フォローラがいつも言ってるわ、ルチェアは天才だって

「ルーちゃん、起きて」


 ルチェアが突然の呼び出しに守田の胸元から飛び起き、冴えきらない目をこすりながらプレアに応答した。


「姉上、いかがなされましたか?」


「状況開始。ESPを展開してシールド強化、サポートをお願い」


「りょっ、了解!」


 ルチェアが即座にアームレストの液晶パネルに両手を置くと、その部分が緑色に発光し、ブラックウィドーとの意識連結を表す同期率ゲージが上昇した。機体全体を覆っている紫色の電磁シールドが大幅に強化されていく。機外に散らばる敵を一望しながら、シニカルに気炎を吐いた。


「フッ、何事かとふりさけ見れば、吹けば消し飛ぶような蚊虻ばかり。ま、ともあれ御二方、あの根暗人間に我々の力を思い知らせてやりましょう」


 ブラックウィドーは敵機の一体をスキャンした。三台の超小型加速器の回転速度が徐々に上がり始める。


『生体反応はないわ、おそらく無人機よ。フォローラ来るわよ!』


 敵の攻撃が遠方より開始された。宇宙戦闘機から見て真横から無数の光の弾丸が押し寄せてくる。プレアは機首を下げ、回転しながら華麗に落下するマニューバで弾幕を躱しつつ、ブラックウィドーに指示を飛ばした。


「ブルズアイ方位090、距離10ノーティカルマイル、高度90000フィート、敵対オブジェクトおよそ300、全砲アクティブレーザーに切り替え連続射撃。用意、撃て!」


 宇宙戦闘機の翼端翼下にある八つの砲身が、敵を追尾しながら全方位バラバラの駆動で攻撃を開始した。数優先でシールドを張っていない無人機が次々と炸裂。爆破した機の煽りをまともに受ける機も続出した。攻勢は今のところ優位ではある。が、手放しでは喜べない。母船から湧水の如く敵が湧いてくるためだ。


 ブラックウィドーは攻撃の手を緩めずに、そのことを危惧してこう言った。


『それにしてもキリがないわね。この先、私と同等の戦力を持った敵が出てこないとも限らないし、早い段階でこの状況にけりをつけたいわね』


 プレアも、操縦桿を縦横に向けながらそのことに懸念を抱いていたが、監獄船の周りををぐるっと一周していた時に、ある一点に目がいった。幅500メートルはある長方形の大穴を発見したのである。脇には対空砲が備えられており、別タスクをプログラムされた無人機が周囲を取り囲んでいる。別の脅威があそこから出てくるかもしれないが、プレアはその考えを一旦捨て、今なおドミノ倒しのように敵機を破壊し続けているブラックウィドーにこう提案した。


「ウィドー、あそこに入れそう?」


 ブラックウィドーは、次なる作戦と捉えてこう答える。


『そうねえ、乗り込む前にでかいの一発ぶちかまして突撃ってところかしら』


 ブラックウィドーには、荷電粒子を発射する大口径主砲が備えられている。とはいえ、発射までには時間が掛かる上、その間は完全に無防備になるというリスクを背負わなければならなかった。防御担当はルチェアがしてくれているとはいえ、間断なく撃ち込まれるのであれば、持ち堪えても3分でシールド限界がやってくる。


 ルチェアもまたその作戦を理解して、彼女たちが口を出す前にこう答えた。


「姉上、5分だけなら持ち堪えてみせます」


 明らかに虚勢であった。が、それは他の二人も同じであった。ルチェアの気持ちを汲み取ったブラックウィドーは、すぐさま、ティスタニアとその周辺の立体映像を前後座席の中空に浮かび上がらせ、射撃地点を点滅させた。


『そこがエンゲージポイントよ。とっておきのをお見舞いしてあげるから3分だけ持ち堪えて』


 プレアは直ぐ行動に出た。機体を180度ロールして背面になり、逆宙返りを決めて監獄船の衛星軌道に突入した。ブラックウィドーは第九の砲身を機体の真下に現出させ、加速器の速度を目一杯に上げた。左右不規則なブレイクで敵を翻弄し、弾丸を振り切ろうとするが、豪雨のように降りかかってくる弾丸を反撃なしに避けるのは流石に困難で、シールド効果率が湯水を垂れ流すかの如く下降していく。しかし、吉報は意外に早く届いた。


『お待たせ、お二人さん』


「了解! ルーちゃん、あと少しだけ持ち堪えて!」


「は、はいい!」


 機体の軌道を大きく外して反転し、射撃ポイントへと向かおうとした。ところが、それまでバラバラだった敵機が突然編隊を組みだし、目標の前で盾を形成しはじめた。こちらの意図が勘取られてしまったのだ。


『ちょっと筋書きにない事はじめるんじゃないわよ! いいわ、このままぶっ放してやる』


「待ってウィドー、このままじゃ目標をロックできない」


『こんな時はど真ん中目掛けてぶっ放しときゃなんとかなるのよ!』


 プレアは、ブラックウィドーの無理強いに舌を打ちつつ、目標想定位置に照準を合わせた。機底の巨大な銃口にはすでに青白い光源が発射はまだかと待ち構えている。


「今よウィドー……用意、撃てええッ!」


 高密度に圧縮された荷電粒子の光の矢が盾の中心部に向って飛翔した。力強い光の一閃が敵を貫き、被弾しなかった周りの機を巻き込む爆雷の連鎖を生みだした。爆発が収まってくると盾の中心部に漏斗状の巨大な穴が形成されているのが確認された。だが、穴の先に見えるティスタニアの着弾地点には1ミリの傷すらついていなかった。敵が編成した捨て身の盾が予想を上回る厚みでそれを防いだためだ。作戦は失敗に終わってしまったのだ。


