頁弐拾壱


「不死者らしき人物を見つけたわ」


 宿に帰ると、白咲さんが銃の手入れをしていました。


「本当ですか?」


「ええ、ほぼ間違いない。明日、丑三つ時に行くわ」


 僕はふと、愛依子さんから聞いた例の予言を思い出しました。


「……白咲さんは、その、自分の命を絶とうと思った事はありますか?」


「どうしたの、いきなり」


 銃の手入れを全て終え、ナイフを拭く手を止めて、白咲さんがこちらを向きます。

 その目は、どこか驚いたようでした。


「いえ、少し色々ありまして。すみません、こんな縁起でもない事聞くなんて……」


「あるわよ」


「えっ」


 ナイフを机に置いて、白咲さんは口を開きました。


「奴に監禁されて手足を切られている間、『一思いに殺してほしい』と何度も思った。何回、そう願ったかさえ分からない。あそこから救出されたあとも、『こんな体で生きるくらいなら死んだ方が良い』と思ったわ。……でもね」


 その声が、悲しむものから、少し喜ぶものへと変わりました。

 まあ、相変わらずの無表情でしたが。


「生きる目的をくれた人がいたの。だから私はこうして生きている。……もう、その目的は諦めてしまったけれど、それでも私はここにいる」


「そう、なんですか」


「ええ」


「……良い人なんですね」


「ええ。とても優しい人よ」


 噛みしめるように目を閉じると、白咲さんは手入れの終わった武器を片付けてベッドで寝息を立てました。

 僕はその背中を見ながら白咲さんと、回り回って僕の恩人でもあるその人に感謝して、眠りにつきました。


──────


 その次の日の夜。丑三つ時にて。

 僕達は不死者がいる家の前に立ちました。


 ……ええ。先程、僕は『いつも不死者殺しの現場に立ち会っている訳ではない』と言いました。現に、今回も白咲さんが付いてきてほしいといった訳ではありません。


 僕は自分から、白咲さんに付いていきたいと告げたのです。

 ……初めての事だったので、とても驚かれましたが。

 しかし僕は、彼女の告げた不死者の名前を聞いて、絶対に付いていかなければならないと思ったのです。


 家の表札に書かれた文字は赤鷹せきたか。そして、その家主の名前は汐瀬しおせ

 そう、その町にいる不死者は、愛衣子さんの文通相手だったのです。


 僕は、出来ればどちらかの勘違いであってほしいと願いました。

 もしもそうでなかったら、僕が白咲さんを止めようと……思っていました。


 手頃な窓を割って侵入すると、その音を聞きつけたのか、すぐに家主の男性が駆けつけました。彼は見た所二十代半ばで、黒髪と、紺碧の目をしていました。


「何だ君達は!? 泥棒か!?」


「いいえ」


 白咲さんは懐から銃を取り出すと、即座に撃ちました。

 心臓に命中しましたが、彼は呆然と立ったままでした。


「え……、あ……?」


 あまりの早撃ちに実感が湧かなかったのでしょう。胸に触れた時に付いた血で、やっと自分が撃たれた事に気付いたようでした。


「赤鷹汐瀬。やはり貴方は不死者ね。死んでもらうわ」


「ちょっ……と待ってくれ!!」


 再び銃口を向けた白咲さんに対し、彼は──汐瀬さんは両手を上げて、降参の意思を示しました。


「確かに僕は不死者ではあるが、人は殺していない!」


「本当に人を殺していないの?」


「ああ!」


「嘘よね? 正直に白状なさい」


「……ここ、一年間は」


「そう」


 銃を構えた白咲さんに慌てて、汐瀬さんは更に叫びました。


「頼むから話を聞いてくれ! それからでも遅くないだろう!?」


 正直、僕は別の意味で驚いていました。

 今までの不死者は、その全てが生き汚く足掻いては、白咲さんに殺されていきました。だから、こんな命乞いをする不死者は初めてだったのです。


 応接間のソファーに座るよう促すと、彼はおどおどと話し始めました。


「君はどうして僕を殺そうとするんだい?」


「貴方が不死者だからよ」


「……なるほど。君が、あの不死者総滅隊ふししゃそうめつたいってやつか。噂だけは聞いた事があるよ。僕の所にもとうとう来てしまったか……」


 汐瀬さんは深く項垂れて、心の底から後悔しているようでした。


「あの、貴方はどうして、不死者になったんですか?」


透無虚鵺とうむからやって名乗る奴の口車にまんまと乗ってしまってね。十年前の事だ。それから人を殺してしまいたくなる衝動に駆られて、何人か殺してしまった。……好きで殺したんじゃないんだ。本当だ……」


「それでも、殺したのは事実でしょう?」


 白咲さんの容赦ない追及に、汐瀬さんは肩を震わせました。


「……ああ。そうだ。僕の罪は変わらない。裁かれる時が来てしまったんだ、潔くそれを受けるべきなのだろう。……でも、少しだけ待ってくれないか?」


「何故?」


「一年前から、色々あって文通している女の子がいるんだ。元華族で、千里眼という特殊な能力のせいで見世物にされてしまっているらしい。だけど、優しい良い子なんだ。その娘が今、この町に来ていると聞いた」


 その言葉で、僕は自分の懸念が当たってしまった事を認めました。

 そして、これから自分が取るべき行動も、そこで決めました。


「だからせめて、一回だけ、一目だけでも、会わせてくれないか? 僕が一年間、強烈な殺人衝動を抑えられたのも、あの娘が手紙をくれたお陰なんだ。そのあとは何をされても構わない。この通りだ、頼む……!」


