銀河系で唯一プレアデス人だけが持つ力

 墜落の衝撃でなぎ倒された樹木、抉られた地面、止まった先の畑で爆発して出来たクレータの中心部にその残骸はあった。


 消火活動は一通り終えているらしく、真っ白な化学防護衣を着た兵士たちが、除染器を使って墜落がはじまった森の中や辺りの土や草、そして大小さまざまな形に砕け散った銀色の物体に中和剤をふりかけている。除染が完了した残骸を回収している者もいる。注目すべきは中心部に突き立っている一際大きな残骸だ。地球上のどの航空機とも一致しない色と形をした葉巻型の物体は、墜落した今もなお、虹色の淡い光を放っている。


「やばいやばいやばいやばい、見てよあのでっかいの! 脈打つようにキラキラ光っちゃって。なにかの信号かな? ダメだ全然理解が追いつかねぇ、未知との遭遇で脳汁ドバっちゃってバチくそ半端ねぇっス! やはは」


 須賀理の目は輝きに満ち溢れていた。しかもちゃっかりしたことに、いつの間にか取り出した小型カメラで撮影をしている。


「はは、俺夢でも見てンのかな……。政府絡みのドッキリとかじゃねえの?」


「わかるわかる、そんな風に考えてた時期がボクにもありました。けど、もしそうなら納税者は激おこプンプン丸に即変身。これインスタ上げたらバズるかな……」


 守田が地面に顔を伏せて深いため息をつく。


「そりゃそうと、茶色のギョロ目ジジイがいねーみてぇだが、マーブルチョコでも探してほっつき歩いてンのか?」


「うーん、あの様子からみて軍に撃墜されたのは確実っぽいから、すでに連れ去られちゃったあとかも。予想はしてたけど相当不味いね。それにしても地球に何しに来たんだろ……あ」


 須賀理が何かに気づいてカメラから目を外した。


「どうした瓶底?」


「それだよそれ。てか瓶底言うなって言うとるやろがい!」


 須賀理の視線の先に落ちていたのは、あの宇宙船の残骸らしき欠片だった。長さ2センチほどの長方形の形をした薄い虹色の輝き放っている銀色の欠片である。手を伸ばせば十分に取れる距離にある。守田とプレアが横目で須賀理を確認した。彼女がそれを凝視しながら固唾を飲み下したとき、二人は後にとる須賀理の行動を予測した。


「まて、今お前余計なこと考えたろ。写真撮るだけでも相当ヤべえってのに、これ以上ワケわかんねえ事に巻き込まれたら、それこそたまったもんじゃねぇ。オラ、とっとと引き上げんぞ。あーぁ今から帰んのクソかったりぃなぁ」


 プレアは守田に激しく同意した。だが、須賀理はそれでも手を伸ばそうとする。


「やめろよ、見つかったらタダじゃ済まねぇって言ってンだろ!」


「ボクは一向にかまわんッッ! これは重要な手掛かりだ!」


「俺が構うンだよ! なんで火中の栗をわざわざ拾いたがる!」


「ええい放せ! 真実の欠片がそこにあるのに見逃せばXファイル部の名が廃――」


「真実真実っていい加減にしろよッ!」


 守田のあまりの激昂ぶりに須賀理がようやく動きを止めた。守田は舌を打ってこう続ける。


「いいか、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ。今までお前のように信じる何かに全力で情熱ぶっこむ人間に出会ったのは生まれてこの方はじめてだ。あぁ大いに尊敬するね、皮肉じゃなくて言葉どおりの意味でな。だがな、他人を危険に巻き込む筋書きをそこに足すってのは、一番やっちゃいけねぇことなんじゃねえのか」


  須賀理がいつになく真剣に黙り込んでいる。


「俺は今までテメェの目を絶対視するあまり、解明された事実以外は目もくれなかった。あのヘンテコな物体が一体何なのか今でもサッパリだ。となりゃ、あとはお前がそれに隠し撮ったネタを科学的に分析して、アレが俗にいう地球外知的生命体が造った乗り物だってことを客観的に証明するのが先だ。その冷えた頭でよく考えてみろ、したってのに、部長のお前が幕引くようなマネしてどうする」


 須賀理が口惜しそうに唇を噛み締める。


「てなわけでここは一旦仕切り直す。なに、ここまで政府の陰謀とやらの尻尾を掴ンだんだ、そのうち行動力のあるお前なら……いや、俺たちなら真実を手にすることだって出来る。なぁプレア、お前もそう思うだろ?」


 プレアは守田の言葉を受け、自分もこのチームの一員に入ってもいいのだろうか、と内心思いながらも同意を示すように首肯した。どうやら須賀理も納得したようだ。


「人に言えたことじゃないけど、君もかなり強情だね。おかのした。残念だけど君の言うとおり今回はこれで、」


 そのときだった。


「おい、あそこに誰かいるぞ!」


「げっ、ヤバ……」


 そう叫んだのは化学防護衣を着ていない警備兵だった。その声が合図となりスポットの強烈な明かりが一行に向けられる。彼らとの距離は約50メートル。無線で連絡を取り合ったのか、散開した警備兵が次々と銃を構えはじめる。


