途中下車するなら協力してあげるけど、今から試してみる?

 午前0時42分

 敵母船追跡中のワームホール接続空域


『フォローラ、貴女の肩に乗ってるからもらったログデータが正しければ、もうすぐ敵の進行ルートに接続するわ』


 小一時間前に共闘関係を結んだハミリオン星人の名は、バッパ。彼は、元の二足歩行のカメレオン姿から擬態能力を使ってタコに姿を変え、プレアの右肩にちょこんと座り、ブラックウィドーが放つ声に敵意を感じながら、そわそわと触手をくねらせていた。コクピット内が狭いという物理的な事情でこのような姿をとっている。


 一方、後部座席では、ルチェアが守田の膝元にちょこんと座っており、赤面しながら俯いている。急におとなしくなったお陰で守田は暇を持て余し、ワスティリアスを出る前に改めて紹介された宇宙戦闘機ブラックウィドーに向けて不躾にこう言った。


「おーいウィドー、あとどれぐらいだよ? いい加減この変わり映えのねぇ景色も見飽きたっつーか……あ、お前おもしれー機能とかついてねーのかよ、ゲームとか」


 ブラックウィドーはその馴れ馴れしい態度に苛立ちを覚え、主人との会話を止めて、守田に一言釘を刺した。


『誰かさんだけ温度が違うから今一度確認しておくけど、この船の行き先は遊園地じゃなくて地獄の一丁目よ。途中下車するなら協力してあげるけど、今から試してみる?』


 守田はその冷ややかな威嚇にこれっぽっちも怯みもせず、逆にのうのうとこうのたまる。


「おー、てことは遊園地が地球以外にもあるってことか。今度連れてってもらおっかな」


『グッ、誰が貴方なんかを! ……ルチェア? 顔色が優れないようですが、どこか体の具合がでも悪いのですか?』


 ルチェアが予期せぬ質問に体をビクンと震わせて縮こまる。


「な、なんでもありません。お気になさらず……」


「そーなんだよ、こいつさっきからこんな調子で黙りこくってンだよ。おいどーしたルー、風邪でも引いちまったか?」


 ルチェアは、おでこに当ててきた守田の手を慌てて払いのけ、


「な、なんでもないと申しておる!」


 プレアはその様子が映った映像を一部始終見てフリックして閉じた。


「ごめんウィドー。俊雄はあんな感じだけど決して悪い人じゃないから」


『あらそう。まぁ、なるべく友好的になれるよう善処してみるけど……さて、そろそろね』


 複雑な紫色の雲に覆われたトンネルの先に黒い放電が見え始めた。あそこを抜けると、敵が通った道を辿れる寸法である。難なくそこを抜けると更に広大なトンネルへと突入した。更に機体を加速させるべく、プレアが操作盤に手をかけたところ、紫色の雲の中から突如いびつな形をした緑色の宇宙戦闘機の集団が前方に現れた。


 その数は50機。接敵までおよそ3000フィート。

 ストラフが差し向けた戦闘機の編隊に違いない。


 通電差込口に強引にジャックインするような音がして、白い甲冑を纏った兵士の映像がHUDヘッドアップディスプレイに重なる形で割り込んできた。レーダー警戒装置のアラート音が鳴りはじめた。敵機からロックオンされた証だ。


『あぁ肌がチクチクする。とても不愉快な波ね、ほんと何様かしら』


 兵士が言った。


「ここで張っておけと言われていたが、まさか本当に来るとは……ともあれ、ご苦労だったな、バッパ」


 そこですかさずルチェアの映像が兵士映像の真横にポップアップされた。ルチェアがプレアの右肩に居座る蛸をこれでもかと言わんばかりに睨みつける。


「謀ったなキサマ」


「と、とんでもねぇズラ! これは誤解ズラ!」


「この期に及んで言い訳など笑止千万! 二度と歩行が出来ぬよう、その足すべて削ぎ落としてくれる!」


 プレアが横目を使ってバッパに確認をとる。


「バッパ、騙したの?」


 バッパは涙を浮かべて足を擦らせながらプレアに懇願した。


「本当に知らないズラ、信じてほしいズラご主人様」


「耳元で話しちゃダメ……あ」


 プレアの艶やかな声にルチェアが敏感に反応する。


「と、頭足類の分際で破廉恥行為に及ぶとは何事か!」


 バッパが嫌がるプレアの耳元に小声で語りかける。


「貴女の妹は酷いズラ、折角想い人の居場所を教えてあげようとしているのに……わが身顧みず裏切ってこっちの味方についたのに……信じてほしいズラ、ご主人様」


「わ、わかったから、足を動かさないで!」


「姉上、そやつの甘言に耳を傾けてはなりません!」


 ところが、ルチェアの反応にプレアは首を振って否定した。


「恵子の居場所を教えてくれるのは本当のこと。状況がどう傾こうが、今はバッパを信じるしかない」


 ルチェアはその言葉に愕然とするが、バッパの目が上弦に細められていくのを見逃さなかった。


「キサマやはり謀ったな! 今すぐそこに直れ!」


 画面いっぱいに怒り狂うルチェアと、それを懸命に抑えようとする守田と、主人の耳元でお礼踊りを披露する蛸と、その動きに悶えるプレアを、ブラックウィドーが一喝して止めた。


『いい加減にしなさい!』


 機内の隅々まで響き渡る声に度肝を抜かれ、一行は一切の言動を停止した。ブラックウィドーは、静まり返った機内で溜息を漏らし、彼女たちにこう説教した。


『ほっんといつまで経っても子供。地球人と蛸はともかく、フォローラにルチェア、貴女たちはアカデミーで何を習ったの! このような危機的状況を打破するための対処法を徹底的に叩き込まれたはずじゃ、』


 そこで兵士が、空気を読まずに割り込んできた。


『仲間割れか? 丁度いい、そのまま宇宙の塵にして……ぐあああ、み、耳がッ』


『人が喋ってるとき邪魔してくンじゃないわよッ』


 兵士が突然、頭を抱えて唸りはじめたのはもちろんブラックウィドーの仕業だった。怒りに任せた最大出力の電波をねじ込み、有無を言わさず敵の鼓膜を破壊したのだ。兵士はたまらず周りの友軍機に射撃命令を下し、目前1500フィートまで迫っていた敵機からレーザー砲と誘導ミサイルの射撃が一斉に開始された。


 ブラックウィドーは物凄く怒っていた。守田の不躾な発言に尾を引いていたのがそもそもの原因であるのだが、油断していたとはいえ、全敵からロックオンされたことが、この上なく屈辱的だったのだ。


 ブラックウィドーは無意識にメインコントロール権限を奪い取り、敵機弾丸を迎え撃つ体勢をとった。機内に常設されている三機の超小型加速器から甲高い音が鳴り響く。四つの翼の先に備えられている砲身が煌々とした光を放ち始めた時、流星のごとき煌めく光の弾の群れが漆黒の宇宙戦闘機に襲い掛かる。


 ――着弾まで残り1秒半てとこかしら。フン、余裕。


 思いの丈を言葉に込め、ひと思いにぶっ放す。


『私を、ナメるなあああああああああああああッ!』

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