頁陸拾伍
あとは、特にとりとめのない話をしながら過ごしました。
ずっと旅をしてきたはずなのに、話す事は尽きなくて。
まるで遠い昔を懐かしむように、つい最近の記憶を語り合うように。
その中で白咲さんは僕にこう尋ねました。
「春君は、これからどうするの? 錬金術師になるなら、師匠……の知り合いの人を紹介するけれど」
「そうですね、僕は……」
僕は、旅で様々なものを見てきました。
出会いと別れ、人間と不死者、
ありきたりな人生では、到底体験できないような旅路の果てに、僕は自分の人生をどう定めるか決めました。
「錬金術の使える医者になりたいです。……この旅で、僕は多くの命と、それが喪われる瞬間を見届けました」
「……そうね」
「そういう時、僕は決まって後悔する立場にいました。もっと錬金術の腕があれば、医療の心得があれば──、もしかしたら、あの時救えなかった命を救えたかもしれない。……ええ、分かっています。例え、どんなに努力しても、個人の力で成し遂げられる事なんて少ないと。でも……」
白咲さんの青い目を見据え、僕ははっきりと宣言しました。
「僕はそんな事で諦めたくないんです。もう二度と、目の前で消えていく命を見捨てたりなんかしたくない。希望論でも、偽善でも──僕は、そうありたい」
「……とても、貴方らしい理由ね。私が保証するわ。貴方ならきっと、素晴らしい医者になれる」
「……ありがとう、ございます」
白咲さんの笑顔は、僕を心から信じていてくれているようでした。
僕は本当にそれが嬉しくて、ずっと一緒にいられたらと……そう願っていました。
──────
寝食を忘れて話していたせいでしょう。
疲れて船を漕いでいると、しばらくして
「ちょっと、春成君!?」
僕の肩を激しく揺さぶる雪良さんの声で、目を覚ましました。
「えっ、あっ、はい!?」
未だに半分眠っている頭で返事をすると、雪良さんは切羽詰まった表情で言いました。
「あの子が何処に行ったか分かる!? 今朝から何処にもいなくて……。皆で手分けして探してるのに、全然見つからなくて……! まだ病み上がりなのに……!!」
「えっ!?」
僕はその言葉に驚きベッドを見ましたが、確かにそこはもぬけの殻でした。
「いつの間に……」
「私はもう一度外へ行くつもりだけど……、春成君はどうするの?」
「僕は……」
ふと、枕元に何かが置かれているのが見えました。
小さな袋で、中には白咲さんがいつも身に着けていた赤いリボンが入っていました。
「それって、まさか……」
「白、咲さん……」
それを見て、僕は全てを悟りました。僕達はもう二度と──会う事は、ないだろうと。
ですが不思議と悲しくありませんでした。
いつかきっとこんな日が来るのだろうと、心の何処かで分かっていたのでしょう。前日に沢山話したのも、その思いを助長させたのかもしれません。
……さよならの一言さえ伝えられなかったのは、少しだけ不満ですが。
それも、彼女らしいと言えるでしょう。
こうして僕達の旅は終わりを迎えました。
その後は、貴方も知っている通りではないでしょうか。
僕は白咲さんのお師匠さんである
そしてつい最近まで、
いつの間にやら、生き証人などと呼ばれるようになってしまいましたが。無理もありませんかね。
今となっては、僕以外に錬金術が使える人などほぼいないでしょうし。
……いえ、これ以上は蛇足ですね。
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