 ソファーから立ち上がると、彼は頭を深く下げて土下座をしました。


「……もしかして、その文通相手というのは色小路しきのこうじ愛依子めいこさんという方ですか?」


「君、彼女を知っているのか!?」


「はい。貴方に会いたがっていました」


「そうか……そうか……」


 彼は床に座ったまま泣き崩れました。

 対して白咲さんは、ゆっくりと立ち上がりました。その懐から銃を取り出し、銀の弾丸を装填します。


「……白咲、さん?」


「透無虚鵺が今何処にいるか、もしくは何処に行ったか、知ってる?」


「……いいや」


「なら用は無いわ。……ごめんなさいね」


 うずくまり泣いている汐瀬さんの頭に狙いを付けているのを見て、僕は即座に白咲さんの手を押さえました。


「……春君。何をしているの?」


「僕からもお願いします。せめて一日だけ、待ってあげてください」


「君……」


 喜びの表情を見せる彼とは逆に、白咲さんは心底呆れたような目で僕を睨みました。


「何、同情でもしているの? 彼はもう何人も殺しているのよ? 裁かれなければ意味が無い」


「それでもせめて、一日だけ……」


「その一日で人を殺さない保証はあるの?」


「ある! 絶対に殺さない!! 彼女に別れを告げるだけだ!」


「ほら、こう言ってるじゃないですか!」


 彼女は黙って僕と汐瀬さんを一瞥すると、僕を突き飛ばしました。

 突然だったのと、力強さのせいで倒れる僕が見たのは、


「私はね、不死者の言葉は絶対に信じない事にしているの」


 引き金を引いた白咲さんと、額を撃ち抜かれた汐瀬さんの姿でした。


「な、んで……」


「私が苦しんだのに、貴方が報われるなんて不公平じゃない」


「そん、な……」


 大きな絶望に顔を歪めながら、汐瀬さんは灰になりました。


「一目会うだけでも、駄目だったんですか」


「ええ。そのせいで、彼女が殺される危険性がある」


「詭弁じゃないですか!! そんなの、ただの詭弁だ……」


 その時、僕は初めて彼女に向かって怒鳴りました。

 彼の無念を考えると、胸が張り裂けそうで仕方がありませんでした。


「彼や貴方の言葉だって詭弁に過ぎないわ」


「彼は、全てが終わったあとに殺されるのを受け入れていたんですよ? 今の行いは断罪じゃなくて、ただの白咲さんの私怨じゃないですか……」


「そうね、私の復讐は私怨よ。……いい機会だから正直に言うけれど、奴らの犯した罪の重さだって、私にはどうでもいい」


「…………え?」


 思わぬ言葉に顔を上げると、白咲さんの心底冷め切った目と合いました。


「私にとっては、一人殺したのも百人殺したのも同じ。ただ『不死者である』というだけで殺すに値する。そもそも、透無虚鵺を探すためだけに奴らを殺して回るのも効率が悪いじゃない」


「なら、どうして……」


「許せないから。──私は今も奴が、そして不死者がのうのうと生きているという事実が許せなくて仕方が無いの。きっと、不死者を根絶やしにするか、奴を殺すまでこの復讐は終わらない。……覚えておきなさい、春君。復讐はね、