 ティスタニアから新たに出動した敵が、何事もなかったように機械的な動作で空いた穴を塞いでいた。そして、プレアたちが呆気にとられている数秒の間に敵の包囲網が敷かれていた。360度見渡す限り敵に取り囲まれてしまったのだ。


「クッ……私としたことが」


 シールド効果率が危険水域に達したことを知らせるアラートがついに鳴りはじめた。プレアの左側に後部座席の映像がポップアップされた。ルチェアが息を切らしながら窮状を訴える。


「なんとか4分はもたせましたが……そろそろ限界です」


 敵は、こちらが降伏するのを待っているのか、はたまた同士討ちを避けるためなのか、攻撃を仕掛けてこなかった。ミサイルで打開する手もあるが、この距離ではこちらにも被害が及んでしまう可能性があった。万事休すと思われたその時、ブラックウィドーはあることを決断した。溜息をつきながら飄々とした態度でこう言った。


『どうやら、を使うしかなさそうね』


 その言葉にルチェアが真っ先に反応した。


「あれ、ですか。しかし、あれはまだ完成とは言い切れません。それに実戦でも試したことが……」


『あら、この私にあんな魔改造を施したのはどこの誰だったかしら。それに今この時が、それを試すのにお誂え向きだと私は思うけど』


 あれ、とはもちろん秘密兵器のことである。ブラックウィドーは、それを使うために施工主の許可を求めたのだ。なぜなら、施工主の太鼓判がなければパフォーマンスを維持できないという意味が付きまとうからだ。


 ルチェアは、懐かしむようにその経緯に至った過去を振り返る。


「姉上の無茶振りのお陰で銀河中から素材をかき集めてきたのを思い出します……」


『そうね、フォローラがあの理論と設計図を持ってきたときは、正気を疑ったわ。でも貴女はちゃんと理論通りに完成させた。フォローラがいつも言ってるわ、ルチェアは天才だって』


「ほ、ほんとですか姉上!」


 ルチェアは瞳を輝かせながらモニターに映る姉を見た。プレアに褒められることを至上としている、とてもルチェアらしい反応であった。プレアは、画面に映るいとけない妹の顔を見つめながらこう答える。


「嘘じゃない。ルーちゃんは天の川銀河一の天才。俊雄もそう言ってた」


「ええっ、俺は何も言って……!?」


 最後の一言だけはもちろん嘘である。しかしルチェアはそれをまともに信じ、胸が高鳴っていくのを覚えた。ルチェアが戸惑う守田を切なげな目で見上げ、こう言った。


「ほ、ほんとうですか……?」


 守田は返答に迷ってプレアを見るが、ジトリとした目つきを返されてしまい、言葉に詰まってしまう。


 ――チッ、最後のひと押しを俺にやれってのか。


 守田は意を決し、自分の膝上にちょこんと座っているちいさな宇宙人の頭をなぜながらこう言った。


「おう、お前は銀河一の天才だ。何作ったか知らねーが、テメェが作ったモンは大いに自信を持て。成功したらまたこうやって褒めてやる」


「本当ですか……?」


「ああ、男に二言はねえ」


 ルチェアは照れを隠すために俯き、スカートの端をぎゅっと握りしめながら、こう言った。


「ど、どの道、残るテストは実戦だけでした。わかりました、皆がそこまでおっしゃるのであれば、自信を持って許可致しましょう。一朝有事の問題が発生した場合、それがしが自信を持って修正することを誓います。ちなみに俊雄に絆されたからといって許可をしたわけではございません。そこは重要です」


『フフ、決まりね。さて、私が暴走しないよう、しっかりと手綱を引いときなさいよ二人とも』


 プレアとルチェアは直ぐに行動を開始した。自身の周辺に散らばっている多数の電子盤を操作し、高速タッチでプログラムを打ち込んでいいく。ブラックウィドーは、銀河文字の羅列の光が反射する彼女たちの顔を見ながら、入力するプログラムが潜在意識の中に取り込まれていくのを感じていた。


 ルチェアの入力作業が先に終わり、次いでプレアも作業を終えた。銀河文字でスタンバイと表記されたアイコンを押す直前に、二人は同時にこう叫ぶ。


「エクストラ・ディメンション・アルティメットモードッ、ブラックライトニング機動ッ!!」


 各種パラメーターが波打つように上限値を叩き、電子表示された銀河文字の数値が高速で桁上がりをはじめていく。


 プレアの座席が持ち上がって頭部と成り、後部座席が分離して胴体部分と成る。ふたつのエンジンノズルが足と成り、主翼部分が複雑に変形して腕と成す。


 他の部分も同様、地球の物理法則では絶対に説明のつかない変形を繰り返しながら、かつての宇宙戦闘機はした。


 自律AI搭載人型機動兵器と姿を変えた、闇の鎧を纏いし暗黒騎士がそこにいた。


 天の川銀河にふたつとない宇宙戦闘兵器の両眼が青白い光でギンと点り、腰だめに開いた両腕の肘から先が同じようにして煌々と輝きはじめた。


 そこで危険を察した敵が反応を示し、その兵器に向かって一斉射撃を開始した。


 ――が、


 すでに宇宙兵器の姿はそこにはなかった。敵の背後に突如として現れた黒い稲妻は、その名の由来を示さんとばかりに、宇宙空間の闇諸共、敵機を無残に切り裂いていった。

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