冗談は顔だけにしてクレメンス
突如としてサイレンが鳴りはじめた。その兵士は動くと撃つという目つきで銃を構えた。一行は逃げる術もなくその場に立ち尽くし、5分とかからずに大勢に取り囲まれるかたちとなった。その中から指揮官らしき面構えの男が現れ、一行に鋭く問い詰める。
「どうやってここに侵入した」
須賀理があらかじめ用意していたような台詞でこう答える。
「学校帰りに散歩してたらいつの間にかこんな所に来ちゃって……テヘ」
軍帽を目深に被る男のこめかみにピクリと蠢くものがあった。守田はその機微を敏感に感じ取り、最後のはにかみは余計だと心の中で須賀理を糾弾した。プレアは男のただならぬ気配に違和感を覚え静かに臨戦態勢を整える。
「鞄の中身を調べろ」
その命令に反応したひとりの兵士が無言で須賀理からリュックを奪い中身を漁りはじめた。マグライト、十徳ナイフ、と色々出てきたが、兵士はデジカメを取り出すや否やすぐさま中身を確認して指揮官に報告した。
「そうか、諸君らが昨日取り逃がした地球人か」
「あれあれ? おじさん、その言い方だとボクらだけが地球人みたいに聞こえるけど気のせい?」
男はデジカメにあった視線を須賀理に移し兵士たちに命令した。
「捕らえろ」
兵士たちは迅速に取り掛かり、一行それぞれの手を後ろに回して手錠を掛けた。須賀理は動揺した素振りもみせず、まるでこうなることを望んでいたかのように反抗的な笑みを浮かべてこう言った。
「肯定も否定もしないってことは認めたってことだよね。昨日捕まえた系外星人もここにいるんでしょ?」
その問いかけに指揮官の男は須賀理に顔を近づけ、横に一回まばたきをしてこう言った。
「どこまで知っているのか、中で詳しく訊かせてもらおう」
男はすでに人間の目をしていなかった。琥珀色の眼球の中に特徴的な黒い瞳孔が縦長に刻まれている。禍々しいワニのような目だ。
かくして一行は施設の中へと連行された。内部は外とは打って変わり、遠近感覚がなくなるほどの白一色で統一されている空間だった。先ほど異形の目を晒してきた軍服の男が先導するように一行の前を歩いており、数人の部下が後ろから挟み込むようにして続いていた。指揮官の男はいつの間にか肉食型爬虫類としか形容できない姿に変貌していた。
「うおお、外の作りとは異なって、中は近未来SFっぽさがグッと際立つ未知ヲタ好みにブッ刺さる作り! いやはや何とも痺れますなぁ。ところでボクたちこれからどこに連れてかれるのモルダー?」
「知るか! そんなこと俺に聞くんじゃねえ!」
「うわ、ノリ悪。こうなったらこの状況を楽しんだ方がトクだってのに、まったく素人はこれだから困る。あんまりストレス溜めすぎると自慢の鶏冠がハゲるよ?」
「お前がそのストレス原因だっつってンだろ!」
「やだ、そんなに褒めると照れちゃう。あ、そうそう、ねー、おじさんってさー、人型爬虫類のレプテリアンでしょ? ねー、聞いてる? ワニ顔のあなたのことですよ?」
鰐顔の男は歩きながら肩越しに振り返り、物怖じしない須賀理に向けてこう言った。
「少し勘違いをしているようだが、私は他星から来た人類ではない。ましてや鰐などと。似ても似つかぬ」
「やはは、冗談は顔だけにしてクレメンス。明らかにワニで草、異論は認めないよ。て、モルダーくんが言ってます先生」
「俺のせいにしてンじゃねぇ! お前わざと機嫌を損ねようとしてンじゃねぇだろうな? ここで殺されたらお前の兄貴に申し訳が立たねぇだろ」
