旅団が地球人と関わりをもっている事を特定できた瞬間

 最初に穴の中に入ると決めたのはもちろん守田だった。岩壁によじ登って穴の縁に腰掛け、スマホライトを稼働状態にして制服の胸ポケットにしまう。絶対押すなよと須賀理にだけ念を押し、足場になる岩を足で探りながら恐々と最初の一歩を踏み出した。


 穴の中は古い石の匂いに満ちていた。下から排出される水蒸気のせいか所々苔むしており、いくら斜め下に伸びているとはいえ気を抜くことはできない。足の爪先、岩を握る爪に一層の力を込めて降りていく。


 分かり切ってはいたが時折こまかい石や砂が頭の上に落ちてくる。気にならない程度だったので無視していたのだが、ついに痛みが自覚できるほどのものが落ちてきた。見上げると、すぐさまハイカットの厚底スニーカーの鉄槌が下った。


「いてっ、何すンだよ!」


「隙をみて覗こうとする根性が気に食わん!」


「石が落ちてくンだからしょうがねえだろ!」


「でたでた見え透いた言い訳。そんなに見たいんならプレ子のだったら許してあげる」


「え!?」


 須賀理の横暴的発言に当事者たちの声が岩壁に響いた。守田が馬鹿正直に尋ねる。


「プレア、いいのか……?」


「だ、だめに決まってるし!」


「やはは、プレ子がかまととぶってる。どれどれ、モルダーの代わりにボクが股上デルタを確認してあげよう……げ、なんだ白じゃん。銀色だと思ってたのに」


 銀色の下着を履いていたら間違いなく宇宙人と疑われていた。とプレアは一瞬思ったがそれどころではなかった。彼女は須賀理の視線を真下に感じ、嬉しさと恥ずかしさが入り混ざったゾクゾク感に悶絶しかけている。


 守田は二人の下着姿を妄想し、興奮のあまり見上げようとして再び須賀理に足裏の一撃を落とされる。


「この童貞がハネッ返りおって、見るなって言ってんじゃん!」


「プレアのだったらいいって言ったのオメーだろ!」


 そんなやり取りを続けながらも、一行は次の足場を必死で探し、暗くて細長い洞穴の中を慎重に降りていく。かなり時間を要したので距離も長く感じたが実際は30メートルほどの距離であった。守田は足場がなくなったことを足先で感じ取り、胸ポケットから器用にスマホを取り出して底を照らしてみた。穴を抜けたところに地面が見えた。


「オイ、出口だ。先に降りるからちょっと待ってろ」


 そう言って一気に飛び降りる。

 守田は地に足がついたことにひとまず安心して、スマホを使って辺りを確認した。どうやら降り立った場所は突き当たりで、一方向に長い横穴が伸びている。天井は低いが腰を折ればこの先に進めそうだ。守田はそこまで確認したのち、律儀にも上を向かずに穴の真下に立ち、肩を足場にして降りてくるよう彼女たちに指示を出した。降りてくるのを順に助け、一行はその場に座り込んで息を整える。そして微かに流れてくる風を肌で感じて立ち上がり、吹いてくる方角に向かって岩壁伝いに歩きはじめた。出口を示す明かりは割とすぐに見えてきた。光が大きくなり自前の光がいらなくなる。そして行き着いた先で足を止めた。出口に到達したのである。


 一行は眼下に広がる景色を見て言葉をなくしていた。切り立つ断崖に横一列に並んで身を乗り出し、視界いっぱいに広がる絶景を見て圧倒されたのだ。


 闇を払拭する無数の暖色系のライト。複雑に絡み合う銀色のパイプや梯子類。ブリキできたような巨大な尖塔と円筒形状の無機質な建造物。まるで工場の一角を目にしているようである。一際目立っていた建造物に幾何学的文字で何かが刻まれている。


「はい、あれなんて書いてあるのか読める人」


「ありゃたしかインド語だ。ようこそ私たちの工場へとか書いてあるんじゃねーの?」


「予想通りの答えをどうもありがとう。て、歓待するならわざわざ地下に作らんでしょうが! は〜ぁ、一端の捜査官として機能するまでにどれくらいの時間が掛かることやら……で、プレ子わかる?」


「……わからないけど、何かの名詞だと思う」


「まぁ、読めなくて当然だよね……だってあれ、明らかに地球外の言語だもん」


 プレアはそれ以上何も言わなかったが、もちろん知っていた。


 あれは、天の川銀河共通言語の銀河文字である。


 この星の原始的な文字とは違い、配列の仕方や使い方によって意味や情報量を調整できる仕組みになっている。書かれている文字をこの星の言語で訳すとこうなる。


 グレイ旅団。


 プレアが胸に置いていた手を握りしめる。探し求めていた組織の地球人との関わりを示す決定的証拠を遂に掴んだのだ。


 ――やっと見つけた。彼らの企みが一体何なのか、一刻も早くそれを突き止めねばならない。

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