友と銀河を救うのではなかったのですかフォローラ!

 斬り結んでこそ初めて分かる膨大なエレメント。諸撃から5秒ほど拮抗したあと、バチンとショートするかのように弾けて一旦間合いを取り、間髪入れず刃を交える。打打発止ちょうちょうはっしと斬りむせぶなか、ルチェアは埋め尽くしがたい力量差をこの男に感じていた。しかし彼女にはプレア直伝の剣術があった。神雷なんとか流。不必要に長すぎる流派の名は覚える気もしなかったが、技だけは体に叩き込んだ。


「曲芸じみた剣術も慣れてしまえば造作もない」


「侮りがすぎると悔悟慙羞に苛まれる事になるぞ!」


 口では虚勢を張るが、ルチェアには致命的な欠点があった。実は剣術そのものが苦手なのである。センスだけで習得した剣術の自信はたった一度の実戦で脆くも崩れ去り、一合斬り結ぶだけでも心が折れ掛ける。だがこの戦いだけは、決して挫けることは許されない。防戦を強いられる中、ジリジリと後退させられながらも一層思いを強くした。


 ――だが、これでよい。余の本懐は時間稼ぎに有り!


 一方の守田は、プレアの傍へと滑り込み、うつ伏せになった体を仰向けにして抱え、必死で呼び掛けを行っていた。プレアが小刻みに震えながら、力のない笑みを守田へと向けた。守田はそんな彼女を見て少しだけ安堵するが、何かの毒を盛られたに違いなく、何も持たずにきた自分を呪うことしか出来なかった。


「クソッ、どうすりゃいいんだ!」


 そこで、緑色の絨毯に寝そべっている何者かに声を掛けられる。


「これを、使うズラ……」


 守田はその聞き覚えのあるダミ声に反応してその者を見た。見たことのある人型爬虫類である。


「……お前、バッパじゃねぇか」


 バッパは弱々しく首肯して、守田に注射器を差し向けながらこう言った。


「ご主人様に、これを……」


 守田は手を伸ばしてそれを受け取る際、初めて緑色の絨毯が何であるかを理解した。バッパの斬り裂けた腹部から流れ出る血液がそれを作り出しているのだ。バッパは気を抜けば閉じてしまいそうな目蓋を必死になって開けながら、満足げにこう語った。


「ヒヒ、こんなこともあろうかと、解毒剤を二本、用意してたズラ」


「お前、その傷……」


 バッパは、役目を果たしたと言わんばかりに目を瞑りこう言った。


「ご主人様を裏切った報いズラ。さぁ、こんな死に損ないはほっといて、早くご主人様にそれを……」


「アアン? 怪我人ほっとくなんて出来るわけねぇだろうがバカヤロウ!」


 バッパは、激昂した守田よりもその言葉に驚愕し、再び目を開いた。


「だ、だどもオイラは、オメエの約束を破って、ご主人様を罠に嵌めた恩知らずの外道者……」


 守田は冷静を確保するように息を吐き、バッパにこう言った。


「あぁ、確かにコイツをこんな目に遭わしやがったのは許し難え……けどなぁ、俺の目は曇るほど老いちゃいねぇ。その怪我はコイツを助けようとして負ったモンだ、違うか?」


 バッパは震えながら涙して、無言でその旨を首肯した。


「フン、だったら受けた義理は利息上乗せで返すってのが俺の流儀ヨ。今助けてやっから待ってろ。て、オイ、コレどうやって使うんだよ?」


「矢印のほうを首に当てるだけズラ……だども、オイラおめえだづの仲間じゃねえのに、見限られて当然のことすちまったのに……」


 守田は少し緊張しながら針のない注射器をプレアの首横にトンと置いた。すると緑色のランプが点灯し、2秒後には注入完了を示す赤色へと変わった。守田は、それをぞんざいに投げ捨て、バッパにこう言った。


