彼とボクだけの永久の不文律

 グレイ旅団宇宙船内 正式名称なし


 須賀理は、船内のベッドのある個室で膝を抱えて座っていた。部屋の明かりも点けず、窓の外に広がる宇宙空間を静かに眺めている。


「宇宙人プレ子、か。どこの星から来たんだろ……」


 出された食事は合計三回。見た目も味も初めての代物であったが、残すことなくしっかりと食べ終えていた。傍から見れば落ち込んでいるようにも見えるが、実はそうではない。仲間と離れ離れになる直前に起こった出来事を、頭の中で整理しているのである。


「同じクラスなんだし教えてくれたっていいじゃん……プレ子のケチ」


 須賀理はプレアが宇宙人である事実よりも、正体を隠していたことを問題視していた。現状において須賀理は、プレアが何を目的として地球に来たのかは知らないし、記憶の中にある宇宙人の少女がプレアであることを知らない。はるばる遠くの星からやってきた宇宙人のひとりに過ぎないのである。


 制服の胸ポケットから家の鍵を取り出して目の前にぶら下げてみた。菜の花を擬人化した時坂市のご当地キャラ、プレアが大好きなナナたんのキーホルダーが揺れている。


「これ欲しがってたな……こんなの地球にしかないのかな」


 須賀理の脳裏に一昨年の出来事が蘇る。朝礼の紹介の時に、プレアがいきなり須賀理に抱きついて、大声で泣きはじめたのである。故郷の友達と勘違いしたらしいが、あれは一体なんだったのだろうか、と回顧した流れで、プレアにこれまでとってきた態度の数々が連想された。勝手に宇宙人と決めつけ、しつこく追い回したこと。勝手に宇宙人と決めつけ、他のクラスメイトと結託して差別したこと。今更だが、酷い仕打ちをしたものである。


 身勝手な自分に嫌気がさして唇を噛んだ。視界が滲みはじめた段階で突然、部屋の扉が開かれて灯りがともされた。咄嗟に、後ろ手に鍵を忍ばせた。


「食事の時間だ」


 部屋に入ってきたのは、軍服を着た鰐顔の男、ストラフの側近バロッツであった。彼は中に入ると、食材を乗せたお盆を机の上に置き、須賀理に一瞥もくれずに背を向けて無言のまま外に出ようとした。そこで、思わぬ事が起きた。


「ねえ、おじさんて今何歳なの?」


 須賀理の突然の問い掛けにバロッツは足を止めた。ここに閉じ込めてから一言もしゃべらず、宇宙の彼方をずっと眺め続けていた猿人の少女が、ようやく口を開いたことに驚いたのである。出会った時から気にはなっていた。彼女の人を食ったような性格は嫌いではなかったのである。


「歳は……いや、覚えてない」


「じゃあ40で決まり! 見た目はワニだけど地球人だし、きっとボクらと同じ年の取り方をするはず」


 バロッツはそこでようやく少女の方を見た。底抜けに明るい笑顔がそこにあった。囚われの身でこのような態度をとる人間はいまだかつて見たことがかった。興味と疑問が湧いてきた。


「閣下の目的の次は地球だ。猿人を根絶やそうとする私になぜ恐れを抱かない」


 と、バロッツは少し脅しを入れてみた。だが須賀理は、それを物ともせずこう返した。


「だって生まれも育ちも地球だって言ってたし。レビ記19章18節、隣人を愛せって言葉知ってる? 善き羊飼いのおじさんがみんなで仲良くしろって言ったんだってさ、知らんけど」


 バロッツは少女との価値観の違いに驚愕せざるを得なかった。なぜなら、同じ地球に住む人間だから争う必要はないと言っているからだ。だが、


「他の猿人がそのような考え方を持っているとは限らん。いざ戦となれば考え方も変わる」


「ま、色んな考え方があるからねー、でも大多数は仲良くできるって思ってるよ? おじさんたちが、戦争ではなく対話で解決を図ろうとしてくれるなら尚の事。一緒に住んで暮らせば、おじさんたちの考え方も変わってくると思うけどな」


 バロッツは返す言葉が見つからず、このまま立ち去ろうとした。


「あ、ちょっと待って。おじさん、ボクをこのままにしといもいいの?」


 バロッツは再び足を止めた。


「……どういう意味だ」


 須賀理が、分厚いレンズの底にある目を光らせる。


「多分、ボクの友達が迎えにくるよ?」


「……どうしてそのようなことが言える?」


「おじさんがつよつよビンタでぶっ飛ばしちゃった子いるでしょ。あの子、モルダーって言うの」


 少女の言葉に、無礼な言動をとってきた猿人の少年が脳裏をよぎった。言われなかったら完全に記憶の片隅から消えている存在である。


「それがどうしたというのだ?」


「スカリーがピンチの時はモルダーが助けにきてくれるって決まりなんだよね。ま、彼とボクだけの永久の不文律ってやつ。いわゆるズッ友。だから、いま殺しとかないと後で絶対後悔しちゃうよ?」


「……その根拠は?」


「根拠? フッ、あるよ……」


 須賀理はニタリと笑い、人差し指でメガネを持ち上げながら、自信げにバロッツにこう断言した。


「まだ仮入部員だけど、その子がモルダーを連れてここにやってくる」


 バロッツは少し長居し過ぎたと自嘲して、少女との会話を終わらせることにした。なぜなら、少女の言う助け舟がすでに沈んでいる事を知っているからだ。


「じきに目的地にたどり着く。それまでに朝食を済ませるといい」


「あー、けむに巻こうとしてるな! よーしこうなったら脱獄だ! 来なくてもひとりで逃げ帰っちゃうもんねー! もちろん本気」


 バロッツは脱獄など叶わないことを知っている。


?」


 バロッツは言ってからはたと気づいた。なぜこのようなことを言ってしまったのか。バロッツが取り繕う言葉を見つけ出すよりも先に、須賀理がその言葉の意味を理解してこう言った。


「そっか、よく考えたら両方に迷惑が掛かっちゃうよね……やっぱ今のナシ。おとなしく待ってる。あ、そういえば今天の川銀河のどの辺?」


 バロッツは今度こそ何も答えず、背を向けて部屋を後にした。


「敵の私に同情、か」


 バロッツは、今までも猿人と会話をしたことがあるが、このような感情を抱いたのは生まれて初めてのことであった。幼き少女を通して、猿人の本質を垣間見たとさえ思っている。


「我々はこれからプレアデス人に復讐を遂げたあと、地球に戻り猿人たちを一掃して地上を取り戻す。だが、はたしてそれは本当に正しい選択と言えるのだろうか……」


 バロッツは猿人少女との出会いを通し、先祖代々から受け継がれた反地上人教育に初めての揺らぎを感じていた。日のことを思い出した。しかし、その考えに触れた途端、打ち消すように頭を振り、小声で静かに憤る。


「私としたことが、少し少女の毒気に惑わされてしまったか……だがもう揺るがぬ。地上奪還は先祖代々から受け継がれし悲願。手前勝手に反故にするなど言語道断、そうだろう……!」

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