もう一度その子に会うのが、ボクの夢
「墓場と知ってなぜここへ来た? 理由次第では楽に殺してやる」
黒ずくめの男から威圧的にそう問われるが、物怖じせず口火を切ったのは勿論この女、Xファイル部代表の須賀理である。
「ボクの夢は、ふたたび宇宙人と出会うこと」
「……ほう、過去に会ったことがあるといった口振りだな」
「ちっちゃい頃に一度だけね。それに何度も同じ夢を見るの、宇宙人の女の子と一緒にお花遊びをする夢を」
プレアは驚きを隠せなかった。
――記憶を消したはずなのに、なぜ。
黒ずくめの男が更に問い詰める。
「夢でないとなぜ言い切れる」
「記憶だって気づいたから。だってすっごく懐かしく感じるし、最近になって色々と思い出せるようになったから。それに、宇宙人は記憶を消すのが得意……でしょ?」
――今でも全然得意じゃない。恵子の記憶が蘇ろうとしている。
「だから、もう一度その子に会うのが、ボクの夢」
――恵子、私はここにいるよ。
「ボクはその子に会ってまた、沢山お話がしたい」
プレアの頬に一粒の涙が零れ落ちる。
――こんなに側にいるのに、打ち明けることはできない。
――こんなに側にいるのに、二人の距離は縮まることはない。
――けど、恵子は私の面影を思い出してくれた。
――恵子と一緒にいられるだけで、私は幸せだ。
守田は隣のプレアが泣いていることに気づいていたが、須賀理の言動とそれが一致していることには気づかなかった。少女が美しく泣いている姿に、ただ見惚れているだけであった。
「ならば、夢はここで潰えるということか。ククク、貴様ら猿人にとっては十分過ぎるオチだ。さて、夢の続きを語れる場所へ送ってやろう」
黒ずくめの男はそう言いながら、腰からおもちゃのような拳銃を取り出して須賀理に向けた。須賀理もすかさず同じようにして、拳銃に模した手を男の方に向けてこう言った。
「それはそうとおじさん、さっきから後ろにいる女のひとって誰?」
男は銃口を下ろし後ろを振り返る。そこで、
「みんな逃ぃげろおおおおおおッ!」
二人は言われるまでもなく、須賀理が男を振り返えらせた時点で走り出していた。黒ずくめの男は冷静に向き直り、ぐんぐんと遠ざかっていく彼らに向けて引き金を絞り、赤光を帯びた弾丸を発射した。
「フン、猿の分際しては小聡い。なら、ラストダンスを踊らせてやる」
一行は弾道から外れるよう、勘だけを頼りに蛇行しながら出口の方角に向かってひたすら突っ走った。逃げる彼らを追い越す弾丸が、前方の扉や壁に突き刺さり、溶けた弾痕が残されていく。
「ククク、興が乗ってきた。さぁ、もっと踊れ」
黒ずくめの男は、彼らとは正反対にゆっくりと歩を進めながら獲物を追い詰めていった。攻撃から逃れていた一行は、出口まで50メートルの距離に差し掛かっていた。しかし事はそう上手く運ばなかった。須賀理が敵との距離を確かめようと肩越しに振り返ったそのとき、赤光が目前に迫ってくるのが見えた。
単なる人間では絶対回避不可能な距離と速度。まさに、座して死を待つが如く、絶命的状況。
だがその時――、
「危ない!」
と、プレアがいち早く気づき、須賀理を庇って将棋倒しのように床に崩れ、凶弾を回避した。間一髪のところで窮地を脱することに成功したのである。守田は足を止め、安否を確かめるために折り重なっている彼女たちに近づこうとした。
「おい、大丈夫か? ――ッ!」
だが守田はそこで、一番見てはならないものを見てしまい、絶句した。
プレアの制服の左肩部分が激しく破損しており、そこから昇る煙と、白い肌と、肉の焼けたような臭いと――、
「いてて……」
須賀理は頭をさすりながら目を開けると、プレアの顔が真上にあったので少し驚いた。プレアが苦痛に顔を歪めながら、外敵から我が子を守る獣のように両腕を踏ん張り、自分に覆いかぶさっていたのだ。
「あ、ありがとプレ子。その、怪我してない? 大丈夫……ッ!」
そして須賀理もそれを見た。
破れた制服の隙間から見えたものは、白肌の傷口から流れる青い血液であった。プレアの口の端から漏れた一滴の血が、須賀理の瓶底レンズを青に染めた。
「青……。な、なんで……青いの……?」
守田は硬直したまま、プレアの風貌を眺めていた。プレアがあまりの痛みに体勢を崩しかける。
「クッ……」
「痛いの……? ダメ、動いちゃダメ! えっと何か縛るもの……」
プレアは悲痛に歪む須賀理の顔を見て、強張った表情を出来る限り和らげるように努めた。
――やっぱり、恵子はやさしい。
「だい、じょうぶ、だから……」
「全然大丈夫じゃない! だっていっぱい血が――、」
そこでプレアはなぜか、須賀理の反論から逃れるようにガバッと起き上がり、彼女を背中で庇うようにして片膝をついた。
「ほう、素晴らしい反応速度だ。それにその血液。貴様、この星の者ではないな」
黒ずくめの男はいつの間にか一行の3メートルほど先にまで間合いを詰めていた。プレアは男を警戒したまま制服のポケットから白い布切れのようなものを取り出し、口と右手を使って素早く左腕に巻き付けた。布の表面に早くも青色が滲み出している。
プレアは黒ずくめの男から脳天をロックオンされていた。仮に発射されても躱わすことは可能であるが、それだと須賀理に被害が及ぶことは必至だ。プレアは決断を迫られていた。
だが、
――もう、迷ってなんかいられない。
「けいこ」
「……な、なに?」
須賀理とのこれまでの思い出が、プレアの頭の中に駆け巡る。
一年前、転入生として時坂中学に配属された時、須賀理を抱きしめて大声で泣いた。授業中に床に落とした消しゴムを拾ってあげたら喜んでくれた。
――いけずな事もされたけど、私にとって恵子とのすべての思い出は、値千金の宝物。
それを、このような惨劇で終わらせてなるものか!
「今まで黙ってて……ごめん」
プレアはそう言って、背中に右手を突っ込み、ある物を取り出した。
一本の懐中電灯。
二人の目にはそう映ったに違いない。軽く握りしめたそれのボタンの位置を指で確かめる。
――まだ仮入部だけど……。恵子たちは、私の大切な、部活仲間!
プレアは唇を固く噛みしめ、瞳に決意の炎を宿らせながらこう叫ぶ。
「貴方たちは、ぜったい私がッ、守ってみせる!」
そしてスイッチを押した。
すると――、
その機器の先から青白い光が迸り、電流が局所に固まるようなものすごい音と共にプレアデスブルーの刀身が象られていった。
須賀理と守田はその現場を目の当たりにして、文字通り驚愕した。二人にとって、人生で最も衝撃を受けた瞬間である。
ただの懐中電灯ではなかった。
光の剣を形成させる懐中電灯である。
その剣の放つやわらかい光に身を焼かれながら、プレアは後ろを振り返らずにこう言った。
「俊雄、恵子をお願い」
「あ、ああ……」
淡い青の燐光を放つその刃の名は、レイブレード。
それは、プレアがもっとも得意とする武器であり、悪意をことごとく打ち砕いてきた光の刃である。
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