それに、私たちは、Xファイル部だから!
「総監、こちらでございます」
ルチェアが案内した場所は、2階のやんごとなき方々が休憩に利用する広間。豪奢な金色の扉の前には、直立不動の姿勢で黒服の衛士が立っている。衛士に誰も入れるなと命じ、総監と部屋の中に入った。髪は短く刈り揃えられているが、凛々しい顔つきがプレアにそっくりな父は、銀河警察総監としてルチェアと正対した。純白のタキシードがとても似合っている。
「では、詳しく聞こう」
ルチェアは、まず取り急ぐことに深いお詫びを申し上げた後、このように話し始めた。
「第一級不干渉惑星に指定されている、太陽系第三惑星地球内において極秘任務中であるプレア特別捜査官が、任務を放棄してこの地に舞い戻ったという情報をキャッチしました。不審に思った小官は、本人にお会いして、姉妹関係を盾に事情を聞き出したところ、あろうことか、
リエフ総監はそこまでの報告を聞いて、すぐに質問で切り返した。
「ふむ。まず、貴官はなぜプレア捜査官が極秘任務中であることを知っている?」
「はぐっ……そ、それはですね……」
痛いところを突かれたルチェアは、己の浅慮を恨みながら、この土壇場で総監が納得のいく理由を探し始めた。だが、これひとつとしていい案が浮かんでこない。これ以上時間をかけると逆に怪しまれる、と思い、こう述べることにした。
「プ、プレア捜査官は上官であり、小官の姉君でもございます! 腕を疑った事はありませぬが、姉君の身を重んじるが故に仕方なく、移動手段や衣類に盗聴器を仕掛け、情報を得ようと企てた次第であります! 誠に言い難いのですが、この際申し上げますと、いくら任務とはいえ、あのような危険で野蛮人しかいない原始惑星に皇族をひとりで出向かせるのは、あまりにも無慈悲すぎるかと小官は思うわけでございます!」
窮地を脱するがためとはいえ、ルチェアの本心からの訴えは、思わぬ効果を発揮してくれた。銀河警察総監という分厚い壁が揺らいだのである。リエフも少なからず娘に対してそのように思っていたらしく、少し困った顔で、ルチェアに小声でこう言った。
「理由はわからんのだが、捜査官自ら外惑星任務を志願したがるのだ……その件については、またコッソリ聞いておいてもらえると助かるのだが」
束の間だが、親の顔に戻った父を見たルチェアが、そのささやかなる父の願いに快く返事を返した。リエフは姉想いの娘に免じて、この件は不問にしたのである。
「コホン……では話を戻そう。貴官も承知のとおり、彼女は銀河警察IMGFのメンバーで、その中でも屈指と謳われるほどの腕利き諜報員だ。そんな彼女が国家転覆を謀ろうとする経緯はどのようにして生まれてくる?」
総監の顔に戻ったリエフを前にルチェアは緊張を取り戻し、同じように咳払いをして、質問にこう答えた。
「件の惑星で、とある人物と接触したのが原因とみられます。その者は、捜査官が調査対象としていた人物らしく、名はストラフとおっしゃっておりました。小官が思いまするに、捜査官はその者の甘言に毒されたに違いありません! 洗脳され、言葉巧みに操られているのです!」
リエフはその名を耳にした途端、再び表情を一変させた。今度は娘を憂う顔ではなく、明らかに心乱した顔つきである。
「ストラフ、だと……? 今、ストラフと申したのか……」
雰囲気を激変させた父にルチェアが動揺した。
「はい、それがどうか致しましたか?」
「……いや、なんでもない。話の続きを聞かせてくれ」
ルチェアは父の取り繕う姿に怪訝を抱いたが、想定以上に関心を示してくれたのでそこは流し、報告の続きを口にした。
「ですが事情はどうであれ、あの阿婆擦れは、天の川銀河指折り捜査官としての矜持はおろか、皇女としての道理を完全に見失いました。よもや小官にまで悪魔に魂を売れと
そこで扉が叩かれた。ルチェアが何事かを問うと「ファーベル副総監がお見えです」と衛士が答えたので、部屋に通すよう指示を下した。短髪で厳めしい顔つきの男である。
