終章 エイリアン・アブダクション 〜宇宙人からの挑戦状〜
宇宙人は記憶を消すのが得意だもん
4月11日午前1時12分
Xファイル部室内
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昨夜の午後七時頃に時坂駐屯地を訪れた際、我々は奇妙な事件に遭遇した。現地から10キロ以上離れた場所で、6時間後に意識が戻るといった、実に不可解な体験をしたのである。本官はこの件を、エイリアンによる誘拐事件と結論づけたが、助手のモルダー捜査官は、科学的根拠がないことを理由に、その結論に同意しない。
それに加えて本日、クラス内においても、昨日までいた隣の席の人物が前触れもなく転校するといった異常事態が発生した。本官の記憶では、彼女はたしか金髪の外国人だったはずだが、不思議なことに皆が口を揃えて、黒髪で日本人だと言うのである。いま思えば、その人物は不審な点が多かった。一年間ずっと隣の席で、いつも監視されていたような気がするし、夜な夜な出歩いているという噂も耳にしていた。
そのことから分析すると、彼女は昨晩の件と深い繋がりがあり、我々は彼女に誘拐されて記憶を消されたのだと考えられる。つまり、彼女は地球外知的生命体で、どこかの機関から任務を言い渡されて、この学校に潜入して調査活動を行っていたのだ。きっとピンチだった地球を救って故郷の星へと帰還する途中、ばったりと我々に出くわしてしまったのだ。記憶が曖昧なのはそのためである。と考えるのが最も腑に落ちる推論であるが、残念ながらモルダー捜査官が指摘するとおり、その仮説を裏付ける確固たる証拠はなく、真実の域には程遠いといえる。
以上が今事件の見解であり、失ったキーホルダーの行方と諸々の結論を保留したまま、本件ファイルX135の調査を一旦終了とする。
Xファイル部部長 須賀理恵子
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須賀理は作成した報告書に満足した様子でパイプ椅子の背にもたれこみ、大胆に足を組み直して大きく一回背伸びした。
須賀理の日常は、僅かな引っかかりを心に残し、地続きで代わり映えのない日常へと戻っていた。だからといって落胆はしていない。薄らと残る幼い頃の記憶を頼りに、次なる真実を探し求めるのだ。彼女はこうして今まで活動してきたのである。
頭の中で報告書の内容を反芻していたら、思わずこんな言葉が口から漏れた。
「うちのクラスの金髪美女は、ミルキーウェイの指折りSPY……だったのかも。……いや、きっとそう。だって宇宙人は地球のピンチを救ってくれるって昔から決まってるもん。やはは、なんつって」
想像を膨らませてバカ笑いするところは今に始まった事ではないが、昔を知らない人間がそれを見たら多分こう言うのだろう。
「なにひとりでブツクサ言って笑いこけてんだ気持ち悪ぃな。てかお前その体勢パンツ丸見えだぞ?」
須賀理は顔を真っ赤にしながら無防備な姿を慌てて正し、その姿を見て嘲弄の限りを尽くしてくる守田に、悔し紛れの反撃を仕掛ける。
「ちち、遅刻とは何事かモルダー捜査官! ホームルームが終わったら即刻集合って部則をもう忘れたのか!」
「へっ、暇だから来てやってんのに、感謝されこそすれ非難される覚えはねえ。で、大股おっ開けてなにやってたんだよ瓶底」
「瓶底呼ばわりすんなって何度言えば分かるこのクソボケが……フン、報告書。昨日の件についてまとめてたの」
「どれ、チェックしてやっからちょっと見せろ」
「わ、ちょっと勝手に見るなー」
守田は有無を聞かずにラップトップを反転させ、開いたままになっていたテキストにザッと目を走らせた。予想通りの文章が書かれている事に笑いを禁じ得ないでいる。
