姉上の無謀極まりない行動は、俊雄ひとりだけの手では到底負えますまい

 午後4時55分


「言われなくても分かってる。受け渡し場所はどこ?」


 焦りが伝わったのか、ストラフの鼻で笑った短い声が通信機越しの耳を突いた。どこまでも見透かされているようで気味が悪いとプレアは感じている。


『ほう、手に入れたか。だがその前に、ひとつ確認しておきたい。コードは手に入れたのか?』


「コード……何を言ってるの?」


『クク、その様子だと知らなかったようだが、そのままだと鍵はガラクタだ』


 プレアは途轍もなく嫌な予感を感じていたが、一応聞くことにした。


「……どこにあるの?」


『皇帝が持っている』


「そ、そんな……」


 ストラフは、プレアの予想通りの反応を感じ取って鼻で笑い、


『どうした、貴様にとって一番簡単なことではないか。やつの元へ行き、娘の立場を利用してコードのを手に入れる。それだけのことだ』


「話が違う! 貴方は鍵を盗み出せとだけ言った」


『どうゴネようが貴様が抱える問題は覆らん。片方だけではなく、両方とも失うのが貴様の望みか?』


 ストラフの言う通りだった。プレアは、彼の言い分に悪態しかつけない自分が腹立たしかった。


「……分かった。手に入れたら追って連絡する」


 と、そう言って通信を断とうとしたのだが、ストラフに止められる。


『待て、用件はまだ終わってない。立場を利用しろとは言ったが、具体的にどうやって手に入れる?』


「こ、これから考える……それに、もし考えがあったとしても貴方に教える義理はない」


『フン、だったらひとつ忠告しておいてやる。我の望みは鍵を使える状態で手に入れることだ。貴様がどうなろうと知った事ではないが、承諾したからには必ず義務を果たしてもらう。忠犬はただそれに従え』


「……私がこの件に手を染めたのは単なる利害の一致。貴方は私が犬ではなく狼であることを忘れてはならない」


 と、そう返したその時、ストラフの笑い飛ばす声が耳を突いた。やがてその耳障りな笑い声が止まり、怒気を込めた厳かな声が耳元に届いた。


『これだから子供の相手は疲れる。我が昨日今日会った小娘に、成し得んとする根幹部分を全て担わしたとでも思っているのか? この身の程知らずめが。何もせず地球から離れたと思っているなら今すぐ考えを改めろ。。あまり我を怒らせるな』