「冗談なのにバチクソ狼狽えてて草。まぁもちつけ凡人よ、殺す気ならとっくのとーに殺されてるってのが、心理学の天才スペシャリストであるボクの理論である。だよね、クロコダイルダンディーおじさん、プクク」
鰐顔の男は須賀理の明け透けない態度に怒りもせず足を止めて一行に正対し、改めてこう言った。
「もう一度言う、私は他星人ではない。この星最古の地球人だ」
「はいカット! ホラホラ、とんでもない謎リプが返ってきたよ〜。ワクワクしちゃう。それは一体どういうことなのかな? 気になって夜しか眠れなくなっちゃう。ボクらに詳しく教えてちょうだ〜い?」
鰐顔の男は食い下がろうとしない須賀理を少しの間見つめ、観念したかのように語り始める。
「遥か昔、太陽系の主権を奪い合う宇宙戦争が起き、勝利した銀河軍が戦争によって絶滅寸前となった我々を地底に幽閉した。その後、地球に新たな生命を宿す目的で作られたのが、諸君ら猿人たちである」
プレアはそのことをすべて知っていた。この星に宿る生命体は、すべて地球外よりもたらされた遺伝子によって作られている。天の川銀河を統べるプレアデス星の統治者が新たな銀河法を制定し、太陽系を不干渉区域として銀河警察に守らせているのはこのためである。
「いいものを見せてやろう」
男が何もない壁に触れ窓を出現させたので、一行は言われるがまま窓際に立ち中を覗きこんだ。一行の目に飛び込んできたのは本日二度目となる圧倒的な光景だった。白くシンプルで未来的な防具を全身にまとった兵士たちが、隊列を組んで微動だにせず屹立している光景だ。他星人どうしを掛け合わせて作られたクローン兵士である。
須賀理は彼らを一望し、瞳孔をハートに象らせながら嬉々としてこう言った。
「ククク、次から次へとボクの願望が叶えられていく。どうしちゃったのこれ? やっぱり日頃の行いが良かったからかなー。こんなの見せられたら次は金色の喋るアンドロイドでも持ってこなきゃ驚けないよ。ところでこの兵隊さんたちを使って一体何を企んでるのかな? 地球を乗っ取る計画でも考え中なのかねワニカス大尉」
「聡明で何よりだ。だが残念なことに、計画は実行中で既に最終段階に入っている。この地の要人はすベて我らの支配下にある」
「ゲゲっ、冗談で言ったのに結構ヤバめの答えが返ってきたンゴ。てか、悪の秘密結社と思想がクリソツで草」
「諸君ら猿人から地上の支配権を奪い返すのが我々の計画だ。お気に召してくれたかな、モンキーガール」
「うおおっ、個人的にはキタコレ展開で申し分ないっスけど、ボク以外の人からしたら非常にお気に召さない内容だね。でも、そんな国家機密級の内容をマックでJKがくっちゃべるようにベラベラと言いふらしちゃっていいの?」
鰐顔の男はその質問にこう返した。
「今宵で生を絶たれる諸君らの手向けに、もうひとつ教えてやろう。私はこの星最古の人類、竜人だ。以後、接する時は敬意を払……」
「ちょ、おま、竜人てwwしかも真顔でwwww。おじさん鏡みたことある? どっからどう見てもワニだよ? もはや草通り越して森w。写真撮ってSNSで拡散したろ。ぶわははっ!」
須賀理は散々笑い倒して満足げである。
「あーぁ、ふぅ。久々に笑わしてもろたわ、ねえモルダー」
「いちいち俺に振ってくンじゃねぇ! ちったぁ黙ってろ!」
鰐顔の男はこのやり取りを無視して翻り歩行を再開した。その後、一行は地下の監禁部屋に連行され、個別に監禁されることとなった。ひとりの兵士に見張りを言いつけ、男がその場を後にする。金属で作られた床を叩きつける無数の固い足音が遠ざかる。
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