「フン、なに寝ぼけたこと言ってやがる。たしかに、胡散臭ぇカエル野郎には違ぇねーが……行動共にした時から俺たち仲間だろ」


 バッパはその言葉に感動してオロロンと声を上げて泣きはじめた。やがてプレアが上体を起こし、助けてくれたお礼を込めて守田を胸にかき抱いた。


「やっぱり私の秘密兵器。ありがとう俊雄」


 守田は一瞬だけ鼻の下を伸ばしたが、気持ちを切り替え、プレアを突き放してこう言った。


「行け、プレア」


「え……?」


 プレアは動揺しながらバッパを一瞥して、辺りの状況を確認した。どうにかして友軍を工面したらしいが、どこをどう見ても劣勢としか言いようがなかった。一人ひとりの力は兵士のそれよりも上回っているようだが、数だけはどうにも出来ない問題だ。現況を把握して表情を曇らせるプレアを追い立てるように守田は先に立ち上がり、彼女に手を差し伸べこう言った。


「宇宙人大好きっ子が待ちぼうけ喰らって今頃大目玉だ。ここは俺らに任せてとっとと行って助けてこい」


 握り返してきた手を引き上げて立たせ、落としていたレイブレードをプレアに渡した。プレアは大切そうにそれを胸の前で抱きしめたあと、わかったと言って守田をじっと見た。頼もしい限りの仲間を見るときような優しい笑顔である。


 その時、守田は頭の中である音を聞いた。


「アン? 今頭ン中でなんか聞こえたような……あ、さてはお前、またなんかしただろ?」


 プレアは首を振ってはぐらかし、制服のポケットから銀色のケースを取って守田に渡してこう言った。


「中の錠剤を3つバッパに飲ませて。でもその前に何かで止血しないと」


 プレアがたったいま守田に行ったのは、潜在意識覚醒の手助けである。


「ンなモン俺の上着で縛っときゃ十分だっての。だよなバッパ……て、お前まだ泣いてンのかよ。もうすぐ死ぬンじゃなかったのか? アン」


 本当はしてはいけない行為だが、通常の地球人はレベル5まで開いているので、銀河法にはギリギリ抵触しない行為である。お陰で俊雄の本当の正体をプレアは知ることが出来た。今まで引っかかっていたことが全て繋がったのだ。


「じゃあ、行ってくる。俊雄も気をつけて」


 プレアが出来るのはここまでだった。あとは本人次第。プレアは守田がレベル5を超えることを信じている。


「オウ、また後でな」


 プレアは守田に別れを告げ、この先にある出口に向かって走りはじめた。守田の潜在意識の中を垣間見たプレアは、走りながらこう思う。


 ――俊雄がどうしてレベル4止まりだったのかようやく理解できた。レベル5の錠を遠ざけ、破られないようにしたのは彼のお父様であり、外部からの迫害を受けず、暮らしていくためにわざとそうしたのだ。俊雄、貴方のお父様は――。


 プレアの行動にいち早く気づいたのは鰐男だった。バロッツはルチェアを薙ぎ払い、プレアを阻止するための行動に出た。プレアもそれに気づき、応戦しようと腰のレイブレードの柄に手を掛けたその時、ルチェアが目にも止まらぬ速さで彼らの間に割って入り、間一髪のところでバロッツの攻撃を受け止める。


「下拙の刀では物足りぬ故か?」


 交差する二刀の狭間で大鎌が紅桔梗の光を散らしながら完璧に防がれていた。ルチェアはレイブレードをもうひとつ隠し持っていたのだ。


「ほぅ……二刀あらば事足りてくれると?」


「フッ、そなたの思惑を断てたのがその証左!」


 ルチェアが苦戦を強いられているのは火を見るよりも明らかだった。服のあちこちが破損しており、破けた服の裂け目と生足に出来た傷口から青黒い血が流れている。


 プレアは、そんな満身創痍のルチェアに、どう声を掛けていいのか迷いながら、こんな時だがまず先の件を謝ろうと心に決め、勇気を出して呼びかけてみた。


「ル、ルーちゃん……あの、」


「なにを立ち止まっているのですか姉上……」


 プレアはルチェアのそっけない口調に心を痛めた。


「え……だって」


「俊雄になんと言われたのですか! それがしのことは弊履の如し捨て置き先に……クッ」


 プレアは、大鎌に押し込まれ、片膝をついて苦悶の声を上げるルチェアを見て、居た堪れずにレイブレードを抜刀し、こう言った。


「こんなにいっぱい怪我してるのに、捨て置くなんてできない! ルーちゃんは私の大切な妹、だから加勢する!」


 プレアの真心がルチェアの心の奥底に響き渡る。


 ――なんと勿体無きお言葉。大好きです、フォローラお姉さま。貴女はそれがしの誇りです。


 本来ならそう言って心ゆくまでプレアを抱きしめたかったが、ルチェアはその衝動を抑え込むようにギリッと歯を食いしばり、鼻持ちならぬ輩を相手取るような言葉で姉を突き放す。


