ファイルナンバーX136宇宙人をつかまえろ
「おいプレア! 上にあがンなくていいのか?」
「この船の構造だと出口はきっと下! 騙ってついてきて」
「船ってお前なに言って……チッ、どうかなっても知らねぇぞ」
プレアの観察眼は並ではない。内部の構造から導きだした結果、この施設が宇宙船であることに気づいたのだ。須賀理は心ここにあらずといった状態で走りながら見る物すべてに反応しては短い感嘆詞を発している。迫りくる無数の足音を背に一行は三階下まで一気に駆け下りる。通路に出て再びまっすぐ走り、プレアが急に進路を変えたのでふたりは慌ててブレーキをかけた。脇道に引き返すとプレアは扉の前に立っており、ちぎっては投げといった具合で認証機にカードを通していた。5枚目でようやく合図音が鳴り扉が自動的に開いた。
プレアはぬるりと中に入ってふたりを招き入れ、入口横に設置されていたパネルを操作して扉を閉め開錠権限のアルゴリズムをランダムに設定した。須賀理と守田はその場にへたりこみ、吹き出る汗を拭いながら荒くなった息を整えている。プレアは非常灯の下でひとり立ちつくしたままこれからのことを考えている。
薄暗い部屋のなか守田は捨てられたグレーのカードを見つめながらこう思う。
――このカードはプレアが先ほど倒した兵士からくすねた物だ。それにしても手際が良すぎる。じいやに教えてもらったレベルの話にまるで説得力が足りてねぇ。
「プレア、お前やっぱなんか隠してんだろ」
プレアは視線を落として唇を噛みしめた。ところが守田は、そんなプレアのしんみりとした態度を見て罪悪感を覚えたのか、たちまち話題を切り替えようとした。
「あーわかった答えなくていい。けど俺たちもう部活仲間なんだからよ、悩み事とかあんならもっと頼ってくれてもいいと思うぜ? なんだかお前見てっとひとりで何か背負いこんでるように見えっからよ。あ、ロシア人ってみんなそうなのか?」
プレアはその言葉に動揺した。地球人にまさかそんなことを言われるとは思わなかったからである。プレアは真剣に打ち明けるかどうか頭を悩ませた。銀河法では原則として地球人との接触は禁じられているが、法を犯してでもこの二人には理解してもらいたいという気持ちが上回った。
――出会ってまだ間もないけれど、恵子を通して生まれた繋がりに強い絆を感じる。
プレアには人間の友達と呼べる存在がいなかった。知られてはいけない身分を持つが故に、そのような存在を作ることを禁じられていたためだ。
プレアは心を決めて振り返り、守田にゆっくりと語りはじめる。
「俊雄、あのね……」
「お、おう……そっか、ようやく話す気になってくれンだな。安心しろ、準備は出来てるぜ。ドンとかかって来い」
「じ、実は私……」
守田は、告白しようとするプレアに期待を寄せ生唾を飲み下した。プレアも同じように喉を揺らし、こう言おうとした。
「……う」
「ねーこれ見てこれーッ! ホラこれー早くこれこれこれ!」
須賀理の声が二人の会話を切り裂き、薄暗くただっ広い空間に響き渡った。仲間が初めて内情を明かす機会を台無しにされた守田は腹を立てた。
「何でいいとこで邪魔しやがンだよお前は! ガキはガキらしくその辺のおもちゃでおとなしく遊んで……て、おい大丈夫かプレア」
プレアは屈んで頭をさすっていた。須賀理の一声に操作パネルで頭をぶつけたのだ。
――おかげで目が覚めた。銀河法は絶対。一時の気の迷いで破れる代物ではないのだ。
「さ、バカはほっといて再トライと行こうぜ。なぁに細けぇことは気にすンな、遠慮なく続きを言ってくれ。で「う」の次はなんだ?」
「恵子が呼んでる。行かなきゃ」
須賀理のほうへ駆け出すプレアを見て守田は「あいつのせいだ」と一言ぼやいて彼女に続き、須賀理のそばで一緒にそれを見た。縦長で丸みを帯びたガラスの箱が置いてあった。
水槽だ。
縦5メートル横2メートルほどのその水槽は緑色の液体に満たされており、問題なのはそれひとつではなく後ろにも横にもこの部屋の奥深くまで連なっていることである。
須賀理は、水槽の中から放たれる緑色の光を浴びながら子供のように張り付いてそれを見ていた。中には人の形をした何かがいた。生命を維持させるものと思われる細いチューブのようなものが、四肢に取り付けられている。
守田はガラスに映った須賀理のうれしそうな表情を見て、次に出てくる言葉を安易に予測した。
「ででん! ファイルナンバーX136宇宙人をつかまえろ! 見たまえモルダー捜査官、我々はとうとう未知との遭遇を果たしたのだ。地球外知的生命体を捕まえる事に成功したのである!」
「いや、捕まえてねぇだろ。てか、ワニおじさんがそれ聞いたら悲しむぞ」
須賀理は誇らしげな素振りを交えながら守田にこう言った。
「フフン、これで賭けはボクの勝ちだ。さぁ今から全裸になってびっくりするほどユートピアって踊ってもらおうかしら」
「はぁ!? そんな約束してねーだろうが! そもそもまだそうと決まったわけじゃ――」
「報告を聞いて疑ったが、確かに子供だ」
――!
突如として会話に割り込んできた男の声に彼らは一斉に目を向けた。通路の中央にいつの間にかひとりの仮装した男が立っていた。その男は背が高く、全身黒づくめの甲冑とマントを身に纏い呼吸音が聞こえてきそうな仮面を被っていた。
須賀理は口には出さなかったがダースベーダーだと思い、守田は口に出さなかった須賀理を内心褒めつつダースベーダーのコスプレとか正気かと思っている。突き詰めればまったく違うのだが、想像通りと言っても差し支えない格好をしていた。
渇いた声のこの男こそ、グレイ旅団最後の生き残りであり、今回の黒幕である。
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