「総監、一大事でございます」
「話は娘から聞いた。本当に盗まれていたのか?」
「はい。私も報告を聞いた当初は疑っておりましたが、管理官を呼び出し現場に駆け付けたところ、確かに盗まれておりました」
「そうか……。では君の意見を聞こう、プレア捜査官はなぜそのような行動に出たと思う?」
「……旅団に加担せねばならぬ深い事情があったのかと」
ルチェアがそこで割って入る。
「総監、銀河の危機がすぐそこに迫っております。可及的速やかに一家の面汚しを捕らえ、彼奴らの狙いを阻止すべく銀河警察特殊部隊の出動許可を願います!」
「ルチェア様のおっしゃるとおりでございます。鍵が奪われたとあっては、コードが盗みだされるのも時間の問題。責任をもって安全な場所に移しますのでどうか私にその保管場所を、」
リエフはその言葉を聞き逃すことはなかった。鋭い視線をファーベルに向け、こう指摘する。
「待て、なぜ君がそのことを知っている? 今となっては、そのことは私しか知らないはずだ……あの鍵に、コードが必要なことを」
「そ、それは……ッ」
ファーベルは想定外の内容に狼狽え、返事をすぐに折り返すことができなかった。リエフは、彼の挙動に違和感を覚え、普段の狼狽え方と比較して、結論をこう述べた。
「ファーベルは困惑した時、決まっていつもとる癖がある。頭をこう……かくのだ、無意識に」
「クッ……」
「君は、私の知るファーベルではないな?」
ファーベルは変装を看破された時点で作戦を変更した。冷静さを失わず、念のため制服の袖口に仕込んでいた小型の銃を手元に出現させて、迷いなくリエフを射撃の的にして引き金を絞った。室内に響き渡ったのは、ガスが抜けたような音だった。リエフの左胸の辺りに細長い金属製の針が突き刺さっている。リエフが呻きながらよろけだしたので、ルチェアが衛士を呼び出し、二人して意匠の施された椅子に安置させた。針先に仕込んでいたのは即効性のある痺れ薬である。リエフはその効能に抗いながら、副総監を見てこう言った。
「こ、このような事までして、コードを手に入れる理由を聞かせなさい……フォローラ」
ファーベルは、正体をも見抜かれたことに驚愕し、右手から銃を滑らせ落下させた。震える左手でうなじ辺りを掴み、マスクを剥ぎ取る。金色の長い髪が乱れながら垂れ下がり、そこからリエフが知った顔が現れた。
プレアである。
「いつ見抜いたのですか?」
「条件が整ったのはつい先ほどだ。変装も板についてきたな、もはや余程のことがない限り、私でも見抜くのは困難だ」
プレアはあくまでもコードネーム。フォローラとは、彼女の本当の名前である。
「お前がここにいるということは、旅団の実態を掴んだのだな……。首謀者は、ストラフと名乗る者で、相違ないと?」
「はい。お父様のことも知っている様子でした」
「そうか……。とにかく、その者の手に鍵が渡ってしまえば、銀河の安寧を揺るがす事態へ発展する。それは、お前も承知のはずだ。渡す理由を言ってみなさい」
プレアが下を向き、か細い声でこう答える。
「……地球の友人を、救い出すために必要です」
リエフは俯くプレアに対しこう言った。
「友のために私情を挟むか。銀河の安寧が、ひとりの命よりも軽い、と……お前は考えているのだな?」
そう問われ、プレアは言葉を失った。否定はされなかったが、言葉の中に込められた圧力が、プレアの考えを否定しているのだ。この銀河の頂点の言葉はそれ程に重く、他の人間のそれとは違う、絶対的な威光が含まれている。だがプレアには、その絶対的な言葉や意思に抗ってでも、手中に納めなければならないモノがあった。俯いたまま、豪奢な大理石の床に一粒の涙を落とした。己の考えを示すべく、面を上げてこう言った。
「いいえ、違います。両方とも私にとっては同じ重さ。とても選べない……いいえ、選ぶことなんてできない! どちらとも、私にとっては尊き存在です!」
