いいってことよ、ま、全部俺に任せとけ

 敵の攻撃が開始され、守田たちに赤い光弾が襲い掛かってきた。守田はその攻撃を嘘のように避けながら、いまだに泣き止まないルチェアに言い掛かりをつけた。


「おい、いつまでびゃあこら泣いてンだ! こちとらお前のせいで避けるのに必死なんだぞ! なんか対抗できるモンとかねえのか!」


 守田がこの猛攻撃を避けられる理由として挙げられるのが、相手が走りながら撃ってきているのと、弾に色があるからであった。とはいえ、その反射神経たるや、もはや人間離れしているとしか言いようがなかった。ルチェアは悲しみに暮れながら守田の言い分を受け入れ、腰のポーチからごそごそと何かを取り出した。守田は縋りつくようにしてそれを奪い取るが、次の瞬間愕然とさせられた。なぜなら縋り取ったそれは、彼の手の平よりも小さい子供向けのおもちゃの銃にしか見えなかったからである。


「はあ? テメーこんなんで対抗しろってのかよッ!? 出すならもっとマシなモンよこせ――」


 そこに隙ありと言わんばかりに撃ちこまれた弾丸を、守田は海老反りになって避ける。


「うお、あっぶねー。今のはヤバかった……痛ッ」


 辛うじて難を逃れたとはいえ無事では済まなかった。鼻先に火傷のような赤い痕が刻まれている。光弾が飛び交うなか守田はなんとか体制を整え、敵団の先陣を走る見た目牛のような茶色い巨漢に銃口を向けた。


「チッ、こんなモンに命託すなんてどうかしてるぜ。けど、今はこれに頼るっきゃねえ!」


 そして引き金をひいた。


 ――カチ。


 何も起きない。

 

「……は?」


 もう一度。


 ――カチ。カチカチカチ。


 彼我の距離がおよそ20メートルに迫ってきた。


「オイオイ弾が出ねえぞ、どーなってンだこれ!」


 まさにその時だった。銃の不発に完全に気を取られたのが仇となり、腹部が赤い凶弾の餌食となる。


「くはっ」


 守田は突き刺さるような衝撃に口から血しぶきを上げ、うずくまるようにして床に倒れこんだ。脳震盪を起こしたように視界がブレる。


「クソ、まずった」


 手元から転げ落ちた銃がルチェアの足元に当たり、彼女がそれに気づいて拾い上げる。


「こうなっちまったら最後、あとは頼んだぞ、ルー」


 そんな守田の思いをよそに、ルチェアは粛々と銃の安全装置を外し、迫りくる敵に向かって引き金を絞った。その銃から想像もつかない程のどでかい音と野太い光線が発射され、向かってくる敵をなぎ倒しながら殺傷可能限界距離である100メートルのところで音もなくそれは消滅した。敏捷性の高い者は伏せるか壁際に避けてその光線をやり過ごしたようだ。チリチリと放電のような音だけが聞こえる静寂のなかで守田はこう呟いた。


「使いかたくれえ、最初に言っとけっての」


 ともあれ、あとは残された寿命が尽きるのを待つだけ、と思っていた次の瞬間、巨大な獣の足が目の前に現れたことに気がついた。一団の先頭を走っていた牛男の丸太のような足である。


 他の宇宙人たちも続いて集まってきた。触手を持った人間、全身毛むくじゃらの丸い浮遊物体や、辛うじて人型を保っている不気味なドロイドなどがいる。ルチェアが牛男を見上げ、牛男がルチェアを見下ろしたまま立ち尽くしており、一団に囲まれている状況だ。


 巨躯の牛男コボンヌは、今にも大声を上げて泣きだしそうなか弱き少女を見てこう思う。生き別れた娘にそっくりだ、と。


 故郷のボシット星での思い出は片時も忘れたことはない。愛する妻、己を支えてくれた親兄弟との思い出が去来する。


「ま、待ちやがれ……テメーの相手は、この俺だ……ッ」


 裂帛の気合いと共に起き上がりしは、先ほどパラライザーで捕らえた、変わった身なりの少年であった。虫の息とまではいかないが、肩で息をしている状態である。


「ほう、あれをまともに喰らってもう起き上がるか。非力に見えて中々どうして」


 守田は穿たれた腹に手を当てこう答える。


「しくじったなおっさん、俺を殺るなら腹じゃなく……ん? アレ、どうなってる。なんともねえ」


 守田は、弾痕と出血を想像していたが、破けた制服の隙間から見えたのは赤い痣だけであった。簡素な鎧を身に纏った牛男コボンヌは、その様子を見て微笑み、こう答える。


「あの弾丸は体の自由を奪うものだ。元より殺すつもりはない」


「なんだ焦って損したじゃねーかよ……ところでおっさん、アンタこいつらのボスだろ? ここは男同士、タイマンでケリつけようじゃねえか」


 守田は啖呵を切り、次に来る攻撃を予測しながら戦闘体勢をとった。コボンヌはその挑発を真に受けず、彼らの状況を思い図ろうとした。


 ――信念のこもった強き眼差し。妹をおもんぱかるゆえの後先考えぬ行動、か。しかし解せぬ。凶悪犯罪人の一味と聞いていたが随分と話が違っている。いかようにすべきか。


 そこで、金属質の鋭利な足が六本もある黄金色のドロイドがコボンヌに歩み寄り、こう問いかけた。


「旦那、こんな奴らとっとと捕まえてやつらに差し出しましょうや」


 コボンヌがその問いにこう答える。


「どうやら、当初聞いていた話と食い違っている。それに事を急かずとも、彼らは我らの手の内にある。話を聞いてからでも遅くない」


 その言葉に周囲がざわつきはじめた。そこで話の見えぬ守田が割って入る。


「アン? どういうこったおっさん、説明しろよ」


「ふむ。まず君たちの置かれている状況を尋ねたい」


 守田は彼の真摯的な眼差しに偽りがないことを感じとり、ルチェアと共に胡坐をかいて座り、対話する体勢をとった。コボンヌは、後ろに控えている仲間たちにも座るよう指示を出し、倒れていた宇宙人たちもやがて起き上がり、それに倣って座りはじめた。彼らがある程度無事なのは、ルチェアがレーザーガンの威力を落としていたからである。


