銀河よりも価値のある宝物
絶望的な状況を前に、須賀理は膝から崩れ落ちた。プレアの呼吸はすでに止まっていた。須賀理の心に後悔だけを刻み、彼女はこの世から旅立ってしまったのである。大粒の涙が堰を切ったようにポロポロとこぼれ落ちる。
「やだよ、こんなの……絶対にいやだ」
思い当たることは沢山あった。この一年間、いつもひとりぼっちだった彼女を一方的に猜疑して、区別し、心に傷を負わせてきた。いい思い出なんてあるはずがない。何もしてやれなかった事が悔やまれる。
「やっと会えたばっかなのに……こんな仕打ちなんてあんまりだよっ、神様のばか!」
ところが、不条理へ導く存在を罵ったその時、僅かばかりの奇跡が起きた。須賀理の狂乱じみた魂の叫びが、プレアの完全停止していた脳波に直接作用したのだ。複雑な波形が少しずつ描かれていく。臓器の活動がゆっくりと開始した。
プレアは薄らと目を開き、己に向かって涙する主を視界に捉えた。視力と聴力の大半は失われたままだが、その主が誰なのかを理解していた。大声で何かを叫びながら泣いている。
「けい、こ……」
須賀理はその声に息を詰め、濡れて滲んだレンズ越しに発声元を確認した。プレアが目を開けていた。息を吹き返してくれたのだ。プレアの顔にしがみつき、再び涙する。
「死んじゃったかと思った、もうどこにも行っちゃヤダ!」
プレアは、彼女のぬくもりに深い安らぎを覚え、ずっとこうしていたいと思った。プレアの予てからの願いである。
「あぶない、から……きちゃ、だめなのに……」
「だって、花ちゃんを助けたかったもん」
プレアは、須賀理の言葉ひとつひとつに無上の喜びを覚えながら、自分は報われたのだと、心の底からそう思えることが出来た。細められた片方の瞳から、一筋の感涙が流れ落ちる。余命が尽きかけていることをひた隠しながら、こう告げた。
「けいこ……にげて……」
そうすることで何かが変わることはないが、愛する人を出来るだけ危険から遠ざけたかった。ところが須賀理から返ってきた言葉は、予想を超えるものであった。
「これ以上そんなこと言ったら、カム着火インフェルノで地獄ボコりの刑に処す」
「なん、で……そんなこと、いう、の」
「今度はボクが友達のために戦う番だから」
その言葉にプレアはビンタを喰らったような衝撃を覚えた。絶望的な状況を打破する術を持たないにも関わらず、勇ましくそう言った須賀理に心を打たれたからだ。須賀理が制服のポケットから虹色のハンマーを取り出し、プレアを庇うようにして背を向けた。
「花ちゃんは、絶対ボクが守る」
プレアは、恐怖に慄きながらあの男から瀕死の自分を守ろうとする友の姿に、いつかの自分の姿を重ねて涙し、自問自答した。弱々しかった胸の鼓動に活力が漲りはじめる。
銀河の果てでようやく再会を果たせた友を置き去り、このまま生の扉を閉ざすというのか。記憶の蓋をこじ開け、我が身二の次でこの場に参じた初恋の人に報いず、この世を去ろうというのか。
否!
――なぜなら私は、この最愛の人を救うために、ここにいる!
プレアの全身が突如と輝きはじめ、須賀理は背中から回り込んできた光におっかなびっくりして視界を閉じた。目蓋の裏で光の収束を感じ、ゆっくりと目を開けて振り返り、状況を確認した。そこには、幾何学的な紋様を全身の隅々まで象らせ、羽衣のような淡い光を纏って宙にゆらりと浮いているプレアがいた。紋様力がすべて解放された証である。着ている制服は依然としてボロボロだが、体中に受けた傷口はすべて修復しており、生気に満ち溢れていた。まるで、女神が舞い降りてきたかのようである。
「花ちゃん……」
「恵子、ありがとう」
プレアは須賀理に微笑み返した後、光の速さでストラフに肉薄し、念動力で取り寄せたレイブレードを上段に構え、一太刀で上体を切り落とすほどの力で渾身の袈裟斬りを見舞った。ところが、ストラフに銀河トップクラスの速度で反応され、その斬撃が身に触れる寸前のところで受け止められてしまう。
「クッ、まだそんな力を隠し持っていたのか……だが、我を甘くみるな」
全身から発せられた
「花ちゃん負けるなーッ!」
須賀理の声援が、プレアの限界を超えさせる。
――キンッ。
黝い放射体が立ち込める中鋭い閃光が煌めき、プレアを象徴する青が勢い増して暴走した。青と黒が干渉し合う凄まじい電流音が衝撃の苛烈さを物語っている。プレアは万物を切り裂くような鋭い刃を強くイメージした。裂帛の気合いを入れ、最後の賭けに出る!
