第十話『歯車の心』

頁参拾壱

 あれ、今日は確か、平日ですよね? 学校はどうしたのですか?

 なるほど、夏休み。……もうそんな時期でしたか。


 そういえば、今日は終戦記念日でしたね。

 あの戦争が終わって、もう何十年も……。時の流れとは早いものですね。

 実は、僕も戦闘用機械人形オートマタの修理や、怪我人の治療が出来る錬金術師として徴兵されていたんですよ。

 ……すみません、いきなりこんな話をしてしまって。

 当時を思い出してしまって、つい。


 ふと思ったのですが、昨今の機械人形オートマタ──じゃなくて、ロボットと言うのでしたっけ──あれらは、あまり人の形をしていないのですね。

 えっ、不気味の谷? 人間に近ければ近いほど忌避感を抱いてしまう……そんな意見もあるのですね。


 ……今までの話の他に、機械人形オートマタに関するものはあるか、ですか?

 

 ありますよ。


 本当に心を得た、一人の機械人形オートマタの話が。


──────


 僕と白咲さんが街路を歩いていると、何かをはやし立てる子供達の声が聞こえました。


「やーい、お前の父ちゃん人殺しー!」


「お人形さんと遊んでもらってんのかー?」


「あんなの作ってるから死んだんだ!」


「そうだそうだ、バチが当たったんだ!」

 

 彼らの中心には、耳をふさいでうずくまる一人の少年がいました。

 年はおそらく小学校の下級生。黒髪で後ろが僅かに刈り上げられている、当時としてはそう珍しくない見た目の子でした。

 見かねて僕が注意しようとした時、少年が勢いよく立ち上がりました。


「うるさい! 何も知らないくせに!」


 そう言うと、少年は自身を囲んでいる子供達を振り払い、何処かへと走り去ってしまいました。

 白けた子供達が散ったあとも、あの少年が気になって僕は立ち止まっていました。


「春君、どうしたの?」


「いえ、少し気になりまして。あの子、どうしていじめられていたのか……」


「さあ。子供のやる事なんて、どれもこれも単純なものよ」


「そうです、よね……」


 その時は、再び彼と関わる事になるなど、微塵も思っていませんでした。

 それは白咲さんも同じ事だったでしょう。


──────


 次の日。買い出しに出ていると、あの少年と男性が言い争っているのを目撃しました。いえ、少年が一方的にまくし立てていた、というのが正しいでしょうか。


 少年と対峙している男性の見た目は二十代ほど。千歳茶の髪を後ろに流し、目の色は鉄紺。僕でも見上げるほどの背丈と体格の良さから、威圧感を感じてもおかしくなかったのですが、言い負かされている姿にそんなものは全くありませんでした。


