私を勇気づけてくれたお礼

 4月11日午前1時5分

 琴鳴町 伏竜山


 守田たちは、あれから演習場を出てタクシーを拾い、無事地元の山に辿りついていた。お陰で守田は財布の奥に隠していた虎の子の5千円を持っていかれる羽目となり、かなり嘆いていたが、月明かりの乏しい暗い山道脇に続く地蔵の群れを目にした途端に須賀理の作り話を思い出し、その事はおろか先ほどの強気ごと根こそぎ持っていかれてしまっていた。


「ああ、またここ通ンのかよォ、たく勘弁してくれよ……て、おい、お前ライトもなしによくこんな道歩けるよな、宇宙人てみんなそうなのか?」


「俊雄は見かけによらず臆病」


 先導して歩きながらクスクスと笑うプレアに守田が腹を立てて舌をうつ。


「クッソ、幽霊が実体だったら無敵なのに……あ、つかお前ってけっこう喋ンだな。無口だからちょっと心配してたンだぜ?」


「私は別に無口じゃない。俊雄たちがおしゃべりなだけ」


「えーそうか? あ、そうそう話変わンだけど、お前がブンブン振り回してたあの剣、俺知ってンぞ。ライトセーバーって言うんだろ」


「違う。レイブレード」


「そうそれな。あれ俺にも使えっかな? ブウウン、ブウン、ビシャッ、ビシャアアアッ、てな感じでよお、クーッ、思い出しただけでカッケー! なぁ、ちょっとだけ貸してくれよ」


「ダメ貸さない。そもそも今の俊雄では使いこなせないから無理」


「なんで端っから決めつけンだよ! 俺さ、あのワニ野郎にどうしても一発返してぇンだよ。でけえのもらいっぱじゃ俺の沽券に関わる、つーか……なんたって人間相手じゃ無敗の俺だ、せめてイーブンにはしときてー、なあ頼むよ」


 子供じみた守田の言い分に、プレアが呆れた溜息をつく。


「俊雄の戦闘力が10とすれば、あの人は軽く1000を超える……そういえば俊雄、体は平気?」


 と言ってプレアは立ち止まり、背後を振り返る。守田はたった今思い出したかのように体のあちこちを触りはじめ、何ともなかったのか、右腕に力こぶを作ってプレアに安否を伝える。


「若干痛みは残ってっけどホレこの通り。つーか昔っから体だけは丈夫なんだ。小せえ傷なんてあっという間に治っちまうしよ、多分親父の血のせいだな。アイツ頑丈だし」


 プレアは気になり、守田を透視して内部を確かめるが、確かに異常は診られなかった。あれほどの強撃を受けて無事なのが気になるが、本人がそう言っているのなら問題ないと合点を得ることにした。目的地に向かって再び歩き始める。


「とにかく、手加減してくれたお陰で生かされたという事実をもっと感謝しなきゃダメ。猫でも虎に立ち向かう愚を犯そうとしない」


「いくらなんでも一発くれえは喰らわせられンだろ、ただのノラ猫でもよ」


 プレアはまたクスクスと笑い、


「猫より劣るかも」


「なんかツッコミがやたらと辛辣になってきましたよね!」


 そんなやり取りをしながら、二人はようやく目的地へとたどり着いた。黒々とした木々に囲まれた中、螺旋模様を描く菜の花が夜のそよ風に揺れている。昨日に訪れた須賀理の秘密基地である。畑の中央付近で二人が立ち止まる。


「あいつの秘密基地じゃねーか。で、こんな所でなにすンだよ? それにしても臭えな、この花」


「匂いは独特だけど、周りの草花に栄養を与えてくれる献身的で元気な黄色い花。まるで恵子みたいにカワイイ花。だから私は好き」


「……献身的じゃねえよな、アイツ」


「……」


 プレアはそこは聞かなかったことにして、空中に手をかざした。すると何もない空間に電子文字が浮かび上がり、本人認証が開始された。そして数秒後、彼らの目の前に直径5メートルほどの、普通の規模にしては比較的ちいさい宇宙船が姿を現した。全体が銀色で両側に丸みを帯びた翼をもつ、ちょっと変わった可愛らしい風貌を湛えている。


