頁参
次の日の昼下がり。今度は白咲さんが僕に話を聞きたいと言い出しました。
昨日の事がありますから、僕は即座に了承しました。
旅人さんへと叔母さんが持ってきてくれた茶菓子と、家にあった緑茶を用意して、食卓で僕は白咲さんと会話する事にしました。
「……その、昨日はとても見苦しい所を見せてしまい、本当にすみませんでした」
「別にいいわよ。旅人に悩みを相談する人は結構いるもの。だってどうせ、すぐにいなくなる存在だからでしょうね」
「い、いえ、僕は……」
「それより、昨日貴方の言っていた判道さんという人について、詳しく聞かせてもらえないかしら。どんな人なの?」
「そうですね、何と言うか、少し変わり者と言いますか……」
「錬金術師なんて大なり小なり変わり者しかいないわよ」
「えっ」
身も蓋も無い言い方に面食らった僕に構う事無く、白咲さんは先を促しました。
「判道さんは西洋かぶれと言うか、西洋の物を特に好んでいるようです。この村で唯一の洋館に住んでいる上に車も持っていますし。あと定期的に町へ行っては、研究に必要な物を買い揃えているそうです」
「研究に必要な物ね……。研究内容は聞いた事ある?」
「ありません。錬金術師はそういう事を話さないんですよね?」
「……そうね。なら、何か大きな音を聞いた事はない? 爆発音とか、鳴き声とか」
「いいえ、特に何も……」
「そう……」
呟くと、白咲さんは顎に手を当てて何かを考える仕草をしました。
「どうしました?」
「話を続けて頂戴。町って東の道を真っ直ぐ行った辺りよね? 私、あそこを通って来たのだけれど」
「はい、その通りです。大体月に……二、三回程度でしょうか。いつもだと翌日の昼頃には帰ってくるんですが、たまに数日かかる事もあります。今回がそうみたいですね。まだエンジンの音が聞こえないので」
「ふうん」
「それにしても、無事で良かったですね」
外の曇り空に目を向けていた白咲さんが、僕の一言に振り向きました。
「え? ……ああ、神隠し事件の事ね」
「ええ。こちらでは風の噂程度にしか聞いていませんが、数年前から何人もの少女が行方不明になっているとか」
「正確には十五人よ。年齢は大体十六歳で、最年少は十二歳。約五年前から続いていて、全員遺体さえ見つかっていない」
「……随分と詳しいですね」
「一人旅だもの。物騒な事件は知っておかないと、自分が被害に遭いかねないわ」
「そうなんですか。それにしても彼女達は一体、何処へ消えてしまったんでしょう……」
「さあね。無事である可能性が低いのは確かでしょうけど」
その言葉の後に、白咲さんは小さく何かを呟きました。
「何か言いましたか?」
「……ただの独り言よ。話を聞かせてくれてありがとう、春成君。しばらく部屋にこもるから、何かあったら呼んで」
「はい、分かりました……」
部屋に戻る彼女の後ろ姿を見ながら、僕は妙な胸騒ぎに襲われていました。
僕の感覚が正しければ、彼女は「もうすぐ分かるだろうし、別にいいわ」と言っていたのです。
そして彼女の言う通り、事件は思わぬ形で決着がついたのです。
──────
その次の日、まだ天気がじめっとしている曇りの村にエンジンの音が響きました。
判道さんが帰って来た合図です。
「車?」
「判道さんですよ。ほら、昨日話した」
「ああ、車持ってるって言ってたわね」
朝食後のお茶を飲むと、彼女は少し考える素振りを見せました。
「ねえ、春成君」
「何でしょうか?」
「その人に会わせてもらえないかしら」
白咲さんの言葉に「錬金術師同士話したい事でもあるのかな」と思った僕は、すぐさま引き受けました。
昨日からしきりに判道さんを気にしていた彼女が彼に出会った時、どのような会話を交わすのか気になったからでもありますが。
──────
二人で洋館に赴き、「ごめんください」と僕が扉を叩くと、判道さんはすぐに出てきてくれました。
彼は僕より薄い茶髪で、当時の男性としては珍しい事に長く伸ばし、後ろで縛っていました。目は明るい青緑色です。
三十代半ばくらいの顔の整った人で、その日は黒いスーツを着ていました。
「おや、明哉君じゃないか。後ろの子は?」
「初めまして、白咲立華と申します。錬金術師で旅をしています」
白咲さんが名乗ると、彼は可笑しくてたまらないといった様子で笑い出しました。
「はっはっは。冗談はよしたまえ。君みたいな幼い子が錬金術師で、しかも旅をしているだって? 家出なら、早く帰った方がいい。近頃物騒だからね」
「これを見ても、同じ事が言えますか?」
怒気を孕んだ声の白咲さんが免許証を突き出しました。
判道さんは目を見開いて免許証を確認したあと、「これは途轍もない無礼を……申し訳ございません」と謝りました。
「分かってもらえて何よりです」
白咲さんはそう答えましたが、まだ怒っているような雰囲気が出ていて、僕は自分が怒られているわけでもないのに冷や汗をかいてしまいました。
そんな少し気まずさが漂う空気の中、応接間に案内され、僕達は判道さんに紅茶を振舞ってもらいました。
大都会でも滅多に買えないとても高価な物だったそうですが、僕には味がよく分かりませんでした。
ですが、白咲さんは味や香りを細かく褒めていたので、そういうものを飲み慣れていたのでしょう。
「それで、他所の錬金術師が何の用で?」
しばらく紅茶を堪能していると、判道さんが本題に入りました。
「他所の錬金術師だからこそ、この村唯一の錬金術師である貴方が気になったんです。聞けば、あの時計台も貴方が作ったそうで」
「ええ。いくら小さな農村とはいえ、正確な時間さえ分からないのは不便だろう、と思いまして。それが何か?」
「実は三日前、時計台が故障していたので、勝手に直したんですが……。随分と古い術式をお使いになるんですね」
「……何?」
白咲さんの言葉に判道さんの空気が変わりました。
しかし、そんな事はお構いなしに、というより、先程の仕返しとばかりに、
「確かあれは五十年前かそこらに、
と白咲さんは淡々と畳みかけました。
「……ええ。少し縁がありまして。そういう貴女だって、随分と珍しい術師名をしているじゃあないですか。白咲と言えば、あの『
「私の場合は養父がその白咲の人間だったというだけですよ。……ところで、話は変わりますが、あの
「何って……、普通にチョークですが」
「ああいう、消えると困るような場所には壁に直接彫るか、もしくはしっかりと定着するように、自身の血液とチョークの粉を混ぜた物を筆に取って書くでしょう? 養成学校や錬金術書では初歩として出てくる基本的な術ですよ」
そこで区切ると、白咲さんはゆっくりと目を開いて判道さんを見つめました。
「……もしかして、知らないんですか?」
錬金術に関して、ほぼ素人だった当時の僕は全く話についていけませんでしたが、その一言が彼の逆鱗に触れてしまったのは分かりました。
「なっ……今すぐ出て行け! 二度と私の前に現れるな! お前もだぞ、明哉!!」
僕達はそうやってすぐに追い出されてしまいました。
「白咲さん、流石にあんな言い方は……」
僕がそう苦言を呈すると、
「私、思った事はすぐ口に出してしまう性分なの。それに……」
「それに?」
「……いいえ。何でもないわ」
それきり、白咲さんは黙り込んでしまいました。
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