「そんな……。それじゃあ、誰も救われないじゃないですか……」


「そうね。私も、死んだら必ず地獄に落ちるでしょう。救いなんて、最初から期待する人が愚かなのよ」


 それ以上、僕は何も言えませんでした。

 皮肉な事に、その日は何時もにも増して月が綺麗な夜でした。


──────


 次の日の早朝、町を去ろうとしたその時。


「待って」


 僕達を呼び止める声に振り向くと、そこには愛依子さんがいました。

 しかし、美しさの面影は全て無くなっていました。黒髪は乱れ、着物も崩れ、下駄を履いた素足には血が滲んでいて、顔も涙の痕が無数ありました。


「……朝、どうしても嫌な予感がして、髪に櫛も通さず宿を出ました。疲れと眠気、空腹で苦しかったけど、脇目も振らずに彼の家に行きました。そして、あの灰を見ました。……死体を見ても千里眼が発動するなんて、知りたくもなかった」


 淡々と告げる彼女の顔からは、表情が伺えませんでした。


「──ねえ、どうして? どうしてあの人を殺したの?」


「愛依子、さん」


「確かに人を殺すのは悪い事です。その罪は償わなければならないでしょう。……でも、泣いて懇願するあの人を簡単に殺して、どうして平気でいられるの? 貴女の……貴女の方が、よっぽど人殺しじゃないっ!!」


 彼女の目からは涙が溢れ出ていました。

 もう立つ力も無いのか、その場に座り込みます。


「私は、あの人を心から愛していたの。本当に愛していたの。彼の顔も、声も……魂の色さえ知らなかったけど……。それでも、私は良かったの。……それでも、彼が良かったの……! うわあああああああああ……!」


「…………」


 僕達はどうする事も出来ず、ただ棒立ちで彼女を見ていました。

 彼女はしばらく泣き叫ぶと、憎悪に満ちた目で僕達を睨み付けました。


「……許さない。許さない許さない許さない許さない! お前達を、一生許さない!! 惨たらしく死んでしまえ! そのまま地獄に落ちろ!!」


 カフェーで話した彼女からは、微塵も想像出来ないほどの罵倒でした。


「……もしくは。私を今すぐ殺してよ。彼と一緒に居させて。お願いだから……」


「……ええ」


 声を嗄らしてすすり泣く彼女に、白咲さんは銃を突きつけました。


「白咲さんっ!!」



「貴女は、そのままいきなさい」



 ……白咲さんは彼女を殺しませんでした。銃を一回転させて、持ち手で彼女を殴りつけ昏倒させたのです。


 そうして『恋人を喪ったせいで気が狂った千里眼の令嬢』──この新聞の記事に繋がるのです。

 あの時、どうすれば良かったのか。今でも答えは分かりません。

 すぐさま町を去ってしまったので、あとの彼女がどうなったのかさえ知りません。

 ただ、僕はずっと、彼女の呪いを背負っているのです。

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