頁肆

 白咲さんが村に来てから四日目。その日は清々しい晴れで、村の祭りの日でした。

 守り神へ捧げものをして、その年の豊穣を願う祭りです。


 それに白咲さんを誘うと、彼女は


「この村で過ごした、最後の思い出作りにはいいかもね」


と頷きました。


「もう旅立つんですか?」


「十分休んだもの。明日の朝には出るわ」


「そうなんですか……。少し残念です。それなら、沢山楽しんでくださいね」


「ええ。そうさせてもらうわ」


──────


 そして夜、祭りが始まりました。僕は白咲さんと並んで広場へと行きました。

 祭りと言っても、今あるような屋台が立ち並ぶものではありません。


 村の皆が各々の家からご馳走を持ち出して共に飲み食いし、子供達による神へ捧げる舞を見ながら一年の豊穣を祈願する……。

 そんな、ささやかながらも村の団結を強める祭りでした。


「ほら旅人さん。これも食べて」


「いやいや、うちの方が美味いぜ!」


「何言ってんだい、あたしが作ったのが一番に決まってるだろう!?」


 皆、我先にと言わんばかりに、白咲さんの皿にご馳走を積み上げていきました。


「い、いえ、流石にこんな量は食べ切れないです……」


 と白咲さんが言っても、お構いなしにホイホイあげてしまいます。


「……春成君、手伝ってくれる?」


「はい、お任せください」


 山盛りのご馳走を前にして、無表情ながらも白咲さんが困っているのが手に取るように分かり、僕は思わず笑ってしまいました。


 二人で食べていると、ふと何かに気付いたかのように白咲さんが独り言ちました。


「あの人は来ていないのね」


「え? ああ、判道さんの事ですか? あの人は祭りに参加しないんですよ」


「何故?」


「さあ、そこまでは分かりかねます」


「そう」


 なんやかんやで、やっとご馳走の山を片付けたあと、膨らんだお腹をさすりながら


「……少し気分が悪くなったから、先に戻るわね」


 と白咲さんが立ち上がりました。


「それなら僕も……」


「いいえ。一人で大丈夫よ。まだ祭りは続くのでしょう? 貴方こそ楽しむべきよ」


 言うなり、白咲さんはさっさと帰ってしまいました。


──────


 それから夜が更けた頃……、確か、日付が変わった辺りだったと思います。


 子供は既に家で眠りにつき、大人は祭りの後片付けをしていました。

 僕もその手伝いをしていると、速足で過ぎ去る白咲さんの姿が見えました。


「……?」


 その時の彼女はウィルを連れ、旅支度も完璧に済ませていました。

 あまりにも早い出発に疑問を抱いた僕は、手伝いを終わらせて彼女を追いかけました。

 もしもこのまま出て行ってしまうのなら、最後に一言だけでもいいから会話をしたいと思ったのです。


 村から出る道を行く白咲さんの後ろをついて行きながら、声をかけようかどうか迷っていると、彼女は突如左に曲がりました。

 そのまま真っ直ぐ行けば村から出られるにも関わらず、です。


 しかも白咲さんの行った道の先には、あの判道さんの家があるのです。

 その行動に疑問を深めつつ、僕も同じ道へ進みました。


 判道さんの家が見えるか見えないかの辺りまで来たその時。


 パリンと硝子が割れる音と男の怒鳴り声、そしてプシュッという空気が抜けるような音が聞こえました。

 ざわつく心を抑えながら急ぐと、洋館横の窓が一つ割れていました。先日、判道さんに案内された応接間の辺りです。


 そこへ近づき、恐る恐る中を覗いた僕は、


「…………っ!!」


 その場で口を押え、今にも飛び出しそうな悲鳴を押し殺しました。


 僕が見たのは静かに佇む白咲さんと、……うつ伏せに倒れている判道さんでした。


 白咲さんの手には、黒い拳銃が握られていました。

 あの空気が抜けるような音は、銃に取り付けられた消音器によるものだったのです。


 判道さんは頭の辺りから血を流していて、ピクリとも動きません。

 彼女が凶行に及んだ事は、火を見るよりも明らかでした。


 白咲さんが僕のいる方向に目を向けようとしたのを見て、僕は咄嗟に隠れました。

 顔から血の気が引き、体はガタガタと震えていました。


 見つかれば絶対に殺されると思い、その場から逃げ出して他の誰かを呼ぼうという考えさえ思いつきませんでした。


 ですが、これからの展開に比べれば、これは些細な事だったのです。


──────


 耳に刺さりそうな静寂が場を支配していました。

 僕は息を殺して、再び中を覗きました。


 白咲さんは無言で判道さんの死体を見つめていて、その姿はまるで、何かを待っているようでした。


「……いきなり眉間を撃ち抜くとはね。中々の腕をお持ちのようだ」


 しばらくすると、聞こえるはずのない声が聞こえました。

 白咲さんは飛び退き、丁度窓の──、僕の前に立ちました。


「そして、その口ぶりからすると、私の正体を知っているようだ」


 彼女の背中越しから見ると、立てるはずのない人が立っていました。


「ええ、よく知っているわ。だからこそ、私は貴方を殺さなければならない」


 動揺した様子もなく、白咲さんは彼に銃を突きつけました。


「貴方が、『不死者ふししゃ』だから。それだけで、貴方を殺す万の理由が出来る」


 完全に生き返った判道さんは一瞬だけ目を見開くと、


「……フフ、アッハハハハハハハハ!!」

 

腹を抱えて笑い出しました。


「殺す? 不死者である、この私を? ……面白い。やってみせろ、白咲ィ!」


 下品な笑みを浮かべると、判道さんは白咲さんに襲いかかりました。

 白咲さんが銃で頭を吹き飛ばしますが、彼は止まりません。


 頭の上半分を失くした判道さんに足払いをかけて、白咲さんは懐から刀の柄だけを取り出しました。

 錬金術を使ったのでしょう。そこから瞬時に伸びた刀身を、倒れた彼の胸に深々と突き立てました。

 柄を放してこちらへ振り向くと、僅かに口を動かし、白咲さんは廊下の方へ走り去っていきました。


「ヒヒ、あれだけの啖呵を切っておいて逃げるのか!? ……いいだろう。そんな臆病者には、私自らが灸を添えてやる!!」


 胸に刺さった刀を引き抜き、また元通りになった判道さんが、ゆっくり歩きながら彼女の後を追います。


 ……白咲さんはあの時、「逃げなさい」と言いました。

 口の動きがそのような感じだったのです。


 とっくの昔に、僕がいる事に気付いていたのでしょう。

 白咲さんの言う通り、ここで逃げるべきでした。


 ですが、何を血迷ったのか──、僕は気が付くと、館に入り込んでいました。

 そして、二人が入っていったと思わしき扉の前まで来ていたのです。


 どう考えても危険で、無謀な行為なのに。

 僕の中の何かが、最後まで見届けるべきだと叫んでいたのです。

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