頁肆拾漆

 次の日、市場を見ながら情報を集めていると昨日のお店のお婆さんに出会いました。


「おや、アンタは昨日の……」


「こんにちは。荷物お持ちしましょうか?」


 何かの仕入れなのか、お婆さんは大きな箱を背負っていました。


「いいのかい?」


「はい、大丈夫ですよ。それに、昨日は色々とお騒がせしてしまいましたし……」


「じゃあ、お言葉に甘えようかね。悪いのはあの乱暴者だけど」


 箱は別の何処かに運ぶものらしく、その道すがら僕はお婆さんとお話をしました。その中で、自然と例の男性の話になったのです。


「ところで、昨日のあの人は一体……」


「ああ。奴は、錬金術師になると言いながら何もしない大馬鹿者さ。隣町の町長の、三番目の息子でな。跡も継げないし、かと言って勉強も働きもしない怠け者だ。町長は町長で甘やかしてばかりでなあ。長男次男が優秀な分、悪目立ちするのなんの。力任せに何でも叶えようとする……」


「随分な物言いだな? 婆さんよっ!!」


「ああっ!」


 後ろから誰かに突き飛ばされ、お婆さんは転んでしまいました。僕は慌ててお婆さんを庇いながら、その人物を睨みました。


「何するんですか!?」


 お婆さんを突き飛ばしたのは、昨日のあの男性だったのです。


「悪口を言われたら誰だって怒るだろう? ついカッとなったんだよ」


「だからって、突き飛ばす事はないじゃないですか!」


 へらへらと笑う男性に言うと、彼はわざと肩をすくめてみせました。


「悪かったって。……また昨日みたいに交番に突き出すか? まあ、親父がすぐに出してくれるけどな!」


「このっ……!」


 流石に僕も怒って立ち上がろうとすると、男性の頭をスコーンと何かが叩きました。


「いっでえ!?」


 余程痛かったのか、涙目で男性が振り向きます。そこには、速貴さんがいました。

 足元には術式陣じゅつしきじんが書いてあり、そこから棒を錬成して叩いたようでした。


「本当に懲りねえなお前も! こんな往来で悪さしたらオレが来るに決まってんだろ!」


「っ、幸守こうしゅ……!」


「この際はっきり言っておくが、お前とお前のクソ親父が学習するまでオレは懲らしめて交番に突き出してやるからな! 殺されないだけマシだと思え!」


「テメエ……。俺は知ってるんだからな! 本当はお前のその力はがっ」


 男性が言い切る前に、速貴さんは棒で彼の顎を突き上げ、昏倒させてしまいました。


「ケッ」


「今日も悪いねえ、幸守こうしゅ


「いいって。バアちゃんもこんなのが孫とか災難だよな。って……おい、春成だったか。その荷物……」


「ああ、私が仕入れたやつだよ。少し持ってもらってたんだ。アンタに頼まれたやつさ」


 着物に付いた土を払いながら、お婆さんが答えます。


「やっとか! おい、早く寄こせ! ああ、運んでくれてありがとうな。あばよ!」


 僕からひったくるように箱を取ると、速貴さんはそそくさと立ち去ってしまいました。


「はあ……」


「全く、忙しない奴だねえ。いくら待ってたからって、急ぐこたあ無いのに……」


「あの、つかぬ事を聞きますが、あの中身は一体……」


「ああ、あれは──」


──────


「白咲さんっ!!」


 中に入る時間も惜しかったので、僕は宿の一階にある部屋の窓を開けて白咲さんを呼びました。


「どうしたの春君。そんな所から」


 目を丸くする白咲さんに、僕は慌ててお婆さんから聞いた『材料』の事を話しました。


「それって……!」


「……つまり、ですよね?」


「っ……急ぐわよ、春君!」


 白咲さんは窓枠から飛び出すと、速貴さんの家に一直線に走りました。僕もそれを必死に追います。

 速貴さんが求めた材料とは?

 それは……『人体の構成成分』です。……ああ、気付きました?


 つまり、速貴さんはのです。


 ……ええ、そうですね。明百合あゆりちゃんの時に言った通り、人体の錬成自体は簡単で、なおかつ違法ではありません。禁じられてもいないのです。

 けれど、おかしく思いませんでしたか? 

 それならば何故、僕達の社会に馴染んだのは生身ではなく、磁器の肌を持つ機械人形オートマタだったのか。

 それは強度の問題でも、倫理の問題でも、製作予算の問題でもありません。



 答えは簡単。です。



 人体は作れても、それはただの人形で。

 心があろうとも、体が磁器なら立場は機械人形オートマタで。

 生きていると証明出来ても、フラスコから出られなければホムンクルスという生命体に過ぎない。


 数多くの錬金術師が挑みながらも決して辿り着けない領域が、『人が人を作る』という事だったのです。


 ……錬金術師が諦めてしまった境地、とも言えるでしょうね。


 僕達が慌てて止めようとしたのも、今までの旅路でそれを知り、速貴さんに彼らと同じ思いをさせないようにするためでした。

 必ず失敗する上に、万が一成功したとしてもそれが幸せな事ではないと。


 ……分かっています。それは僕達の勝手な思い込みで、我儘である事は。だとしても、止めずにはいられなかったのです。


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