第六話『千里眼の呪い』

頁拾玖

 あの、この紙の束は一体何ですか? 新聞の切り抜き? それに、どれも古いものですよね? それこそ大正の……。

 えっ、不死者が絡んでいそうな事件だけを抜き取ってきた?

 はあ……。大変だったでしょう、こんなに沢山……。

 ですが、ほとんど知らないものですね──ああ。


 ええ。知っていますよ。彼女の事は覚えています。忘れる事など出来ない。

 貴方にとっては、少しばかり重い話になるかもしれませんが……。

 それでも、聞きますか?


──────


 その頃、僕が白咲さんの旅に同行してから一年が経とうとしていました。

 出会った不死者は計七人。全員が白咲さんの手によって命を落としました。

 彼女が復讐に出るのは、決まって真夜中。第一に、誰にも見られないように。

 第二に、家の中で相手が油断している隙を狙うため。それが彼女の方針でした。


 ちなみに、僕がいつもその現場に同行していた訳ではありません。

 同行を許されるのは、助けられそうな人がいるかもしれないという時のみでした。

 ……まあ、僕は足手まといですから。それくらいしか、役割が無かったのです。


 ある時、白咲さんはこのままではいけないと思ったのか、「念のため春君も覚えておきなさい」と基本的な護身術と武器の扱い方を教えてくれました。

 そして僕が銃の扱いに慣れた頃、


「本気で命を守りたい時に使いなさい」


 そう言って、白咲さんは一丁の拳銃を僕に渡しました。

 

「ただ、そんな物を使う機会なんて、一回も来ない方が良いのだけれど」


 続けて言うその俯きがちな横顔が、とても切なく感じられたのを覚えています。


──────


 話を戻しまして、僕達がこの記事の彼女に出会ったのは、あらゆる物流の中継地として栄えていた町での事でした。

 大小の様々な店、露天商はもちろんの事、チンドン屋や見世物小屋などが数多くあり、祭りさながらの賑やかさに溢れていました。


「……正直、こういう場所は苦手なのよね」


 眉間に皺を寄せて、白咲さんはそうぼやきました。


「そうなんですか? ……人が多いせいで、進むのにも苦労するから?」


「ええ。それもあるけれど……熱気といい、喧しさといい、まるであの──」


「白咲さん?」


「……いいえ、何でもないわ。めぼしい情報が見つからなかったら、こんな町、さっさと出てしまいましょう」


「はい」


 白咲さんの様子を気にしつつ頷くと、


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ここに居ますは世にも珍しき千里眼! 人の全てを見通す美しき華族の末裔、色小路しきのこうじ愛依子めいこ嬢だよ!」


 そんな呼び込みが聞こえました。


「千里眼? ……って、何でしょうか?」


「隠れている物や人の未来が見えると嘯く人の事よ。……どうせ、偽客サクラを雇っているか、古い魔術でも使っているのでしょう」


「そこのアンタ、聞き捨てならねえなあ!」


「うわっ」


 突然、呼び込みの青年がこちらに向かってきました。


「お嬢はヤラセもインチキも使わねえ、正真正銘の千里眼持ちさ! アンタもお嬢に見てもらえば絶対に分かるはずだ。特別にタダにしてやるから来な!」


「私は別に……」


 渋る白咲さんに、青年は一歩も引き下がりません。


「いいから、ほら!」


「……春君、行ってきたら?」


「折角ですし、一緒に行きましょうよ。そうそう無いですよ、こんな体験」


「アンタのツレは話が分かる奴みたいだぜ。さあ、入った入った!」


「はあ……。分かったわよ」


 一緒に小さな天幕の中に入ると、そこには椅子に腰掛けた一人の少女がいました。

 顔に残る幼さからして年は十六かそこら。白に桜の花びらを散らせた振袖を着ていて、長い黒髪は結われておらず、静かに佇む姿は人形のようでした。

 ですが、血色の良い肌と、星のように輝く黄金色の目が、彼女が生きた人間である事を示していました。


「お嬢、新しいお客さんだ!」


「はい。ようこそいらっしゃいました。私は色小路愛依子。私には貴方の魂の色と過去、そして未来が見えます。今日は何を知りたいの……です……」


 棒読みに近い台詞が先細るのと比例して、彼女は見る見るうちに青ざめていきました。その視線は、白咲さんに向いていました。


「お嬢?」


 青年が様子を伺います。


「…………」


 白咲さんは、ただ黙ってその目を真っ直ぐ見つめていました。

 数分後、糸が切れたように彼女は、愛衣子さんは倒れてしまいました。


「お嬢! ……すまねえが、今日はこれで店仕舞いだ」


 こうして僕達は、半ば追い出されるような形で天幕を出る事となったのです。


──────


 「彼女、何かあったんでしょうか……」


 宿にて、僕はそう呟きました。

 気を失ってしまうほどの何かを白咲さんを通して見たという事は、白咲さん自身が何かとてつもなく恐ろしい目に遭うのではないかと思ったのです。


「さあね。……彼女は見世物にされてはいるけれど、恵まれているのでしょう。あるいはただの世間知らずかも。どちらにせよ、興味は無いわ。そもそも、魂の色なんて視魂鏡しこんきょうを使えばいい事じゃない。お金を払ってまで、不確かな者に頼る意味が分からないわ」


「…………」


 いつもにも増して辛辣な白咲さんに、僕は少しもやのようなものを抱きました。

 不快感のような、不信感のような、それらにも満たないものでしたが。

 もやを振り払おうと窓を見ると、見覚えのある人物を見つけました。


「白咲さん」


「何?」


「あの人、さっきの……」


 僕は窓を指差しました。そこには、あの時の呼び込みの青年がいたのです。

 彼は少し迷う素振りを見せながら宿に入りました。しばらくすると、僕達の部屋の扉をノックする音が聞こえました。


「はい」


 僕が出ると、案の定彼がいました。


「さっきはすまなかったな。詫びも含めて、お嬢がもう一度だけアンタらに会いたいって言ってんだ。もしも良ければ、こっちの宿に来てくれねえか?」


「どうします? 白咲さん」


「……行きましょう」


 白咲さんはため息をつくと、渋々と言った様子で椅子から立ちました。

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