頁肆拾陸
男性を交番に突き出したあと、流れで僕達は彼──便宜上、今は
「はあ。
にやにやした顔で尋ねる幸守さんに、白咲さんは眉間に皺を寄せて答えました。
「馬鹿ね。彼は、ただの同行者。色々あって一緒に旅をしているだけで、それ以上もそれ以下も無いわ。……そうでしょう?」
「あっ、はい。あの、お二人は一体どういうご関係で……?」
「兄妹弟子だよ。ちなみにオレが兄弟子な」
「兄妹弟子!」
「違うわよ」
食い気味に否定すると、白咲さんは嫌々といった様子で言いました。
「彼は、父親と私の師匠の酒盛りに便乗して遊びに来ていただけ。まともな手解きなんて受けてないわよ」
「う、うるせえ! たまにちょっとくらいは教わってたわ! それにこの町なら勉強には事欠かないし、そもそもオレはかなりの天才だから? 錬金術師になるなんて、御茶の子さいさいだったね!」
「……資格は?」
「実技は得意だけど、試験は苦手で……」
「それ、ただの自称じゃない。そうよね、貴方って昔からそういう人よね……」
目を逸らす幸守さんに、白咲さんは呆れたように首を振っていました。その少し笑ってしまう様子を見て、本当に仲が良いんだなと感じました。
ここまで誰かと親しげに接する白咲さんがとても珍しかったのです。
「ところで、
「二人は三年前に死んだよ。例の病でな」
「……そう。お悔やみ申し上げるわ」
「ああ。……それにしても、随分と無愛想になったよな、お前。昔はもっとこう、例えば箸が転がっても笑うような」
「貴方は相変わらず粗暴で雑よね。さっきの腕もやたら太かったし。あと少しでお店の扉に引っかかるところだったわよ」
「お、お前なあ……」
顔を引きつらせる幸守さんに、白咲さんは緩んだ空気を両断する真剣さで問いました。
「話は変わるけれど。貴方は、何故錬金術を使えるようになったの?」
「……言っただろ、オレは天才だって」
「そうね。幸守君は、天才だったわ」
「し、白咲さん?」
白咲さんの言葉を聞いた途端、幸守さんは苦々しい顔で立ち上がりました。
「もう出てけよ。町にいる間、二度とオレの家に来るな。いや、オレにも近付くな。こう見えて、やる事があるんでね」
「ええ、そうするわ。行きましょう、春君」
「はい……。お、お邪魔しました……」
不穏な空気が漂う中、僕達は幸守さんの家を後にしました。
出る前に見た背中がやけに印象的で、僕は何故かそこに不安な物を感じていました。
──────
「あの、白咲さん。先程の言葉は一体……」
宿で僕が尋ねると、白咲さんは軽くため息をついて言いました。
「あれではっきりしたわ。都合が悪くなると逃げる癖が昔から変わってない。……彼は、幸守君じゃない。もちろん、町で名乗ってた
「でも、彼は確かに錬金術を使っていたじゃないですか。目の色こそ黒でしたが、それは『例外』というだけで、彼の実力を否定する理由にはならないのでは……?」
はい、例外ですね。魂の色が瞳に現われるほどの力がないと、錬金術は使えない。それなら、元から魂の色が黒や茶色だったら?
答えは単純。その人物は問題なく錬金術を使えます。
確率こそ低いですが、魂の色は千差万別。完全に同じ色など滅多にありません。故に、そんな人物がいてもおかしくないのです。
「ええ。幸守君は確かにそうだった。昔一緒に
「なら……」
「問題は、そこではないの。春君、私が彼の家族について尋ねる時、言い終わる前に彼が答えていたのには気付いた?」
「あっ、言われてみれば確かに……。でも、それはあまり聞かれたくない事だったからというだけで……」
「そう。特に、何も知らない貴方には聞かれたくなかったのでしょう。自分に──」
「双子の兄がいた、なんて」
「────!」
僕は強い衝撃を受けました。つまり、白咲さんが言おうとしているのは
「彼は……亡くなったお兄さんのふりをしているって事ですか……!?」
「そういう事よ」
……そうですね。姿の似ている双子なら、魂の色も同じように似ているのではないかと思うかもしれません。
ですが、先程も言った通り、魂の色は千差万別。血が繋がっていたとしても、親と子、兄弟姉妹が全く正反対の色になるというのも別段珍しい話ではありません。
「彼の本当の名前は「
「……だから、近付くなって……」
「別に、正体を暴き立てて何かするつもりではなかったのだけれど……。でも、彼が望むならそうするわ。春君も気を使ってあげて」
「分かりました」
一体彼に何があったのか、また何のために自分のお兄さんを演じているのか。
幸守……いいえ、速貴さんの気持ちを僕が完全に理解する事は出来ません。でも。
あの背中がより寂しく、悲しく思えるのが心苦しく感じました。
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