せめて花ちゃんの盾になることくらい、ボクにだって!
「花ちゃん……」
青と黒の烈戦が開始して暫く経ってから、須賀理はプレアが早くも劣勢に立たされることを読み取り、心を痛めていた。今更ではあるが、自分が見聞した情報から、宇宙の平和が覆ろうとしている事を悟り、その渦中に自分がいる事を思い知る。
「紋様の力をもってしてもこの程度とは、全く恐れ入る」
ストラフの光刃を弾き返し、隙が生まれた腹部へ鋭い突きを見舞うが、寸前のところで躱され、逆に右太腿を抉られる。致命傷にはならなかったが、機動力を奪われる結果となった。紋様を両腕に象らせて戦ってもこの状況だ。ストラフの絶え間ない斬撃がプレアをジリジリと追い詰めていく。
「ボクが捕まったりしなければ、こんな事にならなかったのに……」
死闘を繰り広げる二人がやがて遠ざかり、扉を破壊して向こう側へと姿を消した。須賀理は静まり返った隔壁の中で我に返り、辺りを探りはじめる。入り口は最初から何もなかったように隙間が埋められていて、上にある通気口はジャンプしても届きそうもなかった。最早、やり場のない怒りを隔壁にぶつけることしか出来ず、鈍い音を何度も響かせるが、誰にも届くことはない。安まらぬ心の中に非運の影が忍び寄る。
「なんで肝心な時にいつもボクはこうなんだ! この結果は言うなら必然、これまでのボクの人生のツケ……なワケあるかぁ! この、この!」
その時だった。怨嗟で我を失った視界の端に、光る何かが落ちていることに気づいた。手を止めて拾い上げてみると、それは、かつて宇宙船が墜落した現場で手に入れた銀色の欠片であった。小さな小瓶の中で薄い虹色の光を放っている。
「そっか、ポッケに入れてたんだ。いつの間に落っことしちゃったんだろ……」
早速コルクの蓋を外して中身を手のひらに転げてみた。自身の境遇と重なり、思わず自虐的な笑みが漏れてしまう。人差し指でそっとそれに触れてみる。
「狭い所に閉じ込めちゃってゴメンねゴメンねー……て、んん?」
すると次の瞬間、その欠片が虹色に輝きながらある形へと変化した。小指の第一関節ほどの欠片が、お手頃サイズのハンマーに姿を変えたのである。その様子を目の当たりにして素直にこう解釈する。
「これでこの分厚い隔壁をぶっ壊せってことだよね未知の欠片ちゃん! よーし後はこの暗黒の破壊神ダークシュナイダー様に任せるのだ! とうっ!」
そしてそのハンマーを思いっきり振りかぶり壁に叩きつける。隔壁は依然として無傷を保っているが、手応えを覚えた。希望を胸に繰り返し同じ所を叩きつける。手応えは叩くたびに増していき、ついに隔壁に微小のヒビが入りはじめた。
「ヨシ、あともうちょっと! 先の見えなかった未来に希望と言う名の風穴をぶち開けてやるッ、うおりゃあ」
その時だった。
「なにひとりで盛り上がって騒いでンだ瓶底眼鏡。それっぽっちじゃ日が暮れても風穴なんか開きやしねーよ」
須賀理はハッとして手を止めた。隔壁越しに見えたのは、同級生の守田俊雄であった。上半身裸で、金髪を両サイドに結ったちいさな少女を背中に抱えている。須賀理は、感動の再開第二弾に口角を吊り上げそうになったが、無理とに堪え、わざとぶっきらぼうにこう言った。
「……フン、おっそ。てか、言うなって言ってるのにしつこいから後で血みどろになるまでこの子で殴りまーす」
「はあ? お前を助けるためにどれだけ時間食ったと思ってんだ」
「はいはい出た出たワロスワロス。どーせアレでしょ、地球の外に出るなんて俺は真っ平ごめんだーとか言って花ちゃんドン引きさせるほど困らせたんでしょ」
「なワケねーだろ! そもそもお前があの黒づくめにとっ捕まるからこうなったンだろ!」
喧嘩が長期化する恐れを感じたルチェアが止めに入る。
「お二人方、久闊を叙するのは後にされたし。俊雄、ひとまずこの御仁を外に」
守田はその言葉でやるべき事を思い出し、ルチェアを下ろして身構える。
「須賀理、危ねぇからそっから離れてろ」
須賀理が面食らった顔で言う通りにすると、守田は高く飛び上がり、右腕を竜人化させて隔離施設を縦に両断した。須賀理は目の前で起きた事にしばらく唖然としていたが、腕を爬虫類のように変化させた守田に近寄り、おっかなびっくりしながら彼の体を観察した。
「ははーん、あれほど頑なに部活入るの拒否ってたのはこういう事だったのかー、ふーん……ボクを甘くみるなよ、この嘘つきレプテリアンめ!」
「こーなると思ったぜ。めんどくせーから言わねぇけど、これでもお前と同じ地球人だっつの」
