プレ子は置いてけぼりの刑に処す
午後6時10分
時坂市比良野町 伏竜山裏森林地帯
樹木の隙間から見える燃え尽きる太陽と、藍色の空にむかって伸びる一筋の煙。消火が進んでいるのか、煙の量は山頂から見たときよりもだいぶ少なくなっていた。
一行は、最初のうちは比良野町に抜けるハイキングルートをつかって山頂から降りてきたのだが、煙の方角とはかなりずれるので平地になりかけたところで進路を変えた。まるで迷路のように複雑に生い茂る森の草木を掻き分け、足元に注意を払いながら目的地に向かって休まずにに歩き続ける。
やがて太陽が僅かな光を残して地平の彼方へと沈み、辺りは藍色と木々の黒の世界へと切り替わる。
須賀理はすぐに調査ができるよう、普段から便利な道具を詰めたウエストポーチを持ち歩いていた。その中にはもちろん小型のマグライトが入っている。何度か明かりが欲しい場面に直面するも、その使用は最小限度にとどめていた。この辺りにはまだいないみたいだが、現場付近には必ず歩哨が立たされていると読んでいるからだ。
「はい、ちょっと止まって、プレイバックプレイバック」
「あ? どんな動きしろってんだよ俺に」
須賀理は草木の間に屹立した銀色の何かを指で差しこう言った。
「見て、赤外線センサが設置されてる。やっぱりボクの睨んだとおり軍の隠蔽工作が着実に進んでるようだね。素人だとここでゲームオーバー。ボクを甘く見るなよ」
長さにしておよそ150センチほどの棒が等間隔で暗がりの向こうまで突き立てられている。侵入者を探知するために備えられたものだ。須賀理は額から吹き出る汗を拭い、肩越しにそれを覗き込む彼らに説明を付け加えた。
「見たところセンサーは三ヶ所。このセンサーの下から潜り抜ければ侵入できちゃう簡易式だね。生まれながらにして神童と謳われたこのボクでなきゃ見逃してたところだよ。さ、行こ」
守田はしゃがもうとした須賀理の肩に手をおき、
「あのさ、お前と違ってこの制服新品なんだけど」
守田はほんの冗談のつもりで言ったのだが、須賀理はストレスが溜まっていたらしくその言葉にあっさりとぶちぎれる。ここで二人の口論がはじまった。もちろん声量を落としての展開だ。プレアはその状況を利用して、ここから先の区域を透視しながら考えを整理する。
――幸い付近にはまだ兵士は見られない。耳をすませば車両の音や複数の地球人の話し声が聞こえてくる。強力なスクランブルがかけられた軍事通信が無数に飛び交っている。この先はきっと警備もきつくなる。いち早く脅威を発見して対処しよう。
「なにぼーっとしてんの?」
須賀理の一言で、プレアはどっぷり浸かっていた思考の沼から現実へと引き上げられる。須賀理たちが赤外線越しに見えた。
――いつの間に潜ったのだろう。
「いこモルダー。プレ子は置いてけぼりの刑に処す」
「いや! まって」
その後一行は、軍の橋頭堡らしき場所に辿り着いた。太陽はすでに沈んでいたが、軍の車両や照明器具が闇を一掃しており、辺りはまるで昼間のようである。林の影に身を潜め、深緑色の天幕から忙しなく出入りする兵士たちの様子を伺うことにした。
午後6時45分
自衛軍作戦本部付近
林道先から新たにトラックがやってきて、指揮官らしき人物が助手席から出てくるやいなや、幌の中にむかって号令をかけた。銃を持った兵士たちが続々と現れ三列横隊で整列する。指揮官らしき屈強な男は点呼を報告させたあと部下に厳命した。
「これから我々1中隊は天使が堕ちた地点より南へ約1キロ区域の警戒にあたる。Aチームは山道の入り口封鎖。Bチームは県道に民間車両が留まらぬよう交通整理の実施。Cチームは化学物質を積んだ航空機が山間畑に墜落したと説明して直ちに町民を非難させろ。我々の制止を聞かず特定区域内に侵入する者がいればすみやかに射殺しろ」
そう言って男は敬礼をしたあと、指揮所と思われる天幕の中へと入っていった。部下は10人ずつの三班に分かれ、それぞれの班長と思しき人物に先導されて、目的地へと伸びる林道に向かって行軍を開始した。
「フフ、天使とはまた捻りがなさすぎて草。ちなみにさっき伍長殿が言った天使とはなんだと思うかねモルダー二等兵。2秒以内に答えたまえ」
「そんなことより俺たち見つかったら銃殺モンだぞ」
「フッ、もちつけ凡人よ。要は見つかりさえしなければ問題ないってことなのだ。さぁ、あの後に続くよお嬢さん方」
一行は小隊が進む林道の外側に身を潜めながら追跡を開始した。実のところこれまで誰にも見つかることなくこれたのは、ひとえにプレアのお陰である。彼女が自衛軍の歩哨を見つける前に発見し、目から飛ばした電波で兵士を眠らせていたから、何事もなくここまでこれたのだ。
しかしそんな献身的な努力を知る由もない須賀理は「なんで汗かいてないの?」「宇宙人て喉渇かないんだ」とか言ったりして彼女を度々困らせていた。嘆かわしいことにプレアはそう言われるたびに、暑くないのに守田を真似て手うちわをしてみたり、汗を拭うふりをしてみたり、渇かないのに喉が渇くふりをしてみせた。実に健気な少女である。このことを母星に住むじいやが知ったら確実に激昂するだろう。しかし、宇宙人でしかも皇女であることを知らない須賀理に罪はない。
「タリホー! あれだ、間違いない。ボクのミステリーセンサーがビンビンに反応しまくってる。第一種接近遭遇待ったなし!」
木々の間から、先ほどとは明らかに違う真っ白に輝く光が見えた。ついに目的地と思われる場所にたどり着いたのだ。自衛軍の兵士たちは装備品の音を立てながら、その場所を反れた林道を歩いていく。一行は身をかがめ、ゆるやかな斜面になった草むらの上を匍匐姿勢でゆっくりと進み、丘の頂上に登り詰める。横一列の川の字になり、まるで太陽を直視するような眩しさに目を細めながらそこを覗き込んだ。
そして、畑の中央辺りに、宇宙船らしき機体の残骸を目の当たりにする。
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