誰もいなくなったレスティングルームで
イディア国立歌劇場 2階VIPレスティングルーム
広間からプレアたちが出ていくの見守ってからリエフは目を開けた。純白のタキシードの上から突き刺さっていた針を胸から抜いて床に捨て、天井の複雑な形をしたシャンデリアを見つめながら短いため息をつく。
「私の演技もまだまだ捨てた物ではないな」
実はあの瞬間、リエフは避けることも出来たのだが、あえてそうしなかった。敵の動向を探るため、やられたフリをするのが特殊任務においての定石だからである。無論、毒針は特殊加工されたタキシードによって肌に突き刺さる前に無力化されていた。
娘の言葉が脳裏に蘇る。
「成長は誇らしいとはいえ、この件は流石に荷が重すぎよう。あの時の判断がこの状況を生んだのなら、やはり私がケジメをつけねばなるまい。やはり生きていたのか……ストラフ」
昂る感情にブレーキをかける。
「とにかくもう少し泳がせる必要がある。……ところで爺よ、そろそろ姿を現したらどうだ」
爺と呼ばれた男がどこからともなくリエフの前に姿を現した。この白髪で背の高い老人の名はリアトル。代々天皇家に仕える執事で、プレアが日頃口にしているじいやと呼ばれる男であり、理屈抜きにしてリエフが最も信頼を置いている存在である。
リエフは、こうべを垂れて微動だにしない黒い執事服に身を包んだ老人に意見を乞うた。
「リスクを承知の上、再び娘をやった。引き留めたほうがよかったのだろうか」
リエフの父親としての本音である。リアトルが面を上げて即座にこう答える。
「フォローラ様を見ていると若き日の陛下を思い出します。私めの錆びついた記憶の中の陛下は、絶対に不可能といわれていた任務を可能にしてきた男であります」
リエフがその言葉を聞いて少しだけ気を楽にする。
「フォローラ様は貴方様とは違う道を選択をしたようですが、己を信じ導き出された道を歩もとうしているのは、陛下がよくご存知かと」
リエフは失われつつあった自信を取り戻していった。体の節々に力が戻っていくのを感じている。やがて、迷いを断ち切った凛々しい表情で立ち上がり、爺に命令した。
「銀河警察星団支部長に伝達、全艦隊S級武装にて別命あるまでフリートス星近傍にて待機。やつの狙いは恐らくこの星……。太陽系支部には、捜査官から得た情報を元に時坂駐屯地の家宅捜索を開始、記憶は全て消去するよう伝達。鍵の件も含め全責任は私がとる」
コードを受け渡した時にプレアから情報を抜き取ったのである。
「仰せのままに」
リアトルは深々と一礼したあと、すぐさま小型の情報転送器を取り出し、緊急勅令として支部長に電文を飛ばした。伝達完了の旨を知らされたリエフが威厳に満ちた顔で頷く。
「最後にひとつ尋ねる」
リアトルが負けじと劣らず荘厳な顔つきで返事をすると、リエフはなぜか視線をさ迷わせながら短く咳払い、
「あー……、わ、私は娘たちに甘いと思うか?」
リアトルが父の顔に様変わりしたリエフを見て、呆れ混じりの溜息をつく。
「正直に申し上げますと、甘過ぎでございます。そこまでご心配なさるのなら、なぜ最も危険の高い職に就かせたのですか。目の届くところに置いておればよろしかったでしょうに」
「や、あれはその、フォローラが自ら志願したのであって、私が強要したのでは……」
「嘆かわしいことに、ルチェア様もフォローラ様に完全に影響されております。この際ハッキリと言わせて頂きますと、あの御二方は皇女としての自覚が足りておりませぬ!」
「そ、それはいくら何でも言い過ぎであろう……」
「いいえ、今度帰ってきたら皇女としての嗜みを徹底的に叩き込んで差し上げます!」
彼らは年甲斐もなく、二人だけの時にこうして若き日の関係を取り戻すときがある。
「に、任務帰りで疲れているのにか? 少しの
「そこが甘いのですぞ陛下!」
「爺がいつも厳しすぎるのだ!」
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