頁陸拾参

「あ、ああっ、うああああああああああああああああああ!!」


 僕はただ叫ぶ事しか出来ませんでした。

 ゆっくりと倒れる白咲さんの姿に、いつかの愛依子めいこさんの言葉を思い出していました。


『自分で、自分の胸を短剣で貫くのです。──自身の手足を奪った、仇の前で』


 その予言が現実となってしまったのです。


「ギャアアアアアアアアアアア!!!」


 透無虚鵺とうむからやは絶叫と共に喉を掻き毟りながら崩れ落ちました。

 その体から、血の代わりにおびただしい量の灰が流れていきます。


「クソッ……ただの人間のくせに……ボクの作品の一つのくせに……! こんな……」


「……っ、呆けるな! 今だ、ありったけの弾を撃ち込め!!」


「ちくしょう……分かってるよ! 早く死ねクソ野郎!!」


 宗水さんと仇篠さんが透無虚鵺とうむからやに向かって銃を連射する中、僕は白咲さんに駆け寄ろうとして雪良さんに止められていました。


「放してください! 白咲さんが……、白咲さんが……!!」


「気持ちは分かるけど落ち着いて! あの子はもう死んだの! 透無虚鵺とうむからやを道連れにするために……!」


 白咲さんの体からとめどなく流れる血が、雪良さんの言葉を裏付けていました。


「調子に乗るなよ……! まだ死ねない……死んでたまるか……! くそ、新しい体さえあれば……! 寄越せ、下等生物共!!」


 透無虚鵺とうむからやの腕が急激に伸びたかと思うと、僕の方へと向かってきました。

 白咲さんが彼を殺すためだけに命を賭した事。それなのに、まだ死に抗おうともがいている事。

 その事実全てに人生で一番の怒りを感じた僕は、雪良さんの銃を勝手に取りました。


「いい加減に……しろよ!!!」


 怒りで体中が燃え尽きそうにも関わらず、震えは一切ありませんでした。

 僕は白咲さんがかつて教えてくれた通りに銃を構えると、腕と眉間に狙いを定めて撃ちました。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 全ての弾丸が命中しましたが、それでも透無虚鵺とうむからやはまだ蠢いていました。

 同時に宗水さんと仇篠さんも弾切れしてしまったらしく、やはり駄目なのかと思われた瞬間、



「そう。まだ死なないの」



 聞こえるはずのない、声が聞こえました。



「だったら……」



 立てるはずのない、人が立っていました。



「これで終わりにしてあげる」



 は迷いなく奴へ銃を向けると──



「──永遠に、さようなら」



 一発の弾丸を放ちました。

 それは吸い込まれるかのように透無虚鵺とうむからやの頭部へ命中しました。


「なん、で……どう、して……。この、復讐鬼、が……」


 そこでとうとう命運が尽きたのでしょう。透無虚鵺とうむからやはそう呻きながら灰となりました。



「………………白咲、さん?」



「ええ、そうよ」


 心臓の位置から、完全に致死量としか思えない血の量を流していた白咲さんが、そこにいました。


「いったい、どうなって……」


「それは、あとで話すわ。今は、少し……、休ませ……」


 言い切らないうちに、白咲さんはふらりとよろめきました。


「白咲さん!!」


 僕は雪良さんの腕を振り切り、白咲さんの体を支えました。

 彼女の体は力が抜けていましたが、確かに体温があり、息もありました。……本当に、生きている人間のものでした。

 僕はとても安堵して、涙が溢れて……緊張と共に意識が途切れてしまいました。

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