 そこで通話がぷつりと途絶えた。プレアは通信機を耳から離して、テーブルの上に置いた。目を瞑り、頭の中でひとしば考えを巡らせる。


 ――最後に言ったことがブラフだとしても、これからはその事も念頭に行動しなければならない。悩みの種が増える一方だ。


「姉上、如何いかがなさいましたか?」


 ルチェアのその言葉でプレアは目を開けた。こうしていてもなにも始まらない、と気持ちを切り替え、ストラフとの会話の内容を彼らに説明した。


「鍵を使用するためにはコードが必要と言われた。コードを知っているのはこの銀河でただひとり……この星の皇帝」


 ルチェアの顔色が一瞬にして青褪めた。守田はいまいちピンときていない顔をしていた。


「ど、どうなさるおつもりですか?」


「……指示通り、皇帝からコードを盗みだす」


 ルチェアはその言葉を聞いて唖然としたあと、すぐに立ち上がり、


「正気ですかッ!? この星のいただきからそれを盗み出すということは、この鍵を盗んだのが我々だと証明したも同然です! 偽の鍵を掴ませる手管はどうなったのですか!」


「コードの有無に関わらず、偽物だと鍵は発動しない。つまり、本物を差し出す以外、方法がない」


「……他ならぬ姉上のためだと思い随伴してきましたが、もう我慢の限界です。すべての事柄を総監に説明し、銀河警察の出動許可を願います」


 そう言い捨て、鍵を奪おうとしたルチェアの手をプレアがいち早く掴み取る。


「それはダメ、恵子が殺される!」


「放してください! 国賊ごっこはもう終わりだと言っています!」


「おい、落ち着けよ二人とも」


 守田は二人の仲裁役を買って出たあと、出し抜く言葉をプレアに投げかけた。


「まずプレア、お前にひとつ確認しときてえことがある。須賀理に拘る理由についてだ。銀河の平和を天秤に掛けてまで他の惑星に住む人間を助ける理由ってなんだよ? 俺はよ、この先どんな事があってもお前について行くって一応腹は括ってはいるが、そこンとこハッキリしねー限りお前のカミカゼにはなり切れねぇ。同じクラスのよしみじゃ足りねぇ理由って一体なんだ? ルーが引っ掛かってンのもそこだろ?」


 そう、プレアはまだ個人の状況を詳らかにはしていなかった。この二人に話しても仕方のないことだと、勝手に思い込んでいるためだ。だが守田は、そんな彼女の性格を見抜いていた。自分の力だけで何とかしようとする性格がゆえに、悩んでいる事を仲間にさえ打ち明けることができずに苦しんでいる。事は既に行くところまで行ってしまってはいるが、その先に辿り着くためには、彼女に腹を割って語らせ、歴とした動機をここにいる三人で共有しなければならない。と、守田はそう考えたのだ。


「……はい。姉上のためになると思い流れのままついてきましたが、そこが解せずにいたのは確かです」


 プレアは冷静を取り戻してソファに腰かけ、少し影のある表情で昔話しを語り始めた。


「恵子に初めて会ったのは、十年前に家族で地球旅行に出かけた時だった。家族旅行とは言ったけど、実は名ばかりで、両親は護衛を連れて各地を視察、あの地に拠点を構えるのは単なる偶然だった。私はお留守番。その折に小型の宇宙船で遊んでたところを恵子に発見されて友達になった。両親に許可をもらって二人だけでたくさん遊んだ。一週間ほどの短い期間だったけど、色んな事をして一緒に過ごした生まれて初めての……人間の友達だった」


 プレアは過去の記憶に浸りながら静かに涙を流した。


「記憶を消したから恵子は覚えてないけれど、二度と会えないと思っていたけれど……私は、私はずっと覚えてたッ、会いたいのをずっと我慢してたッ。でも……また巡り会えることができた。本当に嬉しかったッ。死んでもいいと思ったッ、だからッ……この身に何があろうとも、たとえ私の事を覚えてなくても、恵子は絶対に救わないといけない! 恵子は私にとって、この銀河以上に価値のある存在だからッ、何が起きても救わなければいけないの!」


 守田はスーツの内ポケットに収めていたハンカチを取り、プレアの隣に腰掛け、彼女の目の端から溢れ落ちる涙を、そっと拭ってやった。プレアは守田の胸を借り、感極まった声で咽び泣いている。


「ずっと、黙っててごめんなさい。勝手な思いに付き合わせて、本当にごめんなさい」


 守田はプレアの頭を優しくなぜながらこう言った。


「そういうことは早めに言っとけっての。でねえと、いざって時に俺が中途半端で死んじまったら、後悔するのはお前の方じゃねえか。俺にとっちゃ、お前もあいつも単なる部活仲間だ。けどよ、時空を超えちまったからには俺にとっての一番星だ。不可能を可能に変えちまったお前をこの目で見ちまった以上、あいつを救ってやる事が、この銀河を救う鍵になるかもしれねぇ。とまぁ、今となったらそう思うワケよ。とにかく、これでようやく俺たちゃ負い目なしに暴れまくれるってわけだ。上等だ……ヨシ、いっちょ助けに行っか」