「こ、これがお前の宇宙船か……こんな所に隠してやがったのか、すげえ」


 守田はこのとき、想像していた物よりもかなり違う、と思っていたが、プレアが気を悪くするといけないのでそう言っておくだけにとどめた。


「けどいくらカモフラージュしてたからって、よくバレなかったな、こんなの」


「恵子以外の人間がこの区域一帯に進入しないように細工してたから問題なかった」


 プレアがそう言って手を上にかざすと、宇宙船は前方部分を車のボンネットのように開け、階段を手前に伸ばしてきた。開かれたそこはどうやらコクピットらしいのだが、あるのはシンプルな椅子がひとつあるだけであった。


「先に乗って」


 守田は言われた通り階段を上って椅子に座った。ところが、続いてプレアが自分の膝の上に座ろうとしたので慌てて止めに入る。


「ちょちょちょっと待て。え、椅子ってこれだけ?」


 プレアが振り返って頷き、


「うん、座るから少し足を開いて」


 守田が股を開いた所にプレアが無遠慮にずいずいと深く座り込んでくる。


「……ッ!?」


 ご想像のとおり、守田はあそこの部分にお尻を当てられ悶絶しかけていた。守田は震える声でプレアに「宇宙人てみんなこうなのか?」と訊くが、彼女は頭にハテナを浮かべるだけであった。宇宙船はプレアが座ったことを認識したのか、上部に開けたドアをゆっくりと閉じた。静かな暗闇が訪れる。


「腰に手を回して、しっかり掴まってて」


 守田は言う通りにおどおどとプレアの腰に手を回した。局部が反応しないよう気を紛らわすため、数字どうしを足し合わせるという、単純かつ奥深い計算を必死になって反芻した。プレアは守田の鼓動が激しくなっていることに気づいていたが、その原因が自分であることにまったく気づいてない様子だ。前方の空中に電子計器類と操作盤が浮かび上がってきたので、プレアはすぐさま起動すると共に右側にみえる電子盤をタッチして、外部が上下180度見渡せるよう内部を透過させた。そして中央のクロスバーが表示されたところに手を当て上にあげた。ものすごい勢いで景色だけが下に流れていく。


「うわあああああああなんだなんだなんだっ」


 それから10秒ほど経過したあと、宇宙船は音も振動もせずに止まった。守田には何が起こったのかが分からない。浮上と制止するときに何も感じなかったのは、重力制御装置が働いているおかげである。


「下を見て」


 守田が首を右に出して恐る恐る下を見ると、真下に地球が見えた。首を引っ込める。


 ――俺は今、宇宙にいる。さっき周りの景色が伸びて見えたのは、この船を離陸させたからだ。


 唾を飲み込み、改めて宇宙空間に悠然と浮かんでいる青い惑星を眺めた。守田は偉容を誇るその姿に言葉を詰まらせ、やっとの思いで頭に最初に浮かんだ文字を口にした。


「あ、青だ……ほんとだったンだな、すげえ……。でも、何で」


「私を勇気づけてくれたお礼」


 プレアの計らいだった。守田はが、と思いながら自分たちの住む美しい星に鼻で笑いかけ、こう言った。


「あばよ地球、俺たちが帰ってくるまでちゃんと待ってろよ……じゃ、行っか」


 プレアはコクリと頷き、手早く制御盤を操作した。すると機体の真正面に位置する空間の中心部から放電が起こり、瞬く間に紫色の雲壁に取り囲まれた丸い穴が空いた。宇宙空間をドリルでこじ開けるようにして空けたその大きな穴は、惑星間航行をするためのワームホールである。


「この道を通ればこの船の性能だとおよそ5時間ほどで目的地に到着する」


「オッ、ワープってやつか! マジでそんなのあったんだな。てか俺が信じてきた科学ってやつがだんだん非化学色に染まっていきやがる。テメーが全否定された気分だぜ」


「俊雄は着くまで眠ってて。私も自動航行の設定が完了したら少し眠るから」


「お、おう。任せたぜ、プレア船長」


 守田がそう答えると、プレアは先ほどと同じように何も言わずにワームホールに突入した。


 突入を開始してから10分後。彼らの正確な位置は捕捉できないが、すでに彼らは太陽系外の人となっていた。流れるように通り過ぎる紫色の雲を見つめながら、雲の隙間を縫うように流れる放電現象を見つめながら、両手を広げて電子的に浮かび上がった制御盤と格闘している彼女の背中を見つめながら、守田はいつしか深い眠りに落ちていた。

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