一歩でも前に進むことが出来るなら、私はリスクを負う道を選択する

 戦闘は5分ほどで方が付いた。守田たちが、自ら創り上げた仮初めの死体全て峰打ちの山を無感動に見つめるプレアの元へ寄り集まってきた。


「姉上……大丈夫ですか?」


 プレアは腰のホルダーにレイブレードを収め、気遣う妹に冷たく一言「問題ない」と残して先を急ごうとした。だが、守田に後ろ手を引かれて止められる。


「急ぎてえのは山々だが、まずは作戦会議だ。だろ? プレア隊長」


 プレアは冷静を欠いていることに気づいて守田に謝罪した後、改めて艦内を観察することにした。頭上には依然として無数の宇宙戦艦がゆっくりと船外に向って進軍しており、侵入通路の先も後も船外と同様の白い景色が見えるだけで他はなにもなく、横幅も相当に広いことが把握できた。内部に侵入する経路は今のところ二つ。敵が出てきたところと、反対側にもう一箇所存在している。


「二者択一か。さて、どうする? じゃんけんで決めちまうか?」


「じゃんけんとはなんでしょう?」


 ルチェアの質問に守田がこう答える。


「地球式の選択権奪取ゲームよ。グーパーチョキって、この中からどれかひとつ選んで出し合って、最後に勝ち残ったやつが王様ってわけだ。簡単だが意外と奥が深いンだぜ?」


 ルチェアは内容を理解して溜め息をついた。


「……しかるに、思考放棄から生まれた妥協ゲームに興じろというわけですか。ハッ、さすが地球人、実に愚かなり。だからいつまで経ってもの域を出られずにいるのです」


「おいおい、いくら宇宙広しといえど世の中これ以上の平等なゲーム他にねぇだろ? てか、なんだよそのレベル4ってのはよ」


 ふたりの会話にどこからか聞いた声が割って入った。


「ここからはオイラが案内するズラ」


 守田たちはまず、声の発信元であるプレアの顔を怪訝そうに見た。プレアは慌てふためき、身に覚えがないと首を振っていると、金髪の隙間からひょっこりと何かが現れた。皆が一様にギョッとした中で現れたのは、蛸姿に変化中のバッパであった。


 その提案に疑念を抱いた守田がこう返す。


「よう、案内するってお前もここ初めてだろ。なんで行先とか分かンだよ?」


 バッパは守田の訝る目に怖気づきながらこう答えた。


「は、発信源がまだ動いているズラ。つまり、それを辿れば目的地に着くって寸法ズラズラよ……」


「フーン……まさか、俺たちを敵陣のど真ん中にほり込もうって腹じゃねぇだろうな? ちょっと貸してみろ」


 嫌疑をかけられたバッパが、受信機を後ろ手に隠しながら取り乱す。


「と、とにかくこの道で合ってるズラ! 最短ルートで辿り着けるズラに、細かいことを気にしてる場合じゃないズラよ、ねぇ愛しのご主人様」


 プレアは、バッパの息遣いに敏感に反応して艶っぽい声を出すが、取り繕うように軽く咳払い、少し考え、皆に結論を言い渡した。


「時間がないし、ここはバッパに案内を任せてもいいと思う」


「……チッ。まぁ、隊長がそう言うなら仕方ねえ、」


 と、守田が折れようとしたところでルチェアが手を上げ、こう言った。


「余は断固として反対します」


 強い口調で異を唱えたルチェアの視線の先にはもちろんプレアがいた。相当溜まっていたらしく、こんなことまで口にした。


「そやつの説明では姦計の可能性が排除できません。よくお考えになってください。いくら監獄船広しとはいえ、内部の構造のほとんどが牢屋であればそやつに頼らずとも敵を見つけ出すのは難くありません。非常時には、危険を徹底的に排除した最善策を講じるのが定石だと習いませんでしたか? 姉上。天の川銀河の指折りエージェントが聞いて呆れます」


 ルチェアは不敬な発言をしたことに少し罪悪感を覚えるが、これも姉を思うが故の行動だと、己を正当化することで前の考えを否定した。


 剣呑なムードが漂う中、プレアが悔しさを滲ませながらルチェアに反論を開始した。


「でも、ここまでこれたのはバッパのお陰! ルーちゃんだって承知の上の事では?」


 ルチェアがその言葉を待っていたと言わんばかりに、すかさず揚げ足を取りにかかる。


「ご認識が浅いようなので今一度申しておきますが、この本丸に駒を進める事ができたのは、その肩に座する頭足類ではありません。実姉の如く慕っていたウィドー様が身命をなげうったお陰でございます!」


「それは分かってる! でも、それはバッパの受信機があったからこそ成り立つ理論でしょ!」


「奪って行けば済む話をややこしくしたのは貴女でしょうに! とにかく、これ以上犠牲を増やしたくないのであれば、可及的速やかにその頭でっかちと決別すべきです!」


 プレアは、何を言っても食い下がってくるルチェアに反論にあぐねた。


 事の発端は確かに自分にあった。だがルチェアの言う通り、奪って行けば犠牲を出さずに済んだのであろうか。いや、この件はそんな単純に答えは出ない。それに、結果は覆ることはない。