「しからば尚のこと手出し無用。そこから一歩でも近づこうものなら、姉上とは絶縁します。はあああッ!」


「何ッ、まだこれほどの力を有して……ッ」


 ルチェアが裂帛の気合いと共にレイブレードを斜め下に振り払い、バランスを崩したバロッツを念動力で後方へと弾き飛ばした。ルチェアは姉に背を向けたまま、肩で呼吸を整えながらこう言った。


「行かれたし姉上」


「ダメ、私も一緒に戦う!」


 バロッツが間を置かずに起き上がってきた。彼の事だ、同じ手は二度と喰らわないであろう。姉に薦められて覚えた二刀流。ルチェアは、バロッツを迎え撃つために姿勢を屈め、二の足を踏む敬愛の人に向かって、はたきつけるように檄を飛ばした。


「友と銀河を救うのではなかったのですか姉上フォローラッ!」


 プレアはそこでハッとした。なぜならルチェアの発した声と、今は亡きブラックウィドーの声が重なるようにして聞こえたからである。プレアは自分のやるべき事を思い出し、レイブレードを納め、逞ましき妹の背に無言で頷き、出口に向かって再び走り始めた。


 バロッツはゴキリと首を鳴らし、琥珀色の目でルチェアを捉えながらこう言った。


「あの一撃を弾き返すとは実に見事なり。其方の艱苦奮闘に免じ、本気には程遠いが五割の力で相手してしんぜよう」


 そう言った瞬間バロッツの気配が激変した。全身から轟々と立ち上る紫色の毒々しいオーラがルチェアの足をすくませる。


「そんな……これまで小手先三寸だったと言うのですか。余を屠ることなど容易かろうに、何故手心を加えたのですか!」


「これほどの実戦は私とて久しかった。手慣らしはどの強者でもやること」


 ルチェアは強大に立ちはだかる壁を前に、相手との埋め難き力の差を実感して慄き絶望した。どうしても手の震えが収まらず、もう無理だと諦めようとしたその時、ルチェアの脳裏に姉の姿がよぎった。どんな困難にも臆さず己に打ち勝ってきた姉の勇姿である。ルチェアはその一瞬で自信を取り戻すことに成功し、次なる一手に辿りつく。


「フッ、是非もなし。今こそあれを試す絶好の刻……いざ、参る」


 一旦気を沈め、ひと思いに全エレメントを開放した。ルチェアを象徴する黄檗色のエレメントが全身から迸り、二本の刃が鋭い唸り声を上げた。半身になり、手を交差して上段に構える。


 ――彼奴がまだ全力でない今こそが勝機。確実に仕留める。


「ククク……受けて立つ、来るがよい」


 ルチェアがこれから見せる技は、姉からたった一本を取るだけのために編み出した二刀流奥義である。技名は考えたこともなかった。ただ、プレアならきっとこう名付けたはずに違いない。


「神速10連撃、ダブルライトニング・エクストラエディション!」


 二人は同時に地を蹴った。一合目を斬り結んだ時点でコンマ2秒が経過し、十合目を打ち終えたあと互いに背中を向けて止まったのは、たった3秒間の出来事である。


 手応えはあった。が、左肩の辺りから血飛沫を上げ、先にバタリと倒れ込んだのはルチェアの方であった。肩から胸にかけて開いた大傷から青黒い血がドクドクと流れ出している。一方のバロッツも無傷では済まされなかった。完全に受け止められたのはたったの四合ほどで、残りの斬撃は甲冑を含む手足や囮に使った左上腕二頭筋を負傷させることに成功していた。至極色の甲冑は所々にひびや破壊された箇所があり、左腕と右足に出来た傷口から地球人と同じ赤い血が流れている。つまるところ、奥義を以ってしてでも、バロッツの体に致命傷を負わすことは叶わなかったのだ。


