頁伍

 扉を少し開けて、中を覗きました。


 予想以上に広い部屋には、白咲さんと判道さんの姿しか無く……。いいえ、他にもありました。天井から吊るされたものが十五体。


 それらは人の形をしていました。、と言った方が正しいのかもしれません。

 ……それらの正体は、肉塊としか言いようがないほどボロボロな死体でした。

 その中でも数体は腐り果て、強烈な異臭を放っていました。


 一体何があったのか……、死体の様子から少しだけ察する事が出来たのですが、僕はその光景を思い浮かべてしまい、今すぐにでも吐きそうな感覚に襲われました。


「随分と悪趣味なようで」


「悪趣味……。確かに、この残り滓を見たらそう思うだろうね。私もここまで来ると飽きて放置してしまうんだ。はもう、悲鳴一つ上げてくれないからねえ!!」


 下品な高笑いが部屋中に響いていました。


「ああ、安心してくれ。この部屋の防音には特に気を使っているから、君の悲鳴が外に響く事は無い。もっとも、君のような貧相な体には興味無いがね」


「やはり不死者ね。醜く長く生きすぎたせいで魂が奥底まで腐ってる。おまけに、目までとことん腐り切っているんだもの。……反吐が出そうだわ」


「……何?」


「未来ある若者の才能の有無さえ見抜けないなんて。そんなの間抜けか、あるいは。からの、無意識的な拒否反応なんじゃないかしら?」


「…………的外れな批判はよしたまえ。嫉妬しているのは君の方だろう? 老いる事も、病む事も、朽ちる事さえ無い身体が羨ましいのだろう?」


 そう嘲ると、「ああ」と何か納得したように彼は呟きました。


「君の、不死者に対する異常なまでの殺意。それは君が不死者総滅隊ふししゃそうめつたいだからか。十年ほど前に聞いた事があるよ。不死者われわれに復讐せんと作られた組織なんだって?」


「ええ、その通りよ。私は、私達は不死者によって人生を壊された。だからこそ私は貴方を殺す。不死者あなたたちが滅ぶまで、私は殺し続けてみせる」


 開かれた彼女の目は、赤く爛々と光っていました。殺気と相まって、それは死神のようでした。


「それだけが、私の生きる理由だから」


「……哀れだな、憎しみだけでしか生きられないとは。これは慈悲だ。潔く死ね!」


 判道さんは壁に貼り付けられた大きな鉄板に手をつくと、その板に書かれていた術式陣じゅつしきじんで錬金術を発動しました。

 そこから錬成した、大きく鋭い刃物の爪を持った手袋を装着すると、彼は白咲さんに襲いかかりました。


 迫りくる鉤爪を、白咲さんは先程のように錬成した刀で受け止めます。

 金属同士のぶつかり合う音が響き、小さな火花が舞うその光景に釘付けになっていると何処かですすり泣く声が聞こえました。


 廊下に目を向けると僅かに扉が開いている部屋がありました。

 慎重に扉を開けると、そこにいたのは縄で縛られている少女でした。


 口に猿ぐつわがはめられていて、心底怯え切っていました。おそらく判道さんが町から攫ってきたのでしょう。

 あの十五体の死体は、今までにそうやって判道さんに攫われてしまった少女達である事は間違いありませんでした。


 神隠し事件の犯人は、彼だったのです。


「んーっ! んんーーっ!!」


 僕を判道さんの仲間だと思ったのか、震えて泣き叫ぶ彼女をどうにか宥め、猿ぐつわと縄を解きました。


「わ、私、私、あの人に」


「もう大丈夫だよ。早く逃げよう」


 僕は少女の手を引いて、急いで逃げようとしました。

 ですが、あの二人が戦っている部屋を通り過ぎようとした時、判道さんの狂った笑い声を聞いた少女が声を上げてしまったのです。


「誰だ!?」


 僕は咄嗟に少女を庇おうと前に出ました。

 大きく扉が開いた先には、血まみれの判道さんがいました。


「そうか、そういう算段か。あいつが私の気を引いて、お前が獲物を逃がすと。恩を仇で返すとは、随分と図々しくなったなァ?」


 その顔は血だけでなく、怒りでも赤くなっていました。


「だが残念だったな。あの白咲の餓鬼は見ての通りだ」


 判道さんの示す先には、左手に刃物を突き刺された白咲さんがいました。

 その刃は掌を貫通して壁に固定されているらしく、白咲さんは外そうと足掻いていましたが、外れる気配は一切ありませんでした。


「白咲さん!!」


「おっと、動くなよ」


 僕の喉に刃を突き付け、判道さんは不気味に笑いました。

 彼が一歩進むごとに、少女と共に後退る事しか出来ません。


「見られてしまったからには仕方がない……お前には死んでもらおう。どうせ孤児が一人死んだところで、気にする人間なんかいないに決まっている。そうだ、どうせなら私の罪を着せてやろうじゃないか。どうだ、いい話だろう?」


「……お断りします。でも何故、貴方はこんな事を?」


「そうだな……。最初は私の正体を知った妻だった。彼女の首を絞めた時の悲鳴が頭から離れなくてね。それが後悔や罪悪感からではなく、快感からだと気付いた瞬間、もう我慢が出来なくなっていたんだ」


 自分を抱きしめるような格好で、判道さんは恍惚とした笑みを浮かべていました。


「次々殺していくうちに、うら若き少女の体の肉を削ぎ落した時の悲鳴が一番好みだという結論に至ってね。以来こうしているという訳だ」


「全く理解出来ません」


「してもらわなくても結構だ。それに、私としてはこの村こそ唾棄すべきものだと思っている。貧しい者の馴れ合いほど見ていて不快なものはない。……ましてやそこに私を巻き込もうなどと……不遜にもほどがあるっ! お前達貧乏人共は大人しく私の施しを受けていればいいものを! 今考えても! 吐き気がする!!」


「…………」


「どうした?」


 僕は内心、途轍もなく怒っていました。

 僕を馬鹿にするのはいい。罵るのもいい。

 いくらでも、気が済むまで。だけど


「見下すなよ化け物。人と関わる事さえ満足に出来ないくせに……馬鹿にするな!」


 僕の故郷を馬鹿にされる事だけは、何よりも許せなかったのです。


 恐怖は飛び去り、僕は判道さんにそう叫びました。


「そうか、それがお前の答えか。ならばそのまま──」

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