第十八話『闇夜の仲間達』
頁伍拾陸
おや、おはようございます。……しばらく顔を見せていませんでしたが、体調は変わりないですか?
良かった。少し心配していましたが、元気そうで何よりです。
まあ、隠居した僕と違って貴方は忙しいでしょうし、無理は言いませんよ。
……いえ、別に厄介払いしたい訳ではないのですよ? 本当ですって。
僕達の話も、あと少しで終わりますし。
はい、その通りです。僕から語れる事は、もう僅かしかありません。
それでも聞いてほしいのです。他の誰でもない貴方に。
──さあ、今日も始めましょうか。
──────
萍水さんと別れてから数日後、日が落ちた頃に僕達は帝都へと辿り着きました。
今で言う『東亰』ですね。
この国の帝都を名乗るだけあって、そこは今まで立ち寄った町の中で一番の発展具合でした。
洋風のレンガ積みの建物がずらりと並び、当時最先端だった電灯で夜でも明るく、人々は当然のように洋服を着ており、更には路面電車まで走っていて……。
まるで本にある異国のようで、大層驚いたものです。
「……春君、口開いてるわよ」
「あっ、すみません……」
田舎者のように──実際そうなのですが──呆然としていた僕は、白咲さんの一言でどうにか持ち直しました。
「気持ちは分かるけれど。これ以上暗くなる前に、急ぎましょう」
彼女の小さな背を見失わないように、かと言って通行の邪魔にならないように白咲さんの後ろをついて行きながら、僕はそっと気になっていた事を聞きました。
「ところで白咲さん、お仲間とは何処で合流出来るか分かるんですか?」
「いいえ、全然」
「全然って……ええ!?」
あまりにも足取りに迷いがなかったので、待ち合わせ場所なり居場所なりを決めていたものだと思っていた僕は、その返答に思わず非難の声を上げてしまいました。
「それじゃあ、一体どうするんですか?」
「心配しなくても、向こうか、ら」
白咲さんが言い切らないうちに、黒い恰好をした青年がすれ違いざまに彼女とぶつかりました。
「白咲さん!」
少しよろめく白咲さんに気を取られている間に、彼は何処かへと去ってしまいました。
「大丈夫ですか? ……それにしても、一言お詫びもないなんて酷い人ですね……」
「ええ、そうね。彼はそういう人よ」
「え?」
白咲さんが自身の懐をまさぐると、一枚の折りたたまれた紙が出てきました。
それは真っ白な紙で、少なくともそんな物を持っている所は一度も見た事がありませんでした。
「それってまさか……」
「目的地と合言葉ね」
「なら、さっきの人が……?」
「そういう事。多少回りくどいけれど、念には念をと思ったんでしょう。貴方という同行者もいるしね」
「なるほど……」
白咲さんがかつて所属していた
元仲間である白咲さんが相手だとしても、僕という部外者を連れている以上、表立って接触するのは危険だと考えたのでしょう。
「さて、行きましょうか、春君。はぐれないようにね」
「はい!」
──────
しばらく歩く事数分。人気の無い狭い路地の行き止まりに、場違いのように新しい扉が付いていました。
白咲さんが数回ノックすると、ぼそぼそと小さな声が返ってきました。
彼女はちらりと紙を確認すると、同じように小声で答えました。すると、ゆっくりと扉が開いたのです。
中には下へ降りる階段がありました。底は暗くて見えず、何処まで続いているかまでは分かりませんでしたが、少しだけ鉄臭かったのを覚えています。
「……おい」
「うわっ!?」
中を覗き込もうとした瞬間、階段の下の方から若い男性の声が聞こえてきました。
「静かにしろ。……なあ、白咲。その煩いのは誰だ?」
「彼は、私の旅の同行者よ。……安心して、関係者だから」
「…………へえ。少し待て」
階段を下りる音が、闇に吸い込まれていきました。
「あの、大丈夫なんでしょうか……」
「きっと、皆に貴方を入れていいか相談しに行ったんでしょう。しばらく待ちましょう」