 プレアは混ざり合う事のない論争に蹴りをつけるべく、子供じみた様にこういった。


「……もぅいい。そんなに嫌ならルーちゃんはついてこなくていい」


 思いもよらぬ姉の反応にルチェアは目を丸くした。火種を蒔いたのは己とはいえ、正直、姉をここまで追い詰めるつもりはなかったのだ。ルチェアはすぐさま反省の弁を述べる。


「い、色々とあり過ぎたので少々熱くなってしまいました。どうでしょう姉上、ここはお互い冷静になって議論し直しませんか?」


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。和解を持ちかけようとしたその時に、これ見よがしに口の端を傾けるバッパを瞬間的に捉えたのだ。


「きッ、キサマやはり姉上を誑かすつもりだったか!」


 バッパに向かって今度こそ本気で飛び掛かろうとしたルチェアを守田が慌てて止めに入る。


「落ち着けっ、ルー!」


 守田に抑え込まれたルチェアが、鎖に繋がれた子犬のようになって腕の中で暴れ狂う。


「そなたは誰の味方だ、放せ! 即刻その裏切り蛸を刺身にせねば取り返しのつかぬ事になるのがまだ分からぬか!」


 バッパは自分の身が安全になったことに安堵し、プレアに改めてヒソヒソとこう語りかける。


「オイラは助けてくれたご恩を一生忘れないズラ。必ずやご主人様をあの憎きストラフの元へ連れて行って差し上げるズラ」


 プレアはそれを聞いてより一層に意思を固めた。理性を失った妹に近づき、こう告げた。


「ルーちゃんの言うとおり今は非常事態。でも、たとえ一歩でも前に進むことが出来るなら、私はリスクを負う道を選択する。それに、もうこれ以上……」


 プレアの脳裏に、愛機ブラックウィドーが今際の際に見せた雄々しい姿が去来した。再び熱いものが込み上げそうになるが、首を振ってその思いを断ち切る。


「とにかく一刻でも早くこの件を終わらせる必要がある。だから、今はバッパを信じる。これが私の答え」


 ルチェアは信じられぬ物を見る目で姉を見て、こう言った。


「血を分けた肉親の進言より、その八本足を信じるとおっしゃるのですか……」


 プレアが無言で頷き、冷徹にこう述べる。


「最善策だけでは、恵子も銀河も救えない。非常事態にとるべきは、非常手段。非情と罵られても、私はこの道を選択する」


 ルチェアはその言葉を聞いて、全身の力が抜けるほどの失望感を覚えた。こんな非情な目をするプレアを見たのは、生まれて初めてのことであった。もう何を言っても、姉の耳に届くことはないだろう。


 ルチェアは今にも泣き出しそうな顔で俯きながらこう言った。


「わかりました。そこまでおっしゃるのであれば……ここでたもとを分かちましょう。それがしは……貴女とは別の道から敵を探します」


 視界が歪み、大粒の涙がひとつ、無機質な白い床の上を湿らせる。


「もう二度と、顔を合わすことは叶わぬかも知れませんが……ご健勝を祈ります。ですが、そやつにだけは、けして気を許さず、幕無しの警戒を……」


 無鉄砲な姉のことが、ただ心配だった。


「あ、姉上のバカー!」


 ルチェアは最後に感情を爆発させ、反対側の入り口向かって走りはじめた。守田は慌てて、彼女を追いかけようとするが、その前に一言プレアに声をかけた。


「おい、あんま無茶すンじゃねえぞ」


「俊雄……」


 しゅんとするプレアを励ますように、守田はあっさりとした笑顔でこう言った。


姉妹きょうだい喧嘩ってのはいっときだ、そんなに気にするな。そりゃそうと、おいバッパ。テメぇ、吐いたツバ飲んだらどうなっか分かってンだろうなぁ。そこんとこよーく頭に入れてこいつを丁重に案内しろ、わかったな? アン、返事は?」


「わ、わかったズラ……」


 と睨みを利かせた後、プレアに親指を立て、ルチェアを追いかける。


「俊雄ッ、あ、あの……ッ!」


 守田は、プレアが言わんとしてることを悟り、振り返らず拳を天に向けてこう言った。


「分かってる、つーの。妹のことは俺に任せとけ。また後でな!」


 それから約30分後――。


 ルチェアの言っていた通り、施設内部は格子のある部屋が延々と並んでいる環境であった。守田はいまだわんわんと泣き喚くルチェアの後ろ姿を眺めながら、管理棟に繋がる道を探し続けている。


「お前の頑固さは完全に姉譲りだな。ま、姉妹だからしゃーねぇか。それにしてもこれからどうすっかな……つーかそろそろ泣きやんでくれよ。出払ってっけど、ここ一応敵地だぞ。あ、お前ひょっとして、ここまで泣いたから今さら引くに引けねーなんて考えてンじゃねえだろうな。カーッ、エモいねぇルチェアさん。けどまぁ分かンぞその気持ち。俺だってむかし――、」


 と、守田がルチェアの気を逸らしに掛かったその時、


「いたぞあそこだ!」


 200メートルほど前方に敵が現れた。先ほど出くわした白い兵士たちとは違い、宇宙人ぽいとしか形容し難い連中が我先にとこちらに向かって走ってきた。種族は様々のようだ。収監されていた囚人たちの可能性が極めて高い。


 守田は泣き止む気配のないルチェアと、迫りくる敵を交互に見ながら、頭をかいてこう嘆く。


「チッ、ほーら言わんこっちゃねぇ。ったくどいつもこいつもメンドーばっかこさえやがって。つーか武器もねえのにどうすりゃいいってンだよ」

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