釣り合いが取れたところで白黒つけようじゃねえか

 無表情で見下ろしてくるバロッツに舌打ち、背を向けて3メートルほどの間合いを取って再び振り返る。自分よりも幅も高さもある巨体を前に、臆さないのは決して意地ではなかった。無論、精神的な意味合いではあるが、守田は実体のないもの以外は無敵なのである。レイブレードの柄先をバロッツに向けて勢いよく突き出し、当て擦るようにこう言った。


「果し合いってモンは釣り合いってモンが取れてねーといけねぇ。なぁそう思わねぇかおっさん? てなわけで、俺はこれを使わせてもらうぜ、うおりゃッ!」


 守田は威勢よくレイブレードのスイッチを押した。夢にまで見た電子機器のぶつかり合い。振り回す度に低い唸り声をあげる青のライトセーバー。プレアができるなら俺にも出来る。と、そんな思いを胸に押したのだが、これといって反応がない。


「はあ? おい、どうしたんだライトセーバーちゃん!? まさかここにきて電池が切れたって抜かすんじゃねぇだろなー、えぇおい?」


 守田は物言わぬ未来的な意匠を凝らした懐中電灯をあちこち叩き、とどめに穴の中に数回息を吹きかけて改めてスイッチを押したが、やはり反応がない。


 バロッツは、彼が突如として姿を顕現させたように見えたのはやはり気のせいであったか、と、得心顔で首を振りこう言った。


「エレメントの使い方も知らずに私に挑もうとしていたのか小僧」


「ウッセー。こんなモンはなぁ、ちょいと気合入れりゃなんとかなるモンなんだよ。フヌヌヌ……」


「盲蛇に怖じず、か。ならば証明するがいい。気長には待ってやらんがな」


 刀身を出すのに苦心していた守田の眼前に、突然バロッツの巨体が映り込んだ。すかさず非難の声を上げようとした次の瞬間、今度はその巨体が視界から遠く離れていった。先制攻撃を食らったと分かったのは、体を床に叩きつけられ派手に転げ回ったあとのことであった。怒り心頭ですぐさま起きあがろうとするが、腹部に襲い掛かる激痛に、思わず上体をくの字にして腹を抱えこんだ。目の前に左手をかざしてみると、艶のある赤い血に染められていた。半端じゃない痛みだ、内臓は大丈夫だろうか。守田はそんなことを考えながら、これが生死を分けた戦いである事を痛切に思い知る。


 バロッツは何の感慨も覚えず決着はついたと踵を返し、再びルチェアの元に立った。女子供に手を掛けるのは意に反する行為ではあるが、この少女がプレアデス人であることに変わりはなかった。自分たちの都合で戦争に巻き込んだ挙句、地球上の生物の九割を死滅させ、抗う祖先を地下奥深くに幽閉して猿どもの楽園を作った、憎き金髪の異星人。バロッツにとってルチェアは、一人でも多くこの世から消し去りたい、宇宙で最も野蛮な種族なのである。


 バロッツは瀕死状態からほんの少しだけ回復したルチェアを冷酷に睥睨し、恨みを具体化させたような紅桔梗の鎌先を彼女の喉元に当て、こう言った。


「言い残すことがあれば聞いてやろう」


 ルチェアは逆光を背にして立ち尽くすバロッツに、目を細めながらこう語る。


「姉上のおっしゃっていた万古の皆々のした事に囚われている竜人とはそなたのことですね。曲解を疑ったことはありませんか?」


「フッ、今更思い違いを正そうとしても無駄だ」


「後の世で云われる第3265次銀河大戦を先に仕掛けてきたのは、そなたらの始祖レプテリアンと、彼奴等に結託した竜人たちです。己の星では物足らず、傲慢にも他の惑星をも次々と占領し、自分たちが唯一無二の存在であることを疑うことさえしなかった。これは皮肉ですが、かの大戦がなければ我等とてひとつになれな……うああッ!」


 ルチェアが負傷した左胸を大鎌で抉られる。


「笑止。それらは全てが終わった後、貴様らが都合よく作り上げた歴史に過ぎん。邪魔な猿どもを一掃し、再び地上を取り戻すのが我々の、」


 そこで、背後から迫りくる気配を感じ取ったバロッツは、ルチェアの胸から大鎌を外し、柄底をその者に合わせた。


 守田である。


 バロッツは、傷口を突かれて苦しむ守田に「まだ立てるのか」と感心しつつ、彼が落としたレイブレードを拾い上げる。


「匹夫の勇ではあるが、心意気だけは認めてやろう。その褒美としてエレメントの使い方を教授してやる」


 黄檗ではなく紅桔梗に染められた禍々しい刀身が形成されていく様を、守田は苦悶に満ちた顔で見上げた。次の瞬間、その切っ先が左の甲へと突き刺さり、これまで味わったこともない痛みに絶叫を上げた。自戒の念が心に浮かんできた。


 ――クソッ、喧嘩売って返り討ちたぁ、なんてザマだ。


「貴様が朽ちるのが先か、この少女が逝くのが先か、そこで見届けるがいい」


 痛みの後に寒気が全身を蝕んでいく。血液が不足している証拠だ。


 ――ルー……面目ねぇ。


 バロッツがルチェアの首を片手で掴み高々と持ち上げる。


「使えぬ従者であったな」


 その言葉を耳にしたルチェアがこう答える。


「この者は、従者にあらず……余の、王子なり」


 すでに見上げることもできない体となってしまった守田の耳に、ルチェアの言葉が届けられる。


 口を開けば罵詈雑言の嵐だったルチェアの姿が、目が合えば一秒と視線を逸らし悪態をついてきたルチェアの姿が、頭を撫でられることを尽く拒んできたルチェアの姿が思い起こされる。