「だから、わたくしは……」


「うるっさいなあもう! いいから、ついてくんな!」


 少年が行ってしまうのを、男性はわたわたと手を動かしながら見ていましたが、やがて深く項垂れてしまいました。

 その哀愁漂う姿につい同情してしまい、僕は彼に声をかけました。


「あの……」


「はい?」


「今の子、貴方のお子さんですか?」


「いえ、あの、その……」


 言い淀む彼の眼が硝子玉のように見えて、僕は「おや?」と思いました。

 同じような眼を、何処かで見た気がしたのです。


「ど、どちら様ですか?」


 その問いかけで、僕は自分が名乗り忘れている事に気付きました。


「申し遅れました。僕は、旅人の明哉春成と言います。……実は、昨日もあの子を見かけていまして。ずっと気になっていたんです」


臣琉みつる様を? もしかして、いじめられていませんでしたか?」


「そのような感じではありましたが……」


「そうですか……」


 更に落ち込んでしまった彼に「これは何かあるんだな」と思った僕は、近くの喫茶店で相談に乗る事にしました。


──────


わたくし忠士ただしと申します。先程の少年、臣琉様に仕えている者です」


「仕えている、ですか」


「ええ。……実はわたくし機械人形オートマタでして」


 おそるおそる告げられた言葉に、僕は驚くのではなく、納得しました。

 あの硝子玉のような眼は、前に出会った機械人形オートマタの沙凪さんと同じだったのです。

 そんな僕とは逆に、忠士さんは大きく驚いていたようでした。


「……驚かれないんですね。大抵の人は聞くと驚くのですが……」


「ええと……前に、貴方と同じような人型の機械人形オートマタと出会った事がありまして」


「人型の機械人形オートマタと!? それはどのような者だったんですか?」


 食い付く忠士さんに、僕は沙凪さんの事を話しました。


「なるほど、家を守るために作られた機械人形オートマタ……。ある意味で、わたくしの在り方と同じですね」


「ある意味、とは?」


わたくしは、臣琉様のご両親によって作られました。当初は別の目的で作られたのですが、途中で用途が変わり、家事用の情報を入魂にゅうこんされまして。以降、臣琉様のお世話係として稼働しています」


「あの子の──臣琉君のご両親はどうしたんですか?」


 そう聞くと忠士さんは顔を曇らせました。


「……半年前に、お亡くなりになりました。流行り病に侵されてしまい……。今思えば、ご主人様は自身の死期を悟っておられたんでしょう。だからこそ、わたくしを制作したんだと思います」


「そうなんですか……。僕も同じ理由で両親を亡くしました。……あの病気は、酷いものだった」


 あの時代、『流行り病』とは全て同じものを指していました。

 一度罹ったが最後、どんな薬も効かずに、じわじわと体を蝕まれ、死ぬ瞬間まで苦痛に苛まれる……。

 正に、悪魔のような病気でした。


 そんな中、残される息子のために機械人形オートマタを作るのは、とても根気のいる作業だったと思います。


「はい、本当に……。あの、その、……一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」


「何ですか?」


「臣琉様とも、こうして同じように、お話ししていただけないでしょうか?」


「彼と?」


「はい。ご両親が亡くなって以来、臣琉様はふさぎ込み、誰の言葉にも耳を傾けなくなりました。ですが、貴方様の言葉なら聞き届けてくれるかもしれません」


 切実な頼みに、僕は頷きで答えました。


「僕に出来る限り、やらせてもらいます」


 僕には、どうしても臣琉君を放っておく事は出来ませんでした。

 少しでも彼が前を向くきっかけになれたらいいなと思ったのです。


「明哉様は、いつまでここに滞在なされるんですか?」


「様、は余計ですよ。ここにはしばらくいると思います。早速、明日会いに行ってもいいですか?」


「ええ勿論! 宿を教えてくださるのなら、お迎えに上がります!」


 そのまま約束を取り付けて、僕は忠士さんと別れました。


──────


「相変わらず、貴方は物好きね」


 事の顛末を聞いた白咲さんは、興味無さげに言いました。


 実は、僕がこうして誰かの相談に乗るのは何度もありまして。そのせいで、トラブルに巻き込まれる事も少なからずありました。

 それでも止めなかったのは、あの日、僕が白咲さんに救われたように、誰かの助けになりたいと思ったからです。


「どうしても放っておけなくて……。特に、臣琉君と僕は境遇が似ていますし」


「そう。……ただ、あまり思い上がらない方がいいわよ」


「え?」


「いくら境遇が似ていたところで結局、自分の気持ちは自分だけの物。真の意味で分かり合えるものではないわ」


 その言葉で、白咲さんは「貴方の気持ちはよく分かる」というような考えを嫌っていた事を思い出しました。

 だからこそ、愛依子さんにもあんなに反発していたのです。


「ええ。分かっていますよ。それでも、何か力になれればと思うんです」


「……逆鱗に触れてからでは遅いわよ」


「肝に銘じておきます……」


 白咲さんのあれこれを思い出して、僕は心から同意しました。


「今、何か余計な事考えなかった?」


「そ、そんな事ありませんよ」


 睨まれてしどろもどろになった僕に、白咲さんはため息を吐いたのでした。

 ……ですが、こんな日々も楽しかったのは確かです。

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