第七話『最後の魔法使い』

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 魔法使いを見た事はあるか? ……突然、どうしてそんな事を?

 ほう、授業で魔術の事を。そこで魔法との違いを聞いて笑われてしまった……と。

 確かに、今はただの絵空事としか思えないでしょうね。


 ……ここだけの話、ありますよ。僕は……いいえ、僕達は。

 ふふふ、焦らなくても大丈夫ですよ。

 今日は休日です。ゆっくり話しましょう。


──────


 さて、魔術と魔法の違い──その答えは、聞けましたか?

 聞けなかった。そうですか。「どうせ同じだろう」と言われたのですね?

 いいえ、ちゃんと違いはありますよ。

 単純に言えば、『その力が学問として確立されているかどうか』です。

 訳が分からない? ええと、説明が難しいのですが……。

 魔法は、天賦の才による力の行使。魔術は、学習と努力による力の行使です。


 例えば、『空を飛ぶ』という行為。

 魔法が使える人、つまり魔法使いは、特定の手順などがなくても出来ます。

 しかし魔術を使う人、つまり魔術師は、特別な道具を使ったり、特定の手順を踏まないと出来ません。

 要するに、普通の人間には不可能な事を『成し遂げる』人と、『成し遂げられるようにした』人の違い……という事です。

 ……分かっていただけましたか?