「うおおおおおおおおおおおおッ!」
そして遂にストラフの力を超越した瞬間が到来した。
霊験あらたかなるその強撃が質実堅剛の刃を貫き、彼の左肩の根元から腕をごっそりと断ち切ることに成功したのだ。狙いが逸れたのは決して酌量ではなく、生命の危機を感じたストラフがその凶刃を喰らう刹那に、決死の覚悟で身を捩った結果であった。
「ぐああッ」
ストラフが地面にどっと倒れ、苦痛に顔を歪めながら血みどろになった肩口を必死で押さえてのたうち回る。プレアが、水揚げされた魚のように踊る彼の首元にレイブレードを突きつける。
「爆弾の解除方法を言えば、命までは取らない」
ストラフが、息絶え絶えになりながらこう答える。
「甘い……やはり貴様は甘すぎる。クハハ」
プレアは、ストラフの余裕ぶった態度に苛立ちを覚え、更に詰め寄ろうとするが、先にこう言われた。
「これで保険を掛け捨てずに済んだ」
ストラフはゆるゆると手を広げ、プレアにある物を見せつけた。戦いの前に見せた物とは違う小型の制御器だ。
――ッ!!
プレアは察して背後を振り返り須賀理を見た。予定調和のような事が起きており、首に嵌められた首飾りが赤い点滅を繰り返していた。再び振り返り、目からレーザー光を発射して制御器を破壊するが、ストラフに無駄だと一蹴され、懐から引っ張り出してきた爆弾の制御装置を見せられる。
「ククク、小娘の爆弾とノヴァブラストの連結が完了した。このリモコンを破壊すれば銀河を救えるが、同時に小娘の命が消し飛ぶ仕組みだ。無論逆も然り。さぁ選ばせてやる。時間はあまりないぞ」
プレアは頭上に映し出された映像を確認した。
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ストラフはゆらりと立ち上がり、生かされた方の手で再びレイブレードを起動させた。最後まで抵抗するつもりだろうが、今の力をもってすれば、数秒で方を付ける事は難しくはない。だが、両方を救う道は完全に絶たれてしまった。一体どうすればいいのか、と逡巡したその時、須賀理の声が耳に届いた。
「自分の使命を優先しなきゃダメだよ! これは部長命令なのだ」
須賀理はプレアを見て勝気に笑っていた。身に置かれた状況を理解して、間違った選択をするなと、そう覚悟を決めた顔である。プレアはその意図を一発で見抜き、答えは最初から決まっていたことに気づかされる。
「そう、私はあの笑顔を救うために、ここにきた」
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――カシャン。
須賀理に嵌められていた首飾りが両断され、地面に落下して軽い音を立てた。レイブレードを一振りするだけの、プレアにとっては朝飯前の仕事だった。須賀理は首飾りの痕に触れながら、プレアに拗ねた目を向けてこう言った。
「もう、部長の言うことは絶対なのに……なんでこっち来ちゃったの?」
プレアがその仕草にクスッと笑い、首を左右に振りながらこう答える。
「恵子は私にとって、この銀河よりも価値のある宝物。つまり、ちゃんと言う通りにした」
須賀理は、はにかみながらプレアの胸に深く顔を埋め、こう言った。
「えへへ、バカな花ちゃん。後でどうなっても知らないよ? でも、ボクがずっと側にいてあげる」
プレアは、やはり自分の選択は間違っていなかったと、須賀理の背にそっと手を回した。
一方、ストラフの頭上に映し出されていた映像は、須賀理の首に付けられていた爆弾が破壊されると共に消滅していた。ノヴァ・ブラスト・ボムによる爆発が広範囲に及んだ証である。プレアは、ストラフの歓喜の声を耳にし、心安らぐ暇もなく、現実を突きつけられてしまう。
「まったく筋書き通りに動いてくれて助かる。愚か者め、貴様はエージェント失格だ。ともあれ、まずはこの長きに渡る復讐劇を極めて冷静に完遂した我自身を誉め讃えよう」
そうした中、プレアは頭の中でこの後について考え始めていた。
フリートス星に住む人々はどうなってしまったのだろう。自分の下した判断は正しかったと言い切れるが、幾億の命を天秤に掛けた罪は決して許されるものではない。天の川銀河を混沌に導いた超S級戦犯として責任を負わなければならない。残存する全ての生命が納得のいく形でけじめを取ろう。如何なる処罰を受けようが厭わない。
頭の中の整理がついたところで、誰かの手が肩に置かれたので後ろを振り向いた。プレアはその者を目に留め、その者が持つ力強さに
「久しぶりだな、ヴォルグ」
ストラフは、その声に反応して笑うのをやめ、肩越しに振り返った。そして、この場に存在し得ない者を目の当たりにして驚愕を露わにする。
「き、貴様……ッ。なぜ、ここに……」
その者は、短く刈り揃えられた金髪で、高貴な銀色の衣装を纏っていた。銀河警察総監にしてフリートス星の統治者、プレアの父親である。
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