お前の姉ちゃんの泣き癖どうにかなンねえのかよ?

 須賀理がナイフを逆手に持ち替え、プレアに襲い掛かってきた。プレアは左手で腹部を押さえながらその攻撃を受け止める。


「恵子、どうしたのッ?」


 理解が追いつかないまま須賀理に力強く右手を払われ、勢いを利用した回し蹴りを顔面に打ち込まれる。が、とっさに左腕でカバーして、衝撃を感じながら砂の地面へと転がった。すぐさま起き上がり、体勢を整える。


「まさか、洗脳されて……恵子、なにか酷いことされたの!」


 プレアはそのことに思い至るや生体スキャンを開始した。だが、強烈にブロックがかけられていて、須賀理が現在どのような状況に陥っているのかは読めなかった。何かがおかしいと思うなか、その思考を遮るように須賀理が次なる攻撃を仕掛けてきた。攻撃は特に早くもなく単調で避けることは容易ではあったが、腹部の真新しい刺し傷がプレアの従来の動きを封じているので、傍から見ると劣勢にしか見えなかった。それに相手がプレアの最愛の人となれば尚のこと、動きが鈍くなる。


「恵子、お願い返事して!」


 プレアは、迫りくる凶刃を避けながら、須賀理を覚醒させようと悲痛の声を振り絞った。そんな姉の体たらくを見兼ねたルチェアが、助言の声を発した。


「姉上、その者はすでに脳組織を改ざんされている可能性が有ります! ならばそれ以上問いかけても無駄に終わりまする! とにかく迎撃を!」


「ダメ! たとえそうでも、恵子にそんなこと出来ない!」


 ルチェアは、プレアの反論に小さく舌を打ち、守田に意見を求めた。


「あの近眼少女は本当に貴方がたの知己なのですか?」


「ああ、違いねぇ。あの瓶底眼鏡はウチの部長だ。てか脳ミソいじくり回されたってホントかよ?」


 プレアの防戦を目で追いながらルチェアは頷き、


「可能性は高いと思います。ここで仲間共々散るよう敵が仕向けたとしか考えられません」


「宇宙人てそういうこと出来っから怖ぇよな。とにかくここはプレアに任すっきゃねえ、おいプレア! いくらお前でもそいつに恨みのひとつやふたつ持ってンだろ、動き封じる一発ぽっちどうってことねえ、やっちまえ!」


「無理! 絶対無理!」


 ――他人事だと思って。けど、このままじゃいけない。


 その時だった。須賀理が攻撃の最中、再会後初となる思いがけない言葉を口にしたのだ。


「クッ、ちょこまかと鬱陶しい子ネズミズラ」


 ――ッ!


 プレアはその言葉に引っかかりを覚えた。アカデミーの銀河史の授業で行った惑星で、このようなクセの強い話し方をする星人がいたのだ。原始的で慎ましく、少人数で助け合いながらひっそりと平和に暮らす特殊擬態能力を持った、爬虫類型宇宙人。天の川銀河ペルセウス腕の端も端、最辺境の惑星ハミリオン。


 プレアはその仮説に当たりをつけ、レイブレードを発動させて須賀理の手からナイフを弾き飛ばした。そして青白く光る切っ先を喉元に突き立てこう警告した。


「動くと次は火傷では済まない。ハミリオンの民がなぜこのような真似を?」


 須賀理そっくりのそいつは短く悲鳴をあげ、傷を負った手を後ろに回しながら狼狽えた。プレアは、急展開に何事かと駆け寄ってきた守田たちにこうなった訳を説明した。ルチェアがその者に近づいて、冷たくこう告げる。


