機械人形オートマタ技師の技術──特に、優れた技師の技術は誰もが欲しがるものよ。それが軍事用ならなおさらね。でも国軍なら、命令すればすぐに手に入るものでしょう?」


「という事は、尾行の相手は……」


「ええ、他国よ。何処の国かまでは、流石に分からないけれど」


「それって、一大事じゃないですか! 早く知らせないと……!」


 今にも飛び出そうとした僕の背中に、白咲さんの冷たい声が刺さりました。


「本当にいいの? 貴方には到底背負えない問題よ」


「……それでも、行きます。もうこれ以上、誰かを見捨てたくありませんので」


「そう、好きにしなさい」


「言われなくても!」


 宿を出ると、僕は臣琉君の家まで全速力で走りました。


──────


「臣琉様ー! 何処にいるのですかー!?」


 道の途中、臣琉君を探す忠士さんと出会いました。


「忠士さん!」


「明哉様! 臣琉様を……臣琉様を見かけませんでしたか!? いくら探しても、一向に見つからなくて……」


 忠士さんに、僕は白咲さんから聞いた事を話しました。


「尾行!? 元戦闘用機械人形オートマタでありながら気付かないとは、何という不覚……っ!」


「今は悔やんでも仕方ありません。とにかく探しましょう」


「はい!」


 二人で町中を探し回ったのですが、臣琉君は見つかりませんでした。


「見つかりましたか!?」


「いいえ。一回、家に戻ってみませんか? もしかしたら、すれ違ってしまっただけかもしれません」


「そうですね。もしも本当にすれ違っただけだったのなら、一安心なのですが……」


 臣琉君の家に戻ると、中は酷く荒らされていました。


「こ、れは……」


「明哉様! テーブルにこんな物が……」


 忠士さんの呼びかけでテーブルを見ると、そこには新聞の切り抜きで作られたと思われる手紙が置いてありました。

 その手紙には、こう書いてありました。


『子供は預かった。返してほしいのならば、當築夫妻の研究書を持って港の六番倉庫まで来い』


當築とうづき夫妻、と言うのは……」


「はい、ご主人様方の術師名です。まさか、臣琉様が誘拐されるなんて……」


 歯噛みする忠士さんの横で、僕は何か自分に出来る事は無いか考えました。

 ですが、いい考えは浮かびませんでした。


「……これから、どうするんですか?」


「研究書は、ありません」


「えっ?」


 忠士さんの言葉に、僕は耳を疑いました。

 錬金術師であるならば、必ず一冊は自身の研究書を持っているはずです。

 それは僕も、白咲さんも同じです。

 唖然とする僕に、忠士さんは取り繕うように言いました。


「あ、いえ、研究を纏めた資料ならちゃんと存在するんです。存在する、んですが……。わたくしにはそれを渡す権限がないんです」


「権限がないって……まさか」


「はい。お察しの通り、わたくしには三つの絶対原則がありまして。一つ、人間に絶対危害を加えない事。二つ、絶対に最後まで臣琉様をお守りする事。そして最後が──絶対に研究資料を他の誰にも渡さない事。わたくし機械人形オートマタである限り、これは破れません」


「忠士さん……」


「……明哉様。申し訳ございませんが、もう遅いですし、お帰りください」


「そんな、臣琉君はどうするんですか!?」


わたくしが一人で解決してみせます。もう貴方様に頼る事はございません。……ここまで、ありがとうございました」


 忠士さんに何も言えず、僕は仕方なく宿に戻ろうとしました。


 ……はい。「戻ろうとした」と言うのは、戻らなかった、という意味です。

 無謀にも、僕はたった一人で手紙に書いてあった倉庫へと向かったのです。

 しかも、偽の研究書を持って。


 今思えば、とてつもなく浅はかな事をしたものだと反省の思いしかありません。


 それでも、当時の僕が出来そうな事はそれしか思いつかなかったのです。

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