プレアにとって、己の確固たる意思を父に示したのは、この時が初めてのことであった。手足は震え、弱気で今にも崩れ落ちそうになるが、己の信念を貫き通す覚悟を決め、滂沱として流れる涙を乱暴に拭い、四肢と額を地につけこう言った。
「如何なる処分も甘んじてお受けする覚悟、どうか、この私にコードの在処をお教えください! 私が信じた方法で、どちらとも救ってみせます!」
プレアの一本筋の通った信念が、天の川銀河の頂点の圧力を打ち消した瞬間だった。リエフは、土下座するプレアを眼下に収めながら既視感を覚えていた。昔の自分と重なったのだ。同じような過ちを娘に負わせるわけにはいかないと、心の中でそう呟いた。
「フォローラ、顔を上げなさい」
プレアが恐る恐る面を上げた時にそれは起こった。脳の記憶領域に何かが流れ込んできたのを知覚したのである。リエフが目を通してプレアに伝えたのは、秘匿していたコードであった。コードは形ある物に残されたモノではなく、記憶としてリエフの頭のなかに隠されていたのである。
「お前は私に似ている……あまり無茶をするな」
「お父様……ありがとうございますッ。必ずや、銀河警察の名誉にかけて事態を収束させてみせますッ」
プレアが今一度深々と頭を下げているところに、いつの間にか後ろに立っていた衛士が、慣れない手つきでマスクを剥ぎ取りながらこう言った。
「いやーやっぱそう思うっしょ。ずっと俺も思ってたンすよね、ひとりで突っ走ってアレコレ澄ました顔でやっちまうっスけど、危なっかしくてとてもひとりにゃさせらンねーつっか。ウッス、はじめまして。守田っス」
「ああ、君はたしかルチェアが言っていた、お供の猿……ではなかったな。地球人だな」
リエフは電波を飛ばして守田の正体を見抜いたのである。守田は、後頭部をかきながら、生意気な態度で安心させる言葉をリエフに添えた。
「予定ではアンタからコード奪ってお尋ね者に箔を付ける予定だったが、娘の正体がバレたとあっちゃしょうがねぇ。ところでアンタこの星のお偉いさんなんだろ? そのうち鍵と一緒に、迷惑かけてるウチのボンクラメガネとアンタんとこのドラ娘どもを連れ帰ってくっから、それまで騒ぎになるの止めといてくれ。こっちのケツは俺が持つ。そっちは頼んだぜ、プレアの親っさん」
その不敬極まる態度にルチェアは青褪め、即座に反応した。
「て、天皇の御前で何たる口の利きよう……クッ、山猿風情が図に乗りよって、今ここで叩き斬ってくれる!」
守田の言い草に憤慨するルチェアを宥めるように、リエフはこう言った。
「ルチェア、この者の言う通り、後のことは私が責任を持とう。お前の演技も中々のものであったぞ。フォローラの一助となってやりなさい」
ルチェアがその言葉を耳に入れた瞬間、直ちに片膝を突いて頭を下げる。
「はッ、謹んで拝命致します! お父上のお墨付きを賜った以上、この命にかけて忠勇義烈の姉を助太刀致しまする」
リエフの表情は娘を見る顔に戻っていた。だが、薬の効力が徐々に強まってきたらしく、意識のある内にと、最後の言葉をプレアに告げた。
「良き仲間を得たなフォローラ。さぁもう行きなさい。私は少し疲れた、しばしここで眠らせてもらう。私が成し得なかったことを、どうか、成し遂げてくれ……」
「!? お父様、それは一体どういう……」
プレアは父の言葉に引っ掛かりを覚え、問いかけるが、リエフはすでに目を閉じた後であった。無防備な父を残してこの場を去るのは心残りではあるが、予定時刻を大幅に超えていたので、父の肩にそっと上着をかけ、部屋を後にした。
その後一行はホテルに戻り、荷物をまとめて足早に部屋を出た。プレアがホテルの出口に向かいながらストラフと連絡をとる。
「全て手に入れた。場所はどこ?」
『アンタレス系第13惑星ワスティリアス。座標は送った。もう時間がないぞ』
「恵子は無事? 彼女になにかあったら絶対に許さないからッ!」
『ククク、安心しろ。今一度言うが余計な真似はするな。旅の無事を祈る』
午後8時55分
ペティグリア漁港近辺
一行はルチェアが運転する車で夜の街を駆け抜け、明かりがひとつとしてない海辺にたどり着いた。首都イディアから遠く離れたペティグリア漁港の端にあるプライベートビーチである。砂浜に黒いさざ波が打ち寄せられ、地球と同じ潮の匂いが鼻をつく。
そこでプレアが印を切るように手をかざすと、海の中から巨大な黒い物体が浮上して主の元に近寄ってきた。前進翼という特異的な主翼を四つも搭載されている、流線型の黒い宇宙戦闘機である。ルチェアが、機上から潮水が流れ落ちてくる様を見ながら、自慢げにこう語りはじめた。
「これが姉上が愛用している特別仕様の宇宙戦闘機ブラック・ウィドーです。銀河警察の汎用型とは段違いの技術が盛り込まれている最新鋭の宇宙兵器です。それにしてもこんな所でひとり寂しかったでしょうに」
「なんか生き物に語りかけてるみてぇだな。てかやっぱ宇宙船ってこうできゃだめだよなー。スッゲー」
「フフン、この機のメンテナンスは全て余が担当しています。それにしても、お二人はなんでまた地球にいたときの制服のままなのでありましょう?」
守田が所々綻びた自分の身なりを確かめる。
「なんつーか、この方がしっくりくンだよ。なぁプレア」
プレアはブレザーこそボロボロのままであるが、中のシャツは地球産の物と似ている物に取り替えている。プレアが胸に手を当て、一回だけ大きく頷いてこう答える。
「違う服だと恵子に宇宙人ってことがバレる。だから、私はこの服を着て恵子を救いたい」
「とっくにモロバレだっつーの。頭大丈夫ですかプレ子さん」
プレアは、守田の中傷を無視して、瞳を煌めかせなが星降る夜空に向かってこう言った。
「それに私たちは、Xファイル部だから!」
「ぶわははっ、てお前まだ仮入部じゃねーか」
いつもは冷静なプレアだが、嘲弄の限りを尽くして笑いものにしてくる守田にとうとうキレた。おそらく、ここまで恥辱を受けたのは生まれて初めてのことなのだろう。
「……ルーちゃん、俊雄の口を今すぐ溶接して」
「御意」
「ハン、冗談もわかンねーのか……ってお前どっからそんなモン持ってきやがった!」
宇宙戦闘機が自動的にコクピットを開いて簡易的な梯子を下ろしてきた。前部座席にプレアが乗り込み、続いて後部座席に守田が座りその膝の上にルチェアが乗った。ルチェアが屈辱に耐えかね、前部座席に向かってこう叫ぶ。
「姉上! なぜそれがしが俊雄の膝の上に座らなければなりませぬのか!」
「お、おいルー、頼むからじっとしてくれ」
「余に命令するとは何事か! 喰らえ、このこのこのー!」
ルチェアの可愛い攻撃が守田の股間を刺激する。
「やめてくれええええ!」
プレアは、二人のやり取りを笑いながらコクピットを閉めた。そして気持ちを切り替え、コントロールボードと計器パネルを表示させ、メインドライブのイグニッションボタンを押した。マシンが静かに呼応したのを感じながら座標の入力作業を開始する。惑星情報が目の前に表示され、AIアナウンスが流れる。
『ワームホール展開。接続先、惑星ワスティリアスに設定完了。到着予定午後10時55分』
「なんとかギリギリ間に合いそう」
後部座席のサブモニターにアクセスして、彼らに確認をとる。
「二人とも、準備はいい?」
サブモニターに守田とルチェアがケンカをしている映像が音声と共に映しだされた。再び笑みが漏れる。いつでもいいと同時に言ったのを確認したのち、通信を切って改めて放電を帯びた紫色の穴の先を見つめる。
「恵子、今行くから」
須賀理との思い出は沢山あるはずなのに、なぜか別れ際に俯いていた恵子の映像が脳裏に浮かびあがった。彼女のどうにでも取れそうな態度に胸を締めつけられるが、かぶりを振って邪推を払い、機体を発進させた。
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