「そこを動くな! 動くと撃つ」


 このときの須賀理の行動は実に素早かった。撃つ前に一瞬の隙が生まれることを知ってのことかは知らないが、目と鼻の先にあった残骸に手を伸ばして奪い、


「よっしゃ真実の欠片ちゃんゲットだぜ! さぁ後は逃げるが勝ち、みんな栄光に向かって突っ走れー」


 直後、一斉に射撃が開始されたが、そのときにはもう一行は森の中に消えたあとだった。


 木の枝で鞭打たれるように顔を弾かれ、鋭利な草が腕まくりした腕を容赦なく切りつけてくる。くもの巣なんて何度被ったかも覚えていないし、高低差のある草葉の茂みに数え切れないほど足を取られた。


「あれほど言ったのにムチャしやがって、バカかお前は!」


「どうしてこうなった? どうしてこうなった?」


「お前のせいでこうなったンだろ! こんな所で人生詰みたかねーぞ、どうすんだこれから!」


「今全力でそれを考え中! アッチかなコッチかな、とりあえずそこのコーナー右だ! 曲がるっ、曲がってくれボクの86!」


 銃声は止んだが警備兵の声が後ろに迫っている。


「そっちじゃない、こっち!」


 プレアの呼びかけに二人は立ち止まって振り返る。無数のビームライトを背後にしたプレアが西の方角を指していた。二人はこのとき必死だったので、プレアがどうして逃げ道を知っているのかまで考えが及ばない。


「そっちは軍指令部の隣をかすめるルート。こっちの方が安全」


「え、でもそっち道ないよ? せっかく人生楽しくなってきたのに強制ログアウトなんてボクはゴメンだ!」


 プレアはぶんぶんと首を振り、


「この先には村に抜けるルートがある。だからこっち!」


 実はプレアはここに到着する前、小型機器を使って軍事衛星の電波にタダ乗りしてこの地域一帯の状況を入手することに成功していたのだ。なので逃げるための最適ルートを現在地を基点にして割り出した結果を二人に提示したのである。もちろんその先にも歩哨は立たされているが、住民がいる以上、攻撃に歯止めが掛かるはずだ。山に逃げ込む方がリスクが高いのである。


 二人は顔を見合わせており、この期に及んでもまだ決断に迷っていた。前方からも無数のライトが見えはじめた。一刻を争う状況だ。


「早くして!」


 プレアの絶叫に二人は弾かれるように反応して茂みの中に身を投げた。獣道を跨ぎ、新たな茂みの中でもみくちゃにされながらもプレアを見失わないよう必死になって追いすがる。


 ――追っ手はこちらに逃げたことにまだ気づいていない。でも時間の問題。この先にも何人か歩哨いる。いざとなれば戦闘も辞さない。


 プレアが決意を固めたその時、額に光を伴った幾何学的な紋様が複雑に浮かび上がる。


 ――二人は必ず私が守ってみせる!


 この紋様は、銀河系で唯一プレアデス星人がだけが持つ力が発動した証であり、彼らは、本来の力を何倍も増幅させる力を持っているのである。


 随分と遠くではあるのだが、その能力を使って前方にいる地球人が兵士か民間人かを見分け、ピンポイントに狙った電波を飛ばして兵士を次々と眠らせていく。通常時は直接相手の目を見なければ使えないのだが、覚醒時はそんなものはお構いなしになる。完全には象られていない状態でこの威力である。


 ヘリが後方から迫ってきたのでプレアたちは念のため民家の影に隠れてやり過ごすことに決めた。照明で草葉の陰や民家をくまなく照らしながらヘリが頭上を喧しく通り過ぎていく。


 月明かりだけを頼りに、汗と草とくもの巣まみれになって村を抜け、町道や畑のあぜ道を何度も横切り、犬に吠えられ、民間人の老婆に腰を抜かされて、ようやく東西に延びる国道22号線へとまろび出ることができた。車が激しく行き交い、店のネオンが立ち並び、飲食店は無数の客で賑わい、歩道を歩く人がいて、自転車で通り過ぎていく人がいる。


 平和的な日常が広がっていることに、一行は心から安堵のため息をもらした。プレアの紋様はいつの間にか消えていた。


 ここまで来ると軍の警備はさすがにないがプレアは妥協を許さなかった。ここからさらに南下して迂回に迂回を重ねたルートを通って家に戻ると二人に告げたのだ。鋭才教育の歪がこうした石橋を叩きまくって完全に安全になったのかを確かめて渡るという彼女の性格を生んでしまったのである。それにいち早く反対したのはもちろん須賀理であった。彼女は理由を聞いてしぶしぶそれを認めたものの、プレアの背中にぶつぶつ文句をぶつけて国道を渡り南へと続く歩道を歩いていく。途中二回の休憩を挟んだのだが、一回目のコンビニ休憩のとき守田が須賀理のスカートが破れていることに気づいて声を掛けたところ変態呼ばわりされて強烈なビンタを食らうという事件が勃発した。客のほとんどは店内で怒鳴りあう二人を物珍しげに見ていたが、このときプレアが頬を真っ赤に染めていたことを知る者はいない。


 須賀理の家の前にたどり着いたのは夜の11時13分であった。三人は、須賀理の母親を前にして本当のことを言えず、直立不動の姿勢のまま延々とこっぴどくお叱りを受けることとなった。

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