テメぇそっちのけで守りてぇモンが、この世にはあるってことだ
ルチェアはまず対人用ライフルを投げ捨て、須賀理の手首に嵌められている手錠を吟味してから、分析結果をこう語った。
「ふむ、殺傷区域の程は未知数ですが、おそらく我々を巻き込む前提で作られたに違いありません。いかにも、今どき銀河征服を企む根暗人間の考えつきそうなことです」
ルチェアは切迫感ある表情から一転、ふひっと笑い、
「ですが……あやつの目算は狂いました。爆弾処理のスペシャリストがここにいることを計算に入れておりません。久しぶりに腕が鳴ります」
「御託はいいからチャッチャとやれよ、もう1分切るぞ」
ルチェアはきっと守田を睨みつけ、こほんと咳払い、
「とにかく、ここはそれがしの出番です。お二人はこの場から直ちに離れてください」
と言って、首に下げていた精密照準用のゴーグルを装着し、腰のポーチから複雑な道具が入った工具セットを取り出して地面に広げた。
「ルーちゃん、私も手伝う」
姉の申し出にルチェアが短く鼻で笑い、
「俊雄の申し出であれば即刻断っているところですが……いいでしょう、それではピンセットペンチとドライバーを」
残り時間56秒。
「それにしてもこうしていると思い出しますなー姉上。あの我らをいじめぬくことしか能のない老いぼれぢぢぃに爆弾処理を徹底的に叩き込まれたあの日のことを」
「ルーちゃん、め。口が悪いよ」
他愛のない会話をしながらも淀むことなく淡々と処理が進められていく。
「じいやの誕生日に爆弾入りのケーキを仕込もうとした首謀者が何をおっしゃいますか。それにしても、あのこまっしゃくれたヤンチャ小娘も今では一角の皇女へとご成長されました。少し寂しい気もしますが、それが大人の階段を上るということなのですね、姉上」
「で、代わりにお前がその性質を譲り受けたってワケか。なるほど」
ルチェアはパタリと作業を止め、
「……姉上、やはりこの山猿は馬頭星雲を孤独に浮遊する惑星に星流しにすべきかと」
「ルーちゃん手が止まってる!」
そんな会話が交わされながらも処理最終段階に入った。残り時間は25秒。時間を余す結果に各々感動を覚えるが、まだ予断は許されぬ状況だ。赤白黄色の三つの配線をニッパーで挟んでプレアを見る。
「いきます……」
プレアの無言の頷きが、切断の合図となる。
20。……19、
ところが、
「そんな……ッ、こんなことありえません!」
「どういうことだ?」
「信管に流れる電流配線を断ち切ったはずなのに解除されないのです!」
爆発まで残り15秒。
「ルーちゃん、手順は間違えてない?」
「それがしが姉上も認めるスペシャリストだということをもうお忘れになりましたか!」
そこで、事態を察した守田がプレアを後ろに下がらせたあと、ルチェアを持ち上げてプレアに預け、こう言った。
「よくやったなルー。次は俺の出番だ」
そして、須賀理を屈ませ、自分の体で覆い被さるように包み込んだ。何をするかは一目瞭然だった。
「お前らだったら今からでも遅くねえ……オラ、とっとと行っちまえ」
「ダメ俊雄! 私も残――、」
「お前はやる事がまだ残ってンだろッ!」
顔面蒼白で叱咤されたプレアは、守田の覚悟に絶句した。守田は緊張をほぐすために深く息を吸い込み、優しくこう言った。
「こうなったら最後、俺はお前の親父との約束を果たす。非力な山猿にしかできねえ唯一の役目ってやつヨ。銀河は頼んだぜ、ミルキーウェイの指折りスパイさんヨ」
爆発まで残り5秒。
プレアは己の運命を恨んだ。
「なんでいつも裏目ばかり……ッ」
プレアはしかし、守田に託された未来を選択した。ルチェアを抱えて一気に距離をとり、地面に力なく膝を折った。
「恵子、ごめんなさい……」
無情の時が1を刻んだ時、守田は最後にこう言った。
「部活の続きはあの世でやれってよ、スカリー」
1……、0。
ピー、ガシャ、ドサ。
……爆発は、起こらなかった。
その代わりに、地球でもよく耳にする電子音を守田は耳にした。須賀理の手錠が開錠され、砂の地面に落下したのである。
「……ん? ……んんッ!? どうなってンだこれ」
気がつくと、プレアたちが側まで戻っていた。守田はピンときて立ち上がり、茫然とする二人に注意した。
「このドラ娘どもがッ、心臓に悪ぃから冗談でもこういうことするな……て、うおっ」
プレアは守田を真正面から抱きしめた。
「俊雄ごめんなさい、本当にごめんなさい」
守田は、涙を流しながら謝罪するプレアを見て、先ほどの事が冗談でなかったことに気づき、自分の早とちりを反省し、こう言った。
「……ワリィ。てか謝ることなんかねぇって。とりあえず不発で良かったじゃねえか。はは、ラッキー」
ルチェアが手錠を拾い上げ、しらけた顔でそれを見つめながら、時間稼ぎにダミーを利用されたことを悟って溜息をついた。そして手錠を捨て、いつになく真剣な顔つきで守田をみつめながらこう言った。
「何もなかったとはいえ、外惑星の人間に庇われたのは生まれて初めてのことです」
「いちいち大袈裟だな。こんなの助けた内に入ンねーの」
ルチェアは首を左右に揺らしてその言葉を否定し、守田をじっと見つめながら、たおやかにこう言った。
「貴方は私のはじめてを
守田はルチェアの真面目な質問に対しこう答える。
「コラ、勝手に聖人扱いすンじゃねえ。時には、
ルチェアはその言葉に胸を貫かれ、表情を赤くした。ルチェアはこの胸の高鳴りが何であるのかを説明できなかった。目の前にいる地球人の男性を見ると、なぜ体が浮き上がるような感情が生まれてくるのかが理解できなかった。
「……そ、それはその、つまり……有体に言えば、余のことが……」
ルチェアはそこで、はたとある事に気がついた。姉が守田と抱き合っている事にである。ルチェアはなぜかムッとして、その間に割り込んで二人を突き放し、
「猿人の菌が感染ると何度言えばわかるのですか姉上! 喉から手が出るほど欲していた恵子女史のことはどうでもいいのですか!」
プレアはそこで思い出したかのように須賀理を見た。彼女はいまだ俯いたままである。
「恵子……」
反応がないのでプレアは涙目になるが、やがて須賀理が面を上げてこちらを認識したので、僅かに口元を綻ばせる。須賀理の表情に色はなかった。だが、こうして再会することが出来ただけでプレアは嬉しかった。
「無事で、よかった」
プレアは衝動的に須賀理を抱きしめた。が、なぜか腹部に火傷のような衝撃が走り、両目を見開き須賀理からゆっくりと離れた。焼けるような痛みが走るよりも悪寒がそれを上回る。再び面を上げたとき、須賀理の右手に小型ナイフが握られているのが目に飛び込んできた。胃からせり上がってきた血にこふっとむせ、口元に一筋の青い川を作る。
「け、恵子……なんで……」
須賀理は、今まで見たこともない恐ろし気な笑みを浮かべていた。
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