やっと夢の中の、君を見つけたよ

 芳しくない戦況を尻目にプレアは広間を抜け、左手すぐに階段を見つけるや急ブレーキをかけて旋回し、全力で駆け上る。二十段で折り返しのある階段を登り切ったところで認証制御式扉に足止めを喰らったが、レイブレードで無理やりこじ開け再び全力疾走を開始した。


 通路は解放された鉄扉が無数に連なっていて、胴体がバラバラになったアンドロイド看守たちが所々に散在していた。おそらくここは収監区域である。数十メートル先の部屋から出てきた白い甲冑を着た兵士たちがプレアに気づいて銃を撃ってきた。光の弾丸をレイブレードで弾き飛ばしながら彼らに肉薄して一気に片を付ける。敵が落とした小銃を拾って再び走りはじめてから数分後、エレベーターロビーにたどり着いた。ボタンを押して中に入ると、昇降機が閉まり勝手に上昇を始めた。考えを整理するためにも小休止は必要と、このまま身を委ねることにした。息を整えるプレアの脳裏に須賀理の面影が浮かんできた。彼女の身を案じるたびに、胸が狂おしくなるほど締め付けられる。小銃を握る手に覚えた震えを力を込めてねじ伏せる。


 ――恵子、どうか無事でいて!


 しばらくすると体に重力が戻る感覚を覚えた。素早く昇降機の端に身を隠し、残弾を確認して臨戦態勢を整える。否が応でも、着いた先に銃を構えた無数の兵士を想像してしまう。祈りの言葉を呟きながら扉が開くのを待った。音もなく開かれた瞬間、銃把を肩に当て、引き金に添えた指に緊張を走らせながら一気に昇降機から踊り出た。


 ところが、最初に目に飛び込んできたのは、色取り取りの星が散りばめられた宇宙空間であった。徐々に目が暗闇に慣れてくると、ここが何かの制御室であることが分かってきた。静かで暗く人の気配が全くしないが、改めて銃を構え直し、上下左右の安全を素早い動作で確認する。


 そこであの声が聞こえた。


「プレ子?」


 絶対に聞き違えることのない声に反射的にそちらを見た。無機質な卓上操作盤の類が並ぶその先に、試験管を逆さまにしたような実験施設が設置されているのが見えた。その光り輝く試験管の中に、彼女は閉じ込められていた。首には見たこともない黒い首飾りをしているが、概ね、離れ離れになった時と同じ格好をしていたので安心した。


 一年前に再会を果たした日のことが脳裏に蘇る。何も知らない彼女を問答無用で抱きしめ、人目も憚らず滂沱したあの日のことが、いまだに頭から離れない。意味もわからず頭を優しくなぜてくれた手の温もりが、いまだに忘れられない。


 役目を終えた小銃が掌からこぼれ落ち、乾いた音を響かせる。ゆっくりと近づいていき、障壁さえなければ手が届くであろう範囲のところで足を止め、恐る恐る彼女と目を合わせた。


「恵子……」


 青い瞳を潤ませるプレアを見て須賀理は一瞬だけ戸惑うが、分厚い眼鏡のフレームを持ち上げながらニコリと笑い、彼女を元気づけるようにこう言った。


「ふふ、一年前のあの時みたいな顔してる。ちなみに、ボクはこの通り大丈夫だから安心したまえ、Xファイル部の部長を舐めてもらっちゃ困るのだプレ子捜査官(仮)。えっへん」


 実際には施設内部の光だが、プレアの目には須賀理から後光が差しているように見えていた。我を忘れ、幼子のように声をあげて泣き始めた。


「えぇ! ちょっと、ボク気に障ることでも言った?」


「覚えてくれてたのが、嬉しかった」


「えぇ……ちょっと大袈裟すぎない? ああ、そういえばペーペー捜査官のモルダーはどこ? てか来てるの? いや、来てくれてるよねあいつ?」


「下で戦ってる」


「あーはいはいはい、下でね、なるほどなるほど。ま、そりゃそうだよねー、だって下っ端部員は部長を助けに来るのが役目だもん。この非常事態にもし来てなかったら逆さ吊りにして十日しばきの刑に処すところ……て、えっ!? 戦ってるって誰と?」


「ワニおじさんたちと」


「やははっ、ちょw、なにその推しアニメ7話辺りのアゲアゲ展開ww。ガチの鰐人間相手にあの中坊ヤンキーがw? ムリムリw、ムリゲーすぎて課金装備でも敵うわけないww、草通り越して樹海まっしぐらwww、プレ子が冗談が言えるようになってて草……って何そのリアクションに乏しい顔。え、マ?」


「マジです。秘密兵器の役割を立派に果たしてる」


「秘密兵器? ボクの超高速ウルトラ集積回路でも全然状況が読めないけど、それって、男子三日会わざるばなんとやらってやつで強引に納得しちゃってもいい案件すかプレ子パイセン? まぁ来てるならいっか……あ、そだ」


 須賀理はボロボロになったプレアを見て、拉致される直前の出来事を思い出した。


「あの時さぁ、その、確かボクをかばって……怪我、しちゃったよね」


「もう治ったから平気」


「そっか、それを聞いて安心……て、いくら宇宙人でもそうはならんやろ! あれだけたくさんの血がびゅうびゅう流れたってのに、フツーの人間ならとっくの昔に死んで……あ、ごめん、こんな時にワロエナイこと言っちゃって失礼だよね……宇宙人、て」


 須賀理は少し間を空け、プレアの様子を伺い見ながらこのように付け足す。


「そもそも平気だからここにいるんだよね……と、とにかくゴメンね! プレ子が庇ってくんなきゃ今頃ボク死んでたかも。ありがとね」


 お互いが顔を赤らめてモジモジとしていたところ、取っ手付けたようにプレアがやるべき事を思い出し、数歩後退ってレイブレードに手をかけこう言った。


「恵子、少し離れて。今すぐここから出してあげる」


「あ、いや、実はそのことなんだけど……」


 そこに知った男の声が割って入る。


「水を差して悪いが、そこを離れるのは貴様だ」


 ――!