「いやいやいやいや誰が信じるねんそんな話。あほらしすぎて草も生えんわ。あ、さては地球を侵略するためにわざと凡人のフリしてボクに近づいてきた、そうでしょ?」
「嗚呼、なんで俺はあン時このバカの誘いに乗っちまったンだ……」
そこでルチェアが彼らの会話に割って入る。
「失礼ですが恵子殿、姉上を見かけませんでしたか?」
須賀理はその言葉を聞いて、このおさげの少女が何者であるかを直ぐに理解した。プレアにそっくりな髪と目の色を見て、瞳の奥に引っ込んでいた感情を表に出しかける。
「そっか、君は花ちゃんの妹……おめ目がお姉ちゃんとそっくりだね、ありがとう」
須賀理はそう言って膝を折り、涙ぐみながらルチェアを両手で抱きしめた。ルチェアはどうしていいのか分からず守田を見上げるが、守田は無言で頷くだけだったので、そのまま身を委ねることにした。しばらくして、須賀理がやるべき事を思い出したかのように立ち上がる。
「はっ、こんなことしてる場合じゃなかった! ボク行ってくる」
「は? 行くってどこに」
「もち花ちゃんのところ。今あの真っ黒クロ助と戦っててバチくそピンチ。それにさっきからすごく嫌な予感がしてて……だから援護に行く」
「ああ、プレアの事か。だったら俺も」
「あー、実はもういっこ宇宙レベルのヤバい事があって、ホラ見てあれ」
彼らは同時に須賀理が指し示した方を見た。モニターには、大きな時刻表示と、その背景に、銀河警察の宇宙船と所属不明の宇宙船の激しい戦闘が繰り広げられている映像が流れていた。画面に浮かび上がる数字が丁度5分を刻んだところである。
「簡単に説明すると、花ちゃん
状況を察したルチェアの表情に暗雲が立ち込める。
「状況は理解しました。ここは余がなんとか致しましょう。俊雄は恵子殿に随行を」
「うはーありがたいお言葉だねぇ、ほっぺたチュッてしてあげたい。だがそれも断る! モルダーは君の護衛係、だって怪我してるもん。花ちゃんはボクがなんとかするから任せて、じゃ、あとよろしくバイバイキーン!」
須賀理は急かしげにそう言って、二人の了解を待たずに背を向けて駆けていった。ルチェアがその後ろ姿を見ながらこう呟く。
「少し変わった御方のようですが、姉上がなぜ貴女をお慕いしているのかがよく理解できました。恵子殿、姉上を何卒お願いします」
そして帯を締め直すような顔つきでこう言った。
「さて、我々のする事は決まりました。今からこの船をハッキングします」
須賀理は制御室を駆け抜け、ただっ広い廊下に出た。レイブレードでやり合った爪痕が道標となり行く先を示している。全力疾走で、すぐに息が上がって苦しかったが、頭の中は友を想う気持ちでいっぱいだった。
「ボクが行っても何も出来ないことは分かってる。逆に足手纏いになちゃうかもしれない、けど……せめて花ちゃんの盾になることくらい、ボクにだって!」
山なりに開いた出入り口の先に、青と黒の閃きが見えた。きっとあそこだ。速度を落としていた足に鞭打ち、ラストスパートをかけた。そして、通路をくぐり抜けたところでようやく足を止めた。両膝に手をつき、荒くなった息を整えながら辺りの状況を確認した。上には天井がなく、下には底がない、円形状のただっ広い空間だった。四方から伸びた橋が中央部分で交差している。
その中心に彼らはいた。
プレアは背を向けて動きを止めていた。拮抗しているのだろうか、戦いは止まっているように見えた。次の瞬間、プレアの右手から、レイブレードが転がり落ちた。よく見ると、背中から、黝い刃が突き出ている。
嫌な予感が的中した。
戦いは止まっていたのではなく、終わっていたのである。
ストラフが須賀理に気づきこう言った。
「どうやって抜け出したのかは知らぬが、すでに終わった」
プレアは無慈悲に蹴り飛ばされ、賽のように床に転がって須賀理の足元でぐったりとして止まった。ストラフが胸からリモコンを取り出してボタンを押すと、何もない空間にエアリアルイメージが浮かび上がってきた。先ほど制御室で見たフリートス星近傍における戦闘のライブ中継である。
「終幕まで残り1分。そういう意味では間に合ったな、地球人よ。案ずるな、我と共に喜びを分かち終えたあと送ってやる。その女の魂が向かった元へ」
ストラフの高らかな笑い声が場内に響き渡るなか、須賀理は血の気を失った友の顔を見ながら、力なくその場にへたり込んだ。
目の前に置かれた状況を、受け止める事ができなかった。
さっきまで、元気だったのに。
さっき、話したばっかなのに。
「さっき、盾になるって言ったのに……」
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