第四章 報酬を与えた代償

仲間想いの貴様らに我からのプレゼントだ

 午後10時52分

 岩石と砂漠だけの惑星ワスティリアス。


 ワームホールを出た直後、高い岩山にぶつかりそうになった。時間を惜み、出口を適当に設定した結果である。しかしそこはS級飛行士プレアの腕の見せ所だ。彼女はすぐさま機体を垂直にして左に退路をとり、岩肌すれすれに幅1キロの山を回避してのけた。ルチェアがコクピットの窓ガラスに頭をぶつける守田を見て笑っている。


 ほどなくしてAIが語りかけてきた。


『私を殺す気ですかフォローラ』


 声色はフリートスを出発する前に聞いたものとは明らかに違っていた。人間と会話している時と同じような温かみが感じられる。


「ごめん、ウィドー。さっそくだけどこの地にそぐわない電波を片っぱしからキャッチして」


『久しぶりの会話なのに随分と御挨拶ね。とりあえず高度が低いから一旦上がるわ』


 実は、このぬめりとした黒い機体には自我を発達させた自律型AIが搭載されている。この星に到着した折の局面にオートモードから切り替わったのだ。主従関係にあるプレアとは幼少の頃からずっとこんな調子で屈託のない意見が交わされる仲である。


 ブラックウィドーは上昇しながら、航路図を載せた新たな電子ウィンドウをプレアの目の前に展開させてこう言った。


『地上に限定すると21箇所。……待って、ここから南へ約16000フィート。そこに強くて怪しいのをキャッチしたわ。で、目的地はそこ?』


「うん、最大推力でお願い」


 ウィドーがそこで上昇を止め、糸の切れた凧のように機体を落下させる。


『人使いの荒いお嬢様だこと』


「ごめん、どうしても11時キッカリにそこに着かなきゃいけないの」


『呆れた。貴女いつもギリギリすぎるのよ。ま、メイン一発も有れば事足りるけど……ねっ』


 機体を下降させながら三つあるフォトンドライブのひとつに火を入れた。小型加速器から甲高い音が鳴り響く。


『あと、後ろで、慣れてないようだから何かに掴まってないと舌噛むって言っといて』


「了解」


 ブラックウィドーはプレアの返事を確認すると共に、機体を水平にして一気にトップスピードに加速させた。大小様々な岩山の谷間を速度を保ちながら水流の如くぬるりと抜け、辺り一面に黄金色が広がる砂漠地帯へと突入した。障害物に抑制されていた分のスピードが加わり速度がさらに跳ね上がる。大気の壁を槍で貫くように突き進んでいると、地平線の先にようやくそれらしき物体が見えてきた。おそらくあれだ。近づくにつれぼんやりとしていた輪郭が顕になっていく。のっぺりとした楕円形に形を変えたストラフの宇宙船である。プレアが後部座席とアクセスをとる。


「接敵まで残り30秒。着いたらルーちゃんは狙撃態勢で待機、俊雄はケースを持って私と一緒に来て。私が合図するまで絶対に何もしないで」


 彼らから了解を得ると、宇宙戦闘機は自らの意思で減速を開始して超低空飛行に入った。敵の宇宙船からおよそ400フィート手前で機体を着陸させ、プレアと守田が機を降りた。


 守田は焼つくような日差しの中悠々と前を行くプレアの背中を砂に足を取られながら必死になって追いかけた。山のように聳え立つ縦横に長い宇宙船を見上げ、これがあの駐屯地に埋まってたのか、と緊張感もなしに思っていると、急に足を止めたプレアにぶつかり砂漠の上に尻もちをついて止まった。それとほぼ同じタイミングで、敵宇宙船の船底の一部が欠けたかのように、何かがゆっくりと下に降りてきた。その上にはストラフと思わしき男と、後ろ手に縛られたボブカットの眼鏡をかけた女が乗っていた。


 銀河の平和と天秤に掛けたれた女子中学生。Xファイル部部長の、須賀理恵子である。


 プレアは彼女を見て安堵すると共に、さらわれたときと同じく俯いていることに心を痛めた。ストラフが地上に降り立ち、彼らとの距離を縮めてきた。最早隠す必要がないのか、傷だらけの顔は晒したままである。


「鍵を渡せ」


 前置きはなかった。守田はプレアの合図を待ち、言われた通り、抱えもっていたジュラルミンケースをストラフに向かって放り投げた。ストラフは足元に転がったケースを感慨もなく見つめながら片膝をつき、落ち着いた動作で蓋を開けた。黄金の円盤をしばらく観察したあと、それだけを持って立ち上がり、こう言った。


「コードはどこにある」


 プレアがすかさず切り返す。


「恵子を解放するのが先」


 ストラフは口角を傾け、須賀理に行けと短く指示を飛ばした。須賀理はゆっくりとした足取りで、彼らの元に近づいていった。


 プレアの計画は、須賀理を退避させたあとコードを渡すフリをして襲い掛かり、宇宙戦闘機に身を潜めているルチェアが対人ライフルでプレアの攻撃を援護するといった実にシンプルな内容だった。敵側の援護はもちろん考えられる話だが、頭首が現場にいてはそう旨く事が運ぶはずはないと睨んだ作戦である。


 プレアは、須賀理がストラフの間合いを脱したのを確認してから、彼の元へ歩き始めた。須賀理とすれ違う際に、もう大丈夫だから、と小声で言ったが、返事は返ってこなかった。ストラフの間合い入ったところで足を止め、守田が須賀理のを退避させたのを背中に感じた瞬間、ストラフに肉薄し、発動させたレイブレードを彼の首元に突きつけた。


「鍵を置いてゆっくり両手を上げて」


 ストラフは奇襲を受け、プレアの鋭い気迫にあてられるが、動じることはなかった。そして、プレアに冷たい視線を向けたまま、こう告げた。


「妙なマネはするなと言ったはずだ」


 その言葉が合図となった。


「プレア、これ……」


 その事にいの一番に気づいたのは守田だった。須賀理に掛けられた手錠から軽い電子音が鳴り、液晶に表情された数字がカウントダウンを始めたのだ。奇襲対策を講じられていたのである。


「ククク、貴様のお陰であの女の残り寿命は3分となった」


「クッ……卑劣者」


 今度はストラフがプレアを睨め付ける番だった。余裕をもった態度で脅迫した。


「止める方法はひとつ。剣を捨て、コードを渡せ」


 プレアは間を置かず光刃を収め、瞬き一つでストラフにコードを送りつけた。ストラフはそれを受け取り、なるほど、と納得して、支配の鍵にコードを入力した。すると、たちまちある情報がエアリアルイメージとして浮かび上がってきた。監獄船ティスタニアが現在航行している座標値が示されている。プレアの顔に焦りの色が滲み、ストラフの強面に愉悦のしわが刻まれる。


「ククク、なるほど。そんなところにあるのか……」


「条件はのんだ! 早く爆弾を解除して」


 ストラフはプレアの要求を跳ねのけるようにこう言った。


「心配するな、あれは仲間想いの貴様らに我からのプレゼントだ。有難く受け取っておけ」


 プレアは完全に踊らされていたことを思い知る。


「はじめから、こうするつもりだったのね……ッ」


「手錠は無理に外すと爆発する仕組みだ。残り時間、ナイ頭を使ってせいぜいもがくといい」


 ストラフはマントをはためかせて翻り、その場を後にした。異常を察したルチェアが三人の元にたどり着いたとき、敵の宇宙船が重力から解き放たれるかのように、ゆっくりと音もなく浮上しはじめた。


 爆発まで、残り2分ジャスト。

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