「……クク、性懲りも無くETに記憶消されたってまだ言ってんのかよ。ほんと救い難ぇ頭してんなお前は」
須賀理がラップトップを強引に閉じる。
「そうとしか考えられないからそう書いたの! 君だって昨日のことは説明できないって言ってたし!」
「フン、たしかに説明はできねーが、お前のET来訪説にはでっけぇ穴がある。考えてみろ、何万光年離れた先の星から宇宙船に乗って地球に到達するまでどれほど膨大なエネルギーと
須賀理が守田に痛いところを突かれて勢いを落とす。
「ぼ、ボクらだって過去の文明とか歴史に興味あるじゃん。宇宙人だって、きっと古い文明に興味が……」
「じゃあその過去の人間たちが何をしてきたか知ってるよな? 見知らぬ土地を自分たちの都合で奪いあい、今やそれが月にまで及んでる。この意味わかるよな」
「うっ、宇宙人はそんなこと絶対しないし。だって、ボクの隣だった子は……とってもやさしくて……美人だったもん。それに……」
須賀理の脳裏に今は無きクラスメイトの面影が浮かび上がってきた。一年も一緒にいたのに、なぜ名前も顔も思い出せないのだろう。
薄らとした思い出が断片的に蘇る。
落とした消しゴムを拾ってくれた。
やさしく、笑ってくれた。
甘酸っぱい唾液が込み上げてくる。
視界がゆらゆらと滲みはじめる。
「宇宙人は記憶を消すのが、得意だもん……」
守田は須賀理の気落ちした様子を見て、言い過ぎた自分に舌打ち頭をかきながら、どう宥めるかを考えていたところ、ある事を思い出した。突然ズボンのポケットを
「あ、そーだ思い出した。おい瓶底メガネ、これ何だかわかるか?」
守田がそう言って手のひらに転がせて見せたのは、縦横2センチ程の六面ダイスに似た銀色の物体であった。狭い部室の窓から差し込む光を反射して、綺麗に輝いている。
須賀理は、さっそく守田の手からそれを奪い取り、目の前にかざして観察を開始した。
「何これ? すごくきれい」
守田は、須賀理の気を反らせたことに胸を撫で下ろし、その物体を手に入れた経緯について軽く説明した。
「昨日
須賀理が守田の話をそっちのけで物体に目を近づけ、中を覗き込みながらブツブツと呟いた。
「ふーん……まずはフォトンドライブの作り方についてだって。地球にあるもので代用できるから心配いらないってさ」
「は? なにトチ狂ったこと言ってンだ。そんなの何処に書いてあンだよ」
「この中にそう書いてあるから読んでるだけだし」
「出任せ言って揶揄おうってのか? ちょっと貸してみろ」
守田は奪い返したそれを、須賀理がしたのと同じように片目で覗きこんだ。彼女の証言通り、確かに文字が書き込まれていた。しかもどういう訳か、この物体に目を当てると、仮想空間の中に入り込めるようになっていた。
「なんだこりゃ……」
その中は銀色の空間で、何もない空中の上下左右に幾何学的な文字がびっしりと書かれており、しかも何かしらの図面まで描かれていた。しかし、それよりも驚愕すべき事は他にあった。
「お、お前……、この文字読めんのかよ?」
「文字? え、もっかい見せて……わーほんとだあ! 頭の中で勝手に理解できちゃう。天才ってことは自覚してたけど、まさかボクのCPUがこれほど高スペックだったなんて知らなかった、ボクの頭脳はボクの想像を遥かに超える代物だったのか……あ、わかった! やっぱり宇宙人に
守田は、諸手を挙げて喜ぶ須賀理に、すげなくこう否定した。
「フン、なわけねーだろ。冷静に考えりゃ、こんな土産モン外国行きゃあ何処でも売ってンじゃねーか。それっぽいこと言って俺を騙そうったってそうはいかねーぞ」
「この完成図……そうか、これ宇宙船の設計図だッ! そっか、これはきっと宇宙人からの挑戦状だ。会いたければこれに乗って来いってことなんだ……」
