頁陸


「……いつまでも五月蠅いわね。黙って死に続けなさい」


 地を這うような声と共に、刃が判道さんの胸から生えました。


「が、ァ? お前は……」


「白咲さん!」


 彼の背後にいたのは、白咲さんでした。

 深々と刺した刀を引き抜き、胴を真っ二つに切り裂きます。


「離れていなさい。危ないわよ」


「は、はいっ」


 いつの間にか気絶していた少女を抱えて、僕は部屋の隅へ避難しました。

 実はこの時消えていたはずの恐怖がぶり返して、外まで逃げるほどの気力が無くなっていたのです。


「え、あ……し、白咲さん!!」


「何?」


「そ、その、腕……腕が!!」


 白咲さんの左腕が、無くなっていました。


 中身のない上着の袖が靡いていて、先程まで白咲さんがいた方向を見ると、その壁には彼女の左腕がそのまま残っていました。


「大丈夫よ。だって……」


「調子に乗るなよ、糞餓鬼が……ッ!」


 起き上がった判道さんに、白咲さんは一発の弾丸を撃ち込みました。


「……何だ?」


 違和感があるのか、判道さんは自身の胸をさすりました。


 次の瞬間、


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 体内から出てきた無数の刃によって、彼の体がズタズタに引き裂かれたのです。

 ほぼ肉塊のような状態になってもまだ死ねないようで、判道さんはのたうち回っていました。


「今貴方に撃ち込んだのは、錬金術で作られた特殊弾、通称『針弾ハリダマ』。体内に止まり、熱を感知した無数の刃が熱源を見失うまで暴れ回る。死ねない貴方にとっては、文字通り無限の苦しみとなるでしょうね。それが最後の一つなんだから、たっぷり味わいなさい」


「やめ、アガ、やめてくれ、ギャッ頼む……ころさないで、グェ、死にたくない!!」


 少女達の死体より酷い有様になってもなお苦しみもがく判道さんに、白咲さんは羽虫を見るような目を向けました。


「私だって、何度もそう思ったわ。死なず、死ねず、無限の苦しみを味わって、その果てに私の左腕と両脚は無くなった」


 その言葉で、僕はやっと彼女の左腕が義肢である事に気付きました。

 村に来てからずっと上着と白手袋を外さなかったので、全く気付かなかったのです。


「貴方と同じ不死者が──『透無虚鵺とうむからや』が奪ったのよ。この名前は、当然知っているでしょう? 貴方に不死者になる術を教えた張本人なんだもの」


「あっああンギ、知っている! ハヒュッ、もう、やめてくれ! ヴアグァ、何でもするから!!」


 その言葉を聞いた白咲さんは、彼の腹に刀を突き刺しました。

 すると、判道さんの身を切り裂いていた刃が消え去ったのです。


「……なら、一つだけ質問に答えてもらいましょうか」


「ああ!」


「奴は、今何処にいるの?」


「しっ……、知らない! か、彼に出会ったのは五十年も前だ、それきり一度も会っていない!!」


「そう。なら用は無いわ」


 白咲さんは銃に弾を込めると、彼の眉間を撃ち抜きました。


「ギャッ!」


 ビクンと判道さんの体が跳ねます。

 しかしその傷は治らず、サラサラと手足の末端から灰になっていきました。


「何、で……、答えたら、見逃してくれるんじゃ……」


「誰も、そんな事言っていないでしょう? 早とちりするのはよしなさい。三流物語の読みすぎよ」


 一拍置いて、「それに」と彼女は半分灰と化した彼に、こう言い放ちました。


「『』……そう言ったでしょう?」


「この、復讐鬼、が……」


 最期にそう言い残し、判道さんは完全に灰となりました。


──────


 最初の応接間に戻り、初めて僕は一息つく事が出来ました。


「あの、僕は」


「今すぐその子を連れてここを離れなさい。そして全部忘れるの」


 錬金術で穴を塞いだ自身の左腕を取り付けながら、白咲さんはそう言いました。


「……え?」


「私はすぐに村を出るわ。誰かに私の事を聞かれたら、何も知らないと言い張りなさい。少なくとも、ずっとこの村に住んでいた貴方に容疑が向く事は無いでしょう。消えた彼が行方不明か殺されたか、どちらに取られたとしてもね。それに、その女の子は貴方が助けたんだから、胸を張ってもいいくらいよ」


「白咲、さん」


「……五十年前に彼は自身の流派を編み出したものの、その後継者は現れなかった。五色ごしき開祖かいそから派生しては消えていく他の流派と同じようにね。だけど彼は諦めきれなかったのでしょう。だから不死者になった。……どんなに高潔な理由があったとしても、不死者になれば悦びのために人を殺すろくでなしにしかならないけれど。それに聞いた話によると、元は六十過ぎの老人だったとか。錬金術師としての腕は二流でも、若作りの腕は一流だったようね」


「そんな……」


「それでもやっぱり、彼が死んで悲しい? 貴方が貰ったという錬金術書だって、途轍もなく古い物よ。五十年前ならともかく、今はあんなの使えない」


 色んな事がありすぎて、未だに全てを飲み込み切れず黙っている僕に、白咲さんは言いました。


「でも、貴方がこれから努力したのなら。……きっといい錬金術師になれる。私や彼と違ってね。さようなら、春成君。もう二度と会う事は無いでしょう」


 彼女が背を向けた瞬間、雲の隙間から差し込んだ月明かりが、柔らかに白咲さんを照らしました。


 浴びた返り血が灰となって、彼女の体から零れ落ちていきました。

 その灰が割れた窓からの風で舞って、月明かりに輝いて。

 光景と合わさった彼女の姿は美しいのに、何処か儚く感じました。

 まるで、今すぐにでもここから消え去ってしまいそうな……。


「あの!」


 僕は思わず白咲さんに声をかけました。


「何?」


 彼女が振り返ります。


「えっと、その……」


「何も無いのなら、行くわよ」


 歩き出す彼女へ向けて、僕は叫びました。


「ぼ、僕を……僕も、貴女の旅に同行させてください!!」


「……何で?」


 白咲さんはそこで初めて表情を大きく崩しました。目を見開いた驚愕の顔です。

 ……実は、この時はまだ、何故そう言ったのか僕自身にも分かりませんでした。


 それでも、今ここで言わないと、一生後悔する事になる。確かにそう思ったのです。


「最初に言っておくけど、私は錬金術を教えられないわよ。それに、これはあくまでも、私の復讐のための旅だから、貴方の益になるようなものは微塵も無いと思うのだけれど」


「それでも、貴女と共に行きたいんです! お願いします!」


「村の人達に恩返しするんじゃないの?」


「旅を終えてからやります!」


「その時には、村唯一の錬金術師を殺した罪を着せられているかもしれないわよ?」


「構いません! 貴女と一緒に行けるなら、どんな罪だって背負ってみせます!! ……やはり、駄目でしょうか?」


 白咲さんはしばらく悩む仕草をすると、「ふう」と息を吐きました。


「……そこまで言われたら、仕方ないわね。それなら私の旅が終わるか、貴方の気が済むまでは付き合ってあげる。春成君、これからよろしくね」


「はい、こちらこそよろしくお願いします、白咲さん!」


 そして僕達は握手を交わしました。


 そのあと、僕は村の皆に少女を預けると、碌な説明もしないまま旅支度をして村を飛び出しました。


 こうして、僕と白咲さんの長いようで短い旅は始まったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る