 ルチェアは目をこすって鼻水をすすり、腫れぼったい眼で再びコボンヌを見上げた。コボンヌはそのおぼこくて愛らしい姿に、故郷に残してきた愛娘の面影を見た。おどおどとしながら彼女に出来るだけ優しく語りかける。


「悲しむ理由を、聞かせてくれるとありがたい」


 ルチェアは鼻水をすすって元気よく頷き、内容を簡潔に説明した。銀河の平和がある者によって脅かされていること。それにこの船が利用されていること。その事で姉と衝突し、とても後悔していることを切実に語った。


「お嬢ちゃん、そんなにお姉ちゃんのことが好きなら、なぜ向かわないんだい? 今こうしてる間にもその頭足類にいいようにされてたら、困るのはお嬢ちゃんだろう」


 ルチェアが、姉が窮地に立たされ困っている様子を想像して、再び涙する。


「ふぎ、どの面を下げて会いに行けと申すのですか。余は完全に嫌われてしまったのです。もう姉上とは一生会うことは叶いません……うわああああん」


 コボンヌはその泣き顔を見て非常に心を痛めた。冤罪でこの牢に収監される日の前日、娘と些細なことで喧嘩したからだ。言い渡された刑期は500年。そのうちの10分の1をここで過ごしたが、生きているうちはもう会えないと諦めている。


 ――年は同じころだったか。話を聞いた限りでは、このまま彼奴等に加担しても、私の人生は再び輝きを取り戻すことはないだろう。それに、今こうして自由でいられるのも、銀河警察の手が回る間だけのひと時に過ぎない。ならば、せめて年端もいかぬこの娘の思いを、叶えてあげるべきではないだろうか。故郷の娘に似る、この娘のために。


 コボンヌは、ルチェアの悲しむ姿と己の娘を重ね、決心した。


「後悔は本当に会えなくなってからでも遅くない。どら、おじちゃんが一緒に謝りにいってやろう」


 周りにいる宇宙人たちの不満の声が、堰切ったように上がりはじめる。


「冗談じゃねぇや旦那! 俺たちよりこいつらの方が大事ってのはどういう了見でい」


「ソウダ、イクラ旦那デモ、ソレハ横暴スギル」


 コボンヌは、圧倒的多数の反対意見を背に立ち上がり、こう言った。


「この話が本当なら、悪党の手によって銀河の安寧が根底から覆ることになる。我らの故郷だけが無事で済むと思うか?」


「そ、それは……」


 周りの囚人たちが一様にして黙り込む。


「ここに収監された日に捨てたはずの命が、彼奴等のよって救われたのは事実。だが、それがいっときだということは、捨て駒にされた我々が一番よく知っているはずだ。一度は捨てた命、どうせ散るなら義のために戦って咲くが華。我ら冤罪組は、悪党に非ず」


 コボンヌの意見に賛否が騒がれる中、守田があることを口にした。


「なぁ、ちょっくら提案だが、俺たちの味方についてくれンならアンタらの置かれた状況打開するために掛け合ってやってもいいぜ? なんたってこのちっこいのはこの銀河で一等偉い皇帝のご息女だかンな、それくらいお手のモンよ。だろ? ルー」


「げ、下手人どもの力を借りるわけにはまいりません!」


「バカ、事情はどうあれこのおっさんは冤罪って言ってンだ。たとえ嘘でも力になってくれる仲間がいればプレアがその分助かるってことだろ? 援軍連れてきたって言ったらあいつ喜ぶぞ? お前のことをちょっとは見直すかもしンねえぞ?」


 ルチェアはその言葉に一筋の光明を見た。


 ――姉上がまた褒めてくれるかも。


 守田はその無言を受け入ったとみてこう言った。


「おっさん、交渉成立だ。俺たちを助ける代わりにアンタらは冤罪を晴らす機会を手に入れる。これで決まりだな?」


 冤罪組の長コボンヌにとって、それは願ってもない条件だった。


 ――娘に、会えるかもしれない。


「ほ、本当にいいのか?」


「いいってことよ、ま、全部俺に任せとけ。つっても100パー思い通りに行くとは限らねえから、そこんとこヨロシクな。じゃあ、あとはアンタがこの人たちをまとめる番だ」


 コボンヌは彼の姿を見て村一番の自慢の息子を思い出していた。


 ――銀河警察に連れていかれたあの日、俺の無罪を最後まで信じ、銀河警察に食って掛かった姿は今でも鮮明に思い出すことができる。口が悪いのもそっくりだ。


 守田を見てコクリと頷き、銀河文字で冤罪上等と彫られた左肩を組員たちに見せつける。


「我らの冤罪を晴らす時、ここに来たれり」

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