 ルチェアは霞む視線をある方角に向けた。姉の姿はもう見えない。戦いには負けたが、役目を果たせた事に満足していた。


「姉上、余の初陣は如何でしたでしょうか……。戦いには敗れましたが、最期に貴女様に褒めていただきたかっ……ゴホッ」


 ルチェアは逆流した血に咳き込みながら、己の最期を自覚した。バロッツが左腕から流れ出る血を手のひらですくい取ってペロリと舐め、元の姿に戻ったルチェアに近づいていく。


「この傷は昴の民を侮った報いとして受け止めよう。さあ、今度こそ永劫の睡りにつかせてやろう」


 バロッツの紅桔梗の鎌先を首元に向けられたルチェアが、瞳を閉じようとしたその時――、


「待てよおっさん。いい歳こいて、ゴロまく相手間違えてンじゃねーよ」


 守田が目の前に現れる。


 予期せぬ来訪者に二人は驚き、ルチェアは意識を覚醒させ、バロッツは大鎌をあっさりと払い退けられた。気配を読み取れなかったことに驚愕するバロッツを他所に、守田はルチェアを抱き起こしてさっそく応急処置をはじめた。乱暴に脱ぎ引き千切ったカッターシャツをルチェアの肩と左胸上部に巻きつけ、最後にネクタイできつく縛りつける。


「ったくチビっ子のくせに無茶しやがって。ホラこれ飲んどけ、多分痛み止めかなんかだろ」


 守田が彼女に飲ませようとしている三つの錠剤はプレアが残していった虎の子で、バッパに使った分を差し引いた余り物だ。効能はひとつずつ分かれており、傷口修復、血液増幅、体力回復機能促進に作用する。しかし、ルチェアは口を開ける気力すら残されていなかった。そこで守田はある思い切った行動を取る。


「あとで殴るとかナシだかンな」


 錠剤を自分の口に含み、唾液に浸したあと口移しで彼女にその錠剤を飲み込ませた。ルチェアは何が起こったのか理解できなかった。甘い味がするが、それが錠剤から染み出る甘味料なのか、彼の唾液そのものの味なのか区別がつかなかった。この錠剤に即効性はあるものの、痛覚がものの見事に消し飛ぶなんて聞いたこともなかった。得難い幸福感だけが今ここにある。しかし、その幸福感は5秒後に幕を閉じることになる。


「どうだ? ちったぁ痛みが治まったか」


 ――そんなものとうの昔に消えている。


「あー、ちなみに言っとくが、一応これ緊急措置って事でお互いノーカウントな」


 ――言い逃れなんて絶対にさせるもんか。後で感想をネチネチと聞き出してやる。


「けどバッパだったら絶対にしなかったンだぜ」


 ――当たり前だ。もしその後に及んだ行為だとしたら、ディルロディア星の濃硫酸の海に沈めるところだ。余の後だとしても同じこと。


 ルチェアは更にこう思う。この窮地にも関わらず、彼の内部から滲み出ている安堵と期待の源泉はどこにあるというのか。全ての言動に心惹かれ、狂おしいほど胸が締めつけられる。今に始まった事ではないと断言できる。


「ま、あとは俺に任せとけ」


 そのひと言に込められた心強さに、ルチェアのおぼこい瞳から堰切ったように涙が溢れ出した。ルチェアは無言で頷きながら、いま彼が何者なのかを完璧に理解した。


 ――余の王子様は、ここにいた。


 守田は少し離れた安全な場所にルチェアを寝かしつけたあと、彼女のレイブレードを拾い、背伸びをして立ち上がった。バロッツは、背を向けて立つ半裸の少年に向かってこう言った。


「ひとつ言っておくが、初対面の相手に分をわきまえぬ言動は以後慎むがよい」


 守田がレイブレードの柄先で肩を小突きながらバロッツの方へと振り返る。


「オウ、コラおっさん、その言い草はねぇンじゃねえのか……アン?」


「……はて、記憶にないが」


 守田はただのその一言で怒り心頭に発し、ゆっくりと歩いてバロッツの前で立ち止まり、真下から抉り込むように睨みつけながら啖呵を切る。


「このツラ見てもピンとこねンかヨ。ヘッ、そーかいそーかい、だったらこれからタップリと分からせてやる。テメーの相手はよォ……端っから俺だけに決まってンだヨオッ!」

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