「チッ、何でお前は片っ端からソッチの方向に結びつけたがるんだよ。勝手に妄想を膨らませンじゃねえ」
須賀理はその物体を机の上に置き、残念そうな表情で守田にこう言った。
「フッ……まさに、上等な料理にハチミツをぶちまけるが如き思想」
「はぁ?」
「Xファイル部部長として断言してあげる、こんなの世界中の何処探したって売ってない。つまりこれは、紛れもなく、この地球上では科学的に説明が不可能な未知の物体ということ。朝起きた時、これくれたおじさん居た? ある少女から託されたってなに? まさか恋人いない歴イコール年齢の童貞男子に貢ぐロリ奴隷の知り合いがいるわけないよね。自分の目の前で起こった事実すら、非科学的を盾に捻じ曲げるつもりなの?」
「そ、そうじゃねぇ……けど」
「けど? まだボクの言ったことが理解できないの……いや、どうやらこれ以上は言っても無駄なようだね。まぁ、君とボクとでは考え方がまるっきり違うからね、意見の対立はこれからも避けられない、か。あーあ、やっぱりボクたちって相性最悪なのかな……仕方ない、君の意見を尊重しよう。君はたった今から自由の身だ、好きな所に行きたまえ」
「好きな所に行けってどういう意味だよ……?」
須賀理は大袈裟な仕草でため息をつき、
「だって意見合わないし、辞めるならお好きにどーぞってこと。そりゃちょっとは寂しくなるけど、まー今までひとりでやってきたし、意外と簡単に作れそうだったし、マッチングアプリで一緒に作ってくれる人探すし」
と、少しいじけた表情で守田にそう言った。守田は須賀理のその仕草を見て心苦しくなり、やがて根負けしたように舌打ち、こう言った。
「生憎だが、部長のお前がそんなブッとんだ仮説をおっ立てたからには、それを科学的に否定するのが部員である俺の役目だ。ま、途中で飽きてほっぽり出すのが先か、ネットでインチキ土産って広まるのが先かの違いだ。しゃーねーからそれまでは付き合ってやるよ、どーせ暇だしな」
「ふーん……あ、俺も宇宙船に乗りたいって顔に書いてあるー! やはは、漫画に出てくるツンデレヤンキーみたいになってて草」
「お前と一緒にすんな! で、何から始める」
「うーんとね……」
須賀理が天井を見て思考を巡らそうとしたところで部室の扉が勢いよく開かれる。
「恵子たいへん! 登山部の男子どもが裏山で毛むくじゃらの大男を見たってグランドで騒いでる! 一緒に見にいこ!」
そのように捲し立てたのは、須賀理の知人と思われる女子生徒であった。部活内容を把握しているのか、事件の真否を確かめるために同行を求めにやってきたのだ。
守田は、机の上にある銀色の物体を指で刺し、こう言った。
「で、このちっこいのはどうすンだよ」
須賀理はそれを制服のポケットにねじ込んで立ち上がり、メガネをクイッと持ち上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「もち同時進行。もぅ待つのはくたびれたから今度はこっちから会いに行く! 見てろー、宇宙人も毛むくじゃらの大男もこの目で確かめてやる、最早敵なしボクしか絶対勝たん! やーはっはっは」
「うおお、なんか強烈な面倒感が襲いかかってきた。やっぱ俺この部活やめ……」
須賀理は部室を出ようとした守田の制服の襟首を後ろからひっつかみ、
「まずは時坂デビルから! よし行くぞXファイル部! ボクにしっかりとついてきたまえモルダー捜査官!」
そのまま廊下を出て守田を引きずりながら走り出す。
「ちょ、待てスガリー! って俺をその名で呼ぶんじゃねぇ!」
おしまい☆
うちのクラスの金髪美女はミルキーウェイの指折りSPY ユメしばい @73689367
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