待つ事三分。今度は階段を上る音が聞こえました。
「二人とも来ていいぞ。扉は白咲が閉めろ」
「分かったわ。春君、先に行って」
「はい……」
おそるおそる中に入ると、天井には裸電球が一個だけ吊るされていました。
僅かな光を頼りに、踏み外さないよう一歩ずつ階段を降りると、踊り場の突き当たりに入り口と同じような扉がありました。
僕の前を歩いていた男性が扉を開けると、一気に光が差し込みました。
彼に促され中に入ると、二十畳ほどの広い部屋に出ました。
部屋の中心には丸いテーブルがあり、既に三人の男女が席に着いていました。
一人は黒い長袖のワンピースを着た、黒髪に牡丹色の瞳を持つ二十代後半ほどの女性。
一人は黒い作務衣の、坊主頭に眼鏡の奥で樺色の目を光らせる男性。
そして最後の一人、僕達から見て奥にいる人物。
「──お久しぶりです、虎遠さん」
「ああ、よく戻った。待っていたぞ、立華」
黒髪に赤い目で、どこかの国の軍服らしい黒い服を着崩し、左目を眼帯で覆った男性。彼こそが、
左目が隠れているのにも関わらずその眼光は鋭く、思わず心臓を射抜かれたように緊張してしまったのを強く覚えています。
「もう、相変わらず固いわね。もっと気楽でいいじゃない。折角の再会なんだから」
「別に構わんだろう。そこが彼女の美点でもある」
「……どうでもいいけど、立華にくっついてきたこいつはどうするんだよ? 虎遠さんが入れろって言うから連れてきたけど」
そう言ったのは、最初に僕達の対応をした青年でした。明るい場所で見る彼は予想以上に背が低く、もっと体格のしっかりした人物だと思っていたので、少し拍子抜けしたのを覚えています。
彼は髪から瞳、洋服に至るまで黒一色で、もしかしたらあそこで白咲さんにぶつかってきたのも彼だったかもしれません。
白咲さんの黒いコートと言い、おそらく
しかし、彼らの恰好にはそれ以外の共通点がありました。リボンです。
ええ、かつて白咲さんが語っていた、形見代わりのリボン。
女性は髪を薔薇色のリボンで結い、男性は腕に利休色のリボンを巻き、青年は紫苑色のリボンをネクタイのように結んでいました。
そこで長である虎遠さんは何処にリボンを付けているのか気になって少し探してみたのですが、見える範囲にはありませんでした。
「えっと、その……初めまして。明哉春成と申します。白咲さんにはいつもお世話に」
「……君、立華の婚約者?」
「はい!?」
突然、にやにやと笑う女性からそんな事を言われ、声が裏返ってしまいました。
「違います。冗談でも止めてください、
強く否定する白咲さんに、『雪良姉さん』と呼ばれた女性はくすくすと笑いました。
「ふふふ、あの立華が男の人を連れてきたんですもの、それくらい考えるわよ」
「本当に彼とは何もありませんから。ただ色々とあって一緒に旅をしてるだけで……。そうでしょう、春君?」
「は、はい! 白咲さんの言う通りです!」
白咲さんにきつく睨まれ、僕は慌ててそう答えました。
そうでないと殺されると思ったので……。
「すまんな、春成とやら。雪良は軽薄にして浅慮だが、悪い奴ではないのだ。許せ」
「いえ、別に気にしていないので……」
「酷い言われ様ね? まあいいけど。さて、私達もそろそろ自己紹介しないと。私は
「小生は
「……俺も名乗らないと駄目か。
「
「雪良姉さん!」
「戯れはそこまでだ」
少し緩んでいた空気が、虎遠さんの一言で即座に引き締まりました。
「俺の名は
「っ! ……はい。『お前も』という事は、虎遠さん達も?」
「ああ、彼女のお陰でな。紹介しよう」
虎遠さんが後ろを振り返りました。
そこには今まであった物と同じ扉があり、全員の視線が集まると同時にゆっくりと開きました。
「紹介に預かりました……と言っても、もう見知った仲だけどね」
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