頁参拾
勝智君と別れて戻ると、宿の側にある狭い路地に白咲さんと誰かが立っているのが見えました。
こっそり覗くと、その人はスーツ姿の男性でした。
白咲さんは釈然としないといった様子で彼の言葉に耳を傾けていました。
「ですからお嬢様。これ以上勝智様と関わるのはやめていただきたいのです」
「関わっているのは同行者でしょう? 彼には言っておくから、貴方達の方が私に関わらないで。今更、死人にかける言葉なんてないくせに」
「……失礼します」
そこで僕は、あの時に抱いた既視感の正体に気付きました。
むしろ、何故今更になって気付いたのかと後悔しました。
白咲さんが写真の少女だったのです。
──────
白咲さんと男性に気付かれないように部屋に入ったつもりでしたが、
「……春君、聞いていたでしょう?」
「はい……」
白咲さんの方から切り出され、僕は認めざるを得なくなりました。
「聞かれてしまったのなら仕方ないわ。話しましょう。でないと、貴方は更に深入りするだろうし。……白咲へと養子に出される前、私は瑛孝寺の長女だったの」
「養子、ですか? 弟子入りではなく?」
「ええ。そもそも、名のある一家に生まれた娘を錬金術師にしようとする親なんていないわよ。特に、瑛孝寺の当主はそういう技術者を見下す人だったから」
『瑛孝寺の当主』という言い方に、僕は引っかかりを感じました。
実の父親をわざわざそう呼ぶという事は、既にその人を赤の他人だと割り切っていたのでしょう。
「十歳の時に、私は
「…………」
「あの頃は、ずっと死にたいと思っていた。死なせてほしいとまで願った。生きていても苦しくて痛いだけで、もう自力で立つ事すら出来ないんだって。そう思っていた私に追い打ちをかけたのは、母だった」
白咲さんの目は虚ろで、意図的にそうしているのだと感じました。そうでもしないと、きっと潰れてしまうのでしょう。
その姿は、いつもより儚げに見えました。
「『もう、あんな不気味な目の色をした娘はいらない』『いっそ助からずに死んでくれた方が良かった』──病室の外で話していても悲痛な声は聞こえた。その時に思ったの。『私、何のために生まれたんだろう』って」
「……それは……」
「下手な慰めはいらないわ。もう、過ぎた事だもの。ええ。過ぎた事だわ」
長く息を吐くと、白咲さんは再び話し始めました。
「そんな時に来たのが、私の義肢を作るために雇われた白咲
「そう、だったんですか……。あの、瑛考寺で白咲さんがいなかった事になっているのはそれを隠すため……ですか?」
「そうね。瑛考寺の長女が誘拐され、四肢を刻まれた挙句に、錬金術師の養子になった──。それは、知られたくない恥でしょう。だから最初からいなかった事にした。幸い、跡継ぎはもういたものね」
「白咲さん、勝智君は……」
「私とあの子は会わない方がいいわ」
白咲さんは、そうきっぱりと告げました。
「瑛孝寺の跡継ぎであろう者が、いつまでも亡霊に囚われてはいけない。あの子も、そのうち諦めるはずよ。……いいえ。諦めるべきなの」
「白咲さん……」
俯いた彼女に何を言っていいか分からず、迷った末に、僕は一つだけどうしても伝えるべきだと思った事を言いました。
「勝智君はとても元気で、良い子で、皆から愛されていましたよ」
「……そう。ありがとう」
顔を上げた白咲さんは、少しだけ微笑んだように見えました。
その顔を見て「ああ、やっぱり彼と彼女は似ているな」と、僕は思いました。
例え、遠く離れても、名前が変わっても、目の色が変わってしまっても。
──二人はかけがえのない姉弟なのだと。
──────
次の日。不死者の情報が得られなかった僕達は、町を去る事にしました。
次の町へと至る道に差しかかると、
「待ってくださいっ!!」
勝智君が大きく立ちはだかりました。
その日は平日だったにも関わらず、学校を抜け出してまで来たようでした。
「勝智君、どうして……」
「はあっ、はあ、同級生が、教えてくれたんです。通学中に、僕にそっくりな旅人とすれ違ったって……」
本当に居ても立っても居られずに飛び出したのでしょう。乱れた息を整えると、勝智君は叫びました。
「姉さん! 僕はずっと信じていました! 貴女は絶対に生きているって、確かに存在しているんだって……! やっと、会え──」
「貴方、誰?」
「……………………え?」
興奮した勝智君が受けたのは、白咲さんの冷たい言葉でした。
「私に弟はいない。人違いよ」
「嘘だ! だってほら、写真だって」
勝智君が震える手で差し出した写真を受け取ると、白咲さんはあろう事か、即座にそれを破り捨ててしまったのです。
「あ、ああっ! なん、なんで」
「いい加減にしなさい」
立つ気力さえ失ってしまったのか、勝智君は座り込んでしまいました。
「どうして、なんで、ねえさん」
うわ言のように繰り返すその姿はとても痛々しく、見るに堪えませんでした。
白咲さんはそんな彼に近づくと、
「貴方には、未来がある。いつまでも過去に囚われては駄目。しっかりしなさい、勝智。貴方は瑛孝寺の跡取りなのだから」
そう小さな子供に言い聞かせるように言いました。
「…………!!」
「……行きましょう、春君」
勝智君を置いて、白咲さんは前に進み始めました。
「いいんですか?」
「私は──」
「おねえちゃんっ!!」
ですが、勝智君の声に足を止めました。
その時の白咲さんの心情は、僕には察する事も出来ません。
それでも一度も振り返らず、やがて気持ちの整理がついたのか、再び歩き出しました。
「これでいいの。ええ、これでいいの」
「……そうですね」
町を出ようとする僕達を止める声は、もうしませんでした。
──これは、ただの僕の想像なのですが。
白咲さんがあの町に立ち寄ったのは、町の人達や勝智君に不死者の手が及んでいないかどうか確かめるためだったのではないか、と思うのです。
それと同時に、未練を断ち切るため。
あれは、白咲さんなりのけじめだったのでしょう。
白咲さんは、不器用な人でしたから。
でもきっと、僕はそんな白咲さんに惹かれたんだと思います。
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