これが事実なら日本史きっての大スキャンダルになる

「こぉらワレぃぃ! ここはワイのシマやて何べん言うたら分かるんじゃいこのアホンダラ!」


 守田が気づいたときにはすでに須賀理はプレアの前に立ちはだかっていた。プレアが困りきった顔で返す言葉を言いあぐねている。


「ひょっとしてオドレ、ワイのタマ取りに来たんか。えーで勝負したるで、たった今からシマ取り合戦の始まりじゃあ! いつでもかかってこ……痛っ」


「この子お前の知り合いか?」


 頭を小突かれた須賀理が、ズリ下がったメガネを直しつつ守田に捲し立てる。


「この子は去年宇宙から来たクラスメイトで隣の席の陰キャロシア人で名前はプレアでちなみにノーフレンド! てか殴ったね! 親父にもぶたれたことがないのに!」


 プレアは守田に助けを求めるように全力で首を振ってそれを否定した。プレアにとってこのような尋問を受けるのは毎度のことで、悩ましいことだが嬉しくもあった。須賀理とコミュニケーションがとれるからである。


「加えて、普段の行動が読めなくて理由を挙げたら枚挙にいとまがなくて夜もひとりでウロチョロしてるらしくて実に怪しい存在。故に宇宙人と結論づけた。後で絶対一発殴るからね」


「言ってることがメチャクチャだが後半はぜんぶお前の事か?」


「貴様はどっちの味方だ! そもそもロシアは絶対未知の情報を隠してるし宇宙人と密約交わして……あ、さてはこのサークルをアンテナ代わりにして仲間の宇宙人と連絡取りあってたな!」


 プレアは半泣き状態で首を振ってそれを否定し、守田はそんな彼女を見て、すかさず助け舟を入れた。


「待て、ロシア人なら日本語でまくし立てても通じるワケねえだろ。たく、ここは俺に任せとけ。コホン、アー、プレアサン、突然失礼ナコト言ッテスミマセン、コノ子頭ガチョットアレデ、」


「に、日本語しゃべれる」


 その一言に守田は激しくズッコケた。須賀理はその痴態を見て「アホやこいつ」と言って笑い転げ、プレアは二人の様子を交互に見ながらオロオロとした。


「クッソ、だったらなんでこいつが宇宙人か説明してみろ!」


「ハイハイそうくると思ってた定期。たとえばこの目の色、ググったけどロシア人でこんな目の色してる人いない。つまり、鉄の雨が降ったり硫酸の氷がひしめく極寒の惑星で生まれたって証拠。髪だってそう。本物の金が混じってるような不思議な色。サンプルにくれって言ってもくれやしない。まーそりゃそうだよね、だってこの星の生命体に宇宙人ってことがバレたらまずいもん。ね、核心つかれてビビってるでしょプレ子?」


 ――色々違うけど、恵子はどうしてこんなにも勘が鋭いのだろう。


「オイ、こう言ってるけどそうなのか?」


「ち、違う! 普通のロシア人」


 ――この子は、今日転校してきたばかり守田俊雄という男性。なのになんで恵子とこんなに仲がいいのだろう。私もこうなるはずだったのに、少しうらやましい。


「それに、ロシア人なのにロシア語で話してるとこ一言たりとも聞いたことがないのだ。どやっ、これで言い訳できんやろ!」


「遠慮して言わねーようにしてるだけだろ。おい、試しになんか話してやれよ、得意のロシア語で」


 ――えッ!? 唐突に何を……


 本部の素性設定を無視して現場入りしたのが完全に裏目に出てしまっているプレア。彼女はこれ以上怪しまれてはならないと知ってる限りの語句を言うことにした。


「だ、だんけしぇん……」


 二人の目が点になる。


「……それドイツ語だから。ホラやっぱり怪しい!」


「おい今のギャグだよな? それとも具合でも悪いのか?」


「い、至って普通!」


 ――迂闊だ。日本語だけではなくロシア語も勉強しておくべきだった!


「ふん、まーいいや。けどこのクロップちゃんが出現した次の日に転校してきたのはどう言い訳するのかな? さぁ楽になりたきゃカマトトぶってないでとっととゲロっちまいな!」


「なんだよそのクロップちゃんってのはよ」


 須賀理が守田の部員らしからぬ答えに絶望的なため息をつく。


「あーモルダー捜査官、君は学校で一体何を学んでいるのかね? 算数国語に理科社会ときたら次にくるのは今足で踏んでるこれでしょこれ!」


「アン、これのことか。え、お前ひょっとしてこれを見せるために俺をここに連れて来たのか?」


「あ? その通りでございますが