 すみません、説明下手で……。おかげで、前置きが長くなってしまいましたね。

 ええ。僕達が出会ったのはおそらく、この国最後の魔法使いです。


──────


「困ったわ……」


「困りましたね……」


 殺風景な人気の無い山道で、僕達は途方に暮れていました。

 近道だからとその道を選んだのが悪かったのか、突然の落石に白咲さんが捲き込まれてしまったのです。しかも、僕を庇って。

 その拍子に、白咲さんの足が落石に潰されてしまったのです。


 はい。最初に言った通り、白咲さんの両脚は磁器製の義足です。

 歩く事はもちろん、走ったり跳んだりしてもびくともしない丈夫な物ですが、重い石の下敷きになってしまえばもちろん割れます。

 錬金術で石はどけられましたが、それだけはどうにもなりませんでした。

 磁器製の義肢は特殊な技術によって作られているので、普通の錬金術では再現出来ないのです。


「本当にすみません……僕を庇ったばっかりに……」


「いいえ。別に貴方が気に病む事は無いわ。生きているだけ幸運よ」


「ですが……。あの、僕が白咲さんを背負って次の町まで行きましょうか? 次の町には装具士がいるかもしれませんし」


「それしか解決策はないと思うけれど……。でも、大丈夫なの?」


「心配ご無用です。こういう時にこそ、僕が頑張らないと」


「……そう。じゃあ、お願いするわ」


 やけに張り切る僕を見て、白咲さんはやや面喰らった様子でした。

 その時の僕は、いつもお世話になっている恩を少しでも返そうとやる気に満ちていたのです。


 白咲さんを背負って山道を下っていると、何処からか小さな呻き声が聞こえました。

 おそるおそる下っていくと、


「た、助けて……」


 そこには、人が倒れていました。


──────


「いやー、ありがとね! 君達が来てくれて本っ当に助かった!」


「いえ、ご無事で何よりです……?」


 倒れていたのは、二十代半ばほどに見える女性でした。

 ぼさぼさの茶髪を無造作にまとめて括っており、丸レンズの眼鏡の奥には薄い桃色の瞳が見えました。

 端がほつれ、くたびれた白衣が印象的で、まるで浮浪者のようでした。

 僕達の食料の半分をぺろりと平らげると、彼女は僕の背中にいる白咲さんに視線を向けました。


「おや、そこのお嬢さんどうしたの?」


「先程、落石に遭ってしまって……」


「なるほど。つまり、巻き込まれて脚が割れちゃったんだね? 分かるよー。ここ、落石多いしね。災難だったねー」


「はい……。それで、次の町に義肢装具士がいるかもしれないと思って向かっている最中なんですが……」


「残念ながら、ここら辺の町に義肢装具士はいないんだ。……私を除いてね」


「……貴女は、義肢装具士なんですか?」


「応とも! 君達は命の恩人だ。特別にタダで直してあげるよ」


「本当にいいんですか? 磁器製義肢って、物凄く高いでしょう?」


 無表情ながら、不安そうな声で白咲さんが問いかけます。

 それに女性は不敵な笑みを返すと、自身の家へと僕達を案内してくれました。


 ……その家は、彼女が行き倒れていた僅か数歩先、山肌をえぐるような空間にぽつんと一軒だけ経っていました。

 そう、彼女は自身の家の近くで行き倒れていたのです。


「いやはや。麓の町からの帰りなんだけど、空腹のあまり力尽きちゃってね! あのまま放置されてたら普通に餓死してたと思う!」


 あっけらかんと笑う彼女に、僕は更に不安を覚えました。

 おそらくですが、白咲さんもそうだったと思います。


──────


「あ! 名前言ってなかったね。私は緑當逸弥ろくとうはやみ。よろしくね」


「白咲立華です」


「明哉春成です」


「白咲!? 本当に? びっくりしたー……白咲の人に会うのは初めてだよ」


「私も、緑當の人に会うのは初めてですよ」


「えっと、確か緑當は概念的錬金術に優れている流派でしたよね?」


「そうだよー」


 ソファーに座った僕達にお茶を用意して、逸弥さんは背伸びをしました。


「そして、緑當は義肢装具士や機械人形オートマタ職人を多く輩出してる流派でもある。現にほら、私がそう。春成君も錬金術師なのかな?」


「いえ、僕はまだ……」


「まだって事は、目指してる最中なんだ? いいねー、夢を持つのは若人の特権だ」


 満足げに頷くと、逸弥さんは白咲さんの足を見ました。


「うーん、見事に割れてるねー。でも、これなら外装も大きく変えずに、使えない部品を取り換えるだけでいいかな。ちょっと体格に合ってない気もするから、ついでにまとめて直しちゃおう。取り外してくれる?」


「分かりました」


 取り外した義足を逸弥さんに渡すと、白咲さんは欠けた自分の脚を見つめながら、右手でさすっていました。

 ……その時、どう思っていたのか。今でも僕には分かりません。


「体格に合っていないって、ぱっと見ただけで分かるんですか?」


 少し気まずい空気を壊すために、僕はそう質問してみました。


「まあ、何となくだけどね。職業柄そういうのも気にしなきゃいけないから。立華さん、だっけ。君、最後に取り替えたのはいつ?」


「三年前です」


「そりゃあ、背も伸びるよねー。駄目だよ、ちゃんと定期的に交換してもらわないと」


「……どうしても、帰る機会が出来なくて」


「帰る?」


「作ってくれたのは、養父なんです」


 伏し目がちに、白咲さんは答えました。


「……なるほどね。あ、もしかして腕も義肢だったりする?」


「左腕がそうです」


「ちょっと見せて。上着脱いで、両手を前に真っ直ぐ伸ばした状態にして」


 白咲さんが言う通りにすると、僅かに右腕の方が長くなっていました。


「こっちは腕の長さを微調整するだけでいいから、脚と一緒に直そうか。直るまでは木製を代わりにしてもらうよ。磁器製と比べたら可動性は劣るけど、明後日までに仕上げるから我慢してね」


「そんなにかかるんですか?」


 そう訊くと、露骨に嫌な顔をされてしまいました。


「かかるよー。しかも、原形があるからこそ三日で済むんだよ。いい? 義肢を作るのって機械人形オートマタと同じくらい、下手したらそれよりも難しいんだよ。一から好き勝手造れる機械人形オートマタと違って、こっちは生身の人間相手だからね」


「す、すみませんでした……」


「別にいいよ。ちょっと大人げなくイラっと来ただけ。代わりのやつ、すぐに持ってくるからちょっと待っててね」


 白咲さんの義肢を抱えて、逸弥さんは奥へと消えました。

 そして数分も経たない間に、木製の手足を持ってきました。


「よし。見せてもらった術式陣も覚えたし、合わせようか」


「はい」


 義肢を取り付けている間も、逸弥さんの話が止まる事はありませんでした。

 今にして思うと、そうやって相手の不安や緊張を少しでも和らげようとしていたのかもしれません。


「でも、君のお父さんは随分と腕が良いね。義肢を動かすための術式陣が複雑すぎない。すっきりと、なおかつ必要な動作は全て含めてある。これは私達の理想だよ」


「……そうですか」


 白咲さんを包む空気が、少し華やいだ気がしました。

 養父が褒められて嬉しかったのでしょう。

 顔にこそ出ていませんでしたが、雰囲気で分かりました。


「さて、と。私はしばらく工房に籠るから。ゆっくりしていってね」


 穏やかに微笑むと、逸弥さんは再び奥へと入っていきました。


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