「皇族に手を掛けた罪は重刑と知っての狼藉ですか?」


 そいつは、ルチェアの鋭い視線に射抜かれ、たちどころにブルブルと震えだしてこう言った。


「も、申し訳ねえズラ。妻が人質に取られて、こうするしかなかったズラ……」


「言い訳は牢獄で聞きます。時間はたっぷりと用意させますので」


「ヒエエエッ、もうしないから勘弁してくれズラぁ!」


 そいつはなぜかルチェアでなくプレアに縋りついて懇願するが、プレアはそれを突き放して光刃を納め、そいつに背を向けこう言った。


「立ち去りなさい」


 その聞き捨てならない言葉にルチェアが真っ先に反応した。


「……姉上、まさかこの者に赦しを与えるおつもりですか?」


 プレアが頷き、こう答える。


「彼も私たち同様、ストラフに操られた人形に過ぎない。だから罪はない」


 ルチェアは姉の返答に溜息をつき、そいつを哀れな目で見ながらこう言った。


「姉上の下した裁可によって拾った命です。余生すべてを使って今日という日に感謝を捧げる日々を送りながら慎ましく暮らしてゆきなさい」


「かたじけねぇズラあ!」


 ルチェアは、そいつが自分ではなくプレアに礼を言ったのに対して向かっ腹を立て、


「クッ、こやつの態度はなぜか苛立ちを覚えます……ところで姉上、現時点でストラフを追える手段が皆無となってしまったわけですが、これからの行動はいかように?」


 ルチェアがそう言うと、プレアが大声を上げて泣き始めた。


「うわあああん、私が、私がしっかりしないから、恵子ともう二度と会えなっ、恵子、恵子」


 その有り様を見た守田が呆れたため息をつく。


「また始まりやがった……おいルー、お前の姉ちゃんの泣き癖どうにかなンねえのかよ?」


「ふむ、姉上をここまで感傷的にさせる須賀理恵子なる人物に少なからず興味が湧いてきました。彼女は地球を代表する皇室の者ですか? はたまた星の宝とか?」


「いや、俺と同じ至ってフツーの地球人だぞ」


「……愚問でした、忘れてください。それはそうと困りましたね、おそらくあの様子だとこの先の策は皆無です。貴方ならどうしますか?」


「いや俺に聞かれても……そうだ、あの鍵に発信機とかつけてなかったのか?」


「無論つけてはおりますが、すでに電波が拾えない場所に移動しています」


「え、じゃあ詰んじまったンじゃねーの?」


 プレアは彼らの会話に耳を立てていたらしく、とたん殊更に激しく泣きはじめた。そこで、その様子を見ていたハミリオン星人がこんなことを提案してきた。


「オ、オイラが奴らの船に案内するズラ」


 突拍子もないその言葉にプレアがピタリと泣くのをやめた。鼻水をじゅるりと飲み下して「説明して」と言うと、そいつがポケットから手のひらサイズの端末を取り出した。


「これで奴らの位置を捕捉出来るズラ。おめえたづを殺してから戻って来いと言われてただ」


 ルチェアがすかさずツッコミを入れる。


「どうやって戻るつもりだったのですか?」

 

「お、おめえたづを手籠にしたあと宇宙船を奪っで……」


「操作経験は? そもそもあの機は姉上の生体反応なしにキャノピーを開くことは有りませんが」


 ルチェアの矢継ぎ早の質問にそいつはとうとう黙り込んだ。


「フン、それで渡された武器があの品祖な短刀ひとつですか。そなたには少々耳の痛い話になりますが、主君は元々そういう気はなかったのでしょう」


 ハミリオン星人が地に両膝をつけ、行為を悔いる目で今度はルチェアに懇願した。


「最初からそんな気はしてたズラ。だども、オイラはそれに従うしかなかったズラ……。勝手かもしれねえが、奴らの位置を教える代わりにオイラをそこに連れてってくれねえだろうか」


「いいえ、お断りします。人を殺めようとした人間を易々と信用するわけにはまいりません。さ、受信機はこちらが預かります」


 ハミリオン星人は、ルチェアが差し向けてきた手を払い除け、受信機を胸に掻き抱いて更に懇願した。


「ご、後生ズラ! 妻が待つあの船に連れていってほしいズラ!」


「……ふぅ、分かりました。少し痛いですが我慢してください」


 ルチェアは腰のホルスターから旧式のハイブリッドガンを取ってスライドを引き、詰め寄るハミリオン星人の額に無情に突きつけた。ところが、そこにプレアが割り込んできて、銃を取り上げて電源を切り、弾倉を抜いて薬室から弾丸を排出させてルチェアに返却した。ルチェアが手元に戻ってきた無力化された銃を唖然と見つめていると、プレアが須賀理に似たそいつにこんなことを言い出した。


「すぐに案内して」


 ルチェアは、姉が発した言葉に我慢ならず、直情的に反応した。


「人が良すぎますぞ姉上! 殺害されそうになったのをもうお忘れになりましたか!」


 プレアが思い出したかのように腹部を押さえて表情を歪める。


「……敵を追う方法はこれしかない」


「だから奪って行けばいいだけのことでありませんか!」


「それをすれば、あの男と同じになってしまう。だから連れて行く。恵子を取り戻すためならなんでも利用する」


 ルチェアは反論しかけた口を強引に閉じ、不満を燻らせながら銃をホルスターにしまった。


「……どうぞ勝手になさいまし。後悔してもそれがしは知りませぬゆえ」


「かたじけねえズラ!」


 プレアが、須賀理そっくりのそいつに見つめられて顔を赤くする。


「り、利害が一致しただけだからお礼はいい。けどその前に……その姿をどうにかして」


 そう言われたそいつは擬態を解き、元のカメレオンのような姿に戻った。受信情報から得たログを宇宙戦闘機に入力し、一行はワスティリアスを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る