 プレアは己の浅はかさを呪いつつ、暗闇から浮かび上がるようにして現れた黒尽くめの甲冑の男から後方転回して間合いをとった。現れたのはもちろんこの男、天の川銀河で指名手配中のS級首、グレイ旅団総督のストラフである。


「万が一に備える行為は実に尊い。そうは思わんか……フリートス星第五二一代天皇が第一皇女、フォローラ内親王殿下」


 プレアが父や自分の身分まで知り得るこの男に更なる不信感を募らせる。


「……貴方は一体何者」


「おや、リエフから何も聞いてなかったのか?」


 プレアが言い返そうとしたその時、須賀理の口から思いがけない言葉が発せられる。


「え、うそ……今、って言ったよね……ひょっとして……花ちゃん、なの?」


 ――ッ!


 プレアはその言葉を向けれた瞬間、これまでにない驚愕を覚えた。その呼び名は、須賀理以外、誰もプレアに向けたことのない呼び名であったからだ。つまり……。


「け、恵子、まさか……」


 須賀理がプレアの動揺する姿を見て確信を覚える。


「やっぱりそうなんだ……。星を象徴する青い花の名前、それが私の名前だって、花ちゃんそう教えてくれたよね……ぜんぶ、思い出しちゃった……」


 たったひとつの固有名詞を聞いたのが切っ掛けに、須賀理の中で眠っていた記憶が目覚めの時を迎えたのだ。そして須賀理は、微笑みながら涙した。


「やっと夢の中の、君を見つけたよ」



『ホローラって言いにくいから花ちゃんって呼んでもいい?』

『うん』

『じゃあ決まり! ボクは恵子。地球へようこそ花ちゃん』



 出会って直ぐに打ち解けることが出来た。

 何者かも分からない私を受け入れてくれた。


 ――恵子の失われたはずの記憶が、


「秘密基地で朝から晩まで遊んだよね。鬼ごっこも、七並べもした。お人形ごっこや菜の花でティアラも作った。おうちに泊まりにも来てくれたし、一緒にお風呂にも入った。宇宙船にも乗せてくれて、月の内側にも連れてってくれた……全部、昨日の事のように覚えてる。毎日が冒険みたいで、楽しかった」


 ――私の名を切っ掛けに、


「今思えば、お別れする時も、花ちゃん今日みたいに、ギャン泣きして大変だった。あの時は、ボクも人のことが言えないくらい泣いちゃったけど」


 ――蘇ってしまった。


「また会おうねって先に言ったのボクなのに……指切りまでしたのに、なんで今までこんな大事なこと忘れてたんだろ……ッ。何も知らずに、ずっと宇宙人宇宙人って、花ちゃんに辛くあたって……来る日も来る日も、連れなくして……ごめんね、花ちゃん……すぐに思い出せなくて、ごめんね……」


 プレアは試験管越しに涙する須賀理を見て、再び瞳を湿らせた。


「涙脆いのは親譲りか。エージェントはどんな時でも私情を挟むなと学んだのではないのか?」


 プレアは現実に引き戻されたことに嫌悪感を覚えるが、須賀理を助ける前にこの男の行動を封じなければならない、と気を引き締め直し、冷徹な目でストラフを睨みつける。


「ほぅ、無礼だがなかなか良い目をしている。ではその小癪な目でこの状況も冷静に見るがいい」


 ストラフはそう言って、宇宙に面したガラス窓にある映像を浮かび上がらせた。フリートス星近傍に出撃させた艦隊と、銀河警察の艦隊が激しい戦闘を繰り広げているライブ映像である。そして、その映像に重なる形で巨大な数値が浮かび上がり、カウントダウンが開始された。それが何を意味するのかは見当もつかないが、残り時間が15分であることを容易に示している。


「ククク……この中の一隻に、星ひとつを一瞬で粉々に破壊する爆弾を仕掛けてある。貴様も知っているだろう。かの大戦に使用されたあと、あまりの破壊力さゆえ禁忌となり封印された古代兵器。星の寿命を一気に加速させ、超新星のごとき爆発させるノヴァ・ブラスト・ボムだ」


「貴方はそれがここにある事を初めから知って……ッ」


「フッ、そんなことより重要なのは、その爆発を止める術があるかどうかだ。違うか?」


 ストラフはそう言って、手のひらサイズの爆弾制御器をプレアに見せつけた後、それをマント裏に隠し、腰からレイブレードを抜いてあおぐろい刀身を出現させた。隔離部屋から漏れる光に照らしだされた傷だらけの額に不気味な紋様が象りはじめる。


「銀河秩序崩壊まで残り14分だ。星の人間どもがこの世から消え逝く様を拝ませてやる」


 ストラフが地を蹴り、プレアの頭蓋を狙って初撃を振り放つ。

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