 激痛に強張る守田の表情がほんの少しだけ緩んだ。もっと頭を撫でておけばよかったと後悔する。


 ――だが、俺はそんないいモンじゃねぇ。


「なるほど、これで命を賭す時代錯誤の真似事にも一応の説明がつく。せめて、私と対等に戦える相手を選ぶべきであった」


 ルチェアが息を詰まらせながら、憎しみ混じりの言葉をバロッツに吐き捨てる。


「余の王子は、この銀河で最も美しい星プレミアムアースが生国……故郷は同じでも……そなたのような野蛮な輩と、比較するなど愚か……」


 バロッツの握力に抵抗あえなく、戻りかけていたルチェアの活力は失われつつあった。絶望的な現状と慚愧の念に心挫かれた守田もまた視界を閉ざそうとしていた。しかしバロッツはここにきて、不用意な言葉を言い放つ。


 守田の潜在意識が、解放される事も知らずに。


「そうか、こやつはか。ククク……私としたことが、歯牙にも掛からぬ存在ゆえすっかり失念していた。思い返せばあの時から無礼千万であった。さぞかし、


 守田のこめかみに、樹枝状の野太い青筋が刻まれる。


「今、なんて言った……」


 自分の事ならどんなに馬鹿にされても構わなかった。


 バロッツはその声に反応して背中越しに振り返り、わざとこう嘲弄した。


「根無し娼婦と、愚鈍極まる種馬に育てられたのが貴様だと言ったのだ」


 頭の中でガキンと何かが壊れた音が聞こえた。


 一方、ルチェアはバロッツが振り返った瞬間を見逃さなかった。残るエレメントを振り絞り、バロッツの親指の付け根に思いっきりかぶりついた。バロッツはたまらず手を緩めルチェアを床に落下させ、慌ててルチェアを拾い上げようとしたその時、背中に突き刺さるような殺意を覚えた。


「何よそ見してンだコノヤロウ」


 ――!


 その低く響く声を耳にした瞬間、状況が一転して悪化するイメージがバロッツの脳裏に刻まれる。


まだ返してなかったよな、おっさん。オラ、特別に利息マシマシだ、受け取りやがれワニ野郎!」


 バロッツが、応戦しようと振り返える間際の左頬に今まで体感したことのない衝撃を喰らい、味方兵士をなぎ倒しながら数十メートル先へと飛ばされる。状況が飲み込めなかったが、バロッツは反射的に起き上がり、ふらつきながら口内に転がる何かを血反吐ともに床に吐き捨てた。自分の犬歯だった。屈辱の念が湧き上がり、獲物を狙う獣のような琥珀色の双眸で少年を捉えた。少女を両腕に収める少年の後ろ姿からは、先ほどの強烈な殺意は微塵も感じ取れなかった。その様子を見たバロッツは、単に不意を突かれただけと解釈して大鎌を拾って地を蹴り、少年の頭蓋目掛けて渾身の一撃を振り下ろした。


 ……が、


 裏拳であっさりとその攻撃を弾き返されてしまう。


「ど、どういうことだ!?」


 バロッツはこのとき初めて焦りを覚え、間を開けずに次の攻撃を繰り出した。だが、結果は同じだった。続いて放った薙ぎも、兜割りも、袈裟斬りも全ての技が尽く素手で弾き返されていく。


「いったい、何がどうなっている!」


 守田は、まるでハエでも追い払うように、繰り返されるその斬撃を片手であしらいながら、気を失ったルチェアを見て胸を撫で下ろした。そして、先ほど彼女が言った言葉を思い出し、自嘲気味にこう言った。


は、お前に似合わねえ」


 守田はこの時すでに、潜在意識の中に隠されていた自分の出生の秘密や正体を完璧に理解していた。


「ヘッ、どーりで昔っから打たれ強ぇワケだ……おぅ、どこだバッパ、いるんだろ?」


「ハッ、ここに!」


 何もない空間からバッパが返事をして現れる。保護色を変え、床に擬態して近くに潜んでいたのだ。守田はバッパの両腕にルチェアを預けてこう伝えた。


「こいつの親っさんにドヤされない言い訳あったら後で教えてくれ。頼んだぞ」


「委細承知仕りました閣下!」


 バッパはそう言ってルチェアと共に再び姿を消した。守田は、それからようやくバロッツを正面に捉え、左手で紅桔梗の刃を掴み取り、


「こんなモンに頼りきってっからテメぇはいつまで経っても過去に囚われ続けてンだヨ」


 と吐き捨て、裂帛の気合いを発しながらバロッツの土手っ腹目掛けて下から抉り込むような剛拳を放った。バロッツは目が飛び出んばかりの痛みを覚え、呻き声を上げながらよろよろと後退した。砕け散った上半身の甲冑の破片を見てこう思う。


 ――この鎧がなければ危なかった。


 次の攻撃に備えるために苦痛で歪められた目で少年を見た。が、その目が再び驚愕によって見開かれることになる。


「そ、その目は……ッ」


「オオヨ、俺がナニモンか気づいたようだな」


 同じ目だった。片目だけではあるが、竜人族と同じ琥珀色の目をしている。


 赤い血を纏うようなオーラを轟々と漲らせながら逆毛立つ少年は、裂かれた腹部と、右手に空いた大穴が徐々に塞がりつつあるのを確かめつつ、鋭く生えた牙をチラつかせながらこう言った。


「釣り合いが取れたところで白黒つけようじゃねぇか」

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