「うん、ありがとう俊雄!」


 守田は、顔を綻ばせて嬉しそうに泣くプレアを尻目に、未だ答えが定まろうとしないルチェアを見かね、こう続けた。


「ルー、お前が須賀理と逆の立場でも、こいつはまったく同じことするぞ? もちろん俺もついてくるってオマケ付きだ」


「……そなたは足手纏いになる可能性が高いので余計ですが、総監からコードを盗み、本物を差し出すなんて、いくらなんでも無謀すぎやしませんか?」


 ルチェアらしさ全開の至極まともな意見に対し、守田はこう返す。


「色々こねくり回して考えても、いざ事を起こす時は誰だって無謀だ。それに、そんなとんでもねぇ非科学的発想を思いつく、こいつが心配でほっとけねぇから俺たちが集まってンだろ?」


 ルチェアが床を見つめながらコクリと頷く。


「ま、そんなに心配すンなって、次の計画なんてこの頭ン中ですでに描けてる。だろ? プレア隊長」


 プレアはいつの間にか泣き止んだらしく、守田の胸に顔を埋めたままボソボソとこう答えた。


「うん……多分、大丈夫」


 守田はその返答にガクリと首を後ろ向きに下げ、プレアを突き放して立ち上がり、


「おま……、あンなー、俺たち説得すンなら曖昧な言い方してンじゃねえよ! たくシッカリしてくれよ敏腕エージェントさんよう……。とにかく俺たちもうダチだよな、ルー? これでも姉ちゃんの言うこと聞けねえってンなら俺を助けるって頭に切り替えろ。ダチっつーモンは万星共通助け合うモンだ、違うか?」


 ルチェアは、馴れ馴れしく頭に置かれた守田の手を払いのけ、


「そなたは永劫的に敵と断定しておりますが」


「敵に素っ裸なんて見せねえだろギャハハ」


「ぐぬぬ、先ほどのことを思い出すだけでそこはかとなく殺意が湧いてきます……。そなたは余の裸を見たということがどれほど重大な事なのかを認識しておりますか? フン、まーその事はいいです。わかりました。濡れぬ先こそ露をも厭えとでも言いましょうか、姉上の無謀極まりない行動は、俊雄ひとりだけの手では到底負えますまい。フン、ざーこ」


「だとよ。そうと決まればとっとと打ち合わせしよーぜ」


「うん! ありがとう、みんな」


 プレアの説明のあと、一行は計画を実行するための準備を急いでいた。準備を終え、黄色いパーティドレスに身を包んだルチェアが、ひとり足早に部屋を出ていこうとしていた。


「ルー、こんな時にどこ行こうってンだ?」


「先に行って舞台を整えておきますので、向こうで落ち合いましょう。それでは」


 ルチェアはそう言って先を急いだ。


 ――姉上たちよりも先にお父様にお会いし、このことを伝えなければ。


 行先は、ここから車で20分ほど走った所にあるオペラハウスであった。天の川銀河五大オペラ座としては素朴に造られてはいるものの、銀河最高峰として揺るぎない名声を獲得している歌劇施設である。プレアたちは、公務のあとで招かれていたオーケストラ鑑賞会に皇帝夫妻が出席する情報を掴んでいたのだ。ルチェアは現在、タクシーを拾ってそこに向かっている。


 午後7時5分

 イディア国立歌劇場 1階パーティ会場


 クラシカルで優雅な楽団の演奏が終わり万雷の拍手が送られているなか、ルチェアはドレスを膝までまくり上げ、夫妻のいる三階BOX席を目指し急いだ。部屋の入り口で立つ二人の護衛がルチェアを確認して道を開けた。ルチェアはそこでひと時の団欒を過ごした後、銀河の安全保障に関わる非公式の問題が発生している事を、父に話した。銀河警察総監とこの星の皇帝の顔を併せ持つ父は表情を一変させ、部下に対する口調で、ルチェアに虚偽の場合は裁くと釘を刺した。二人は詳しい話をするために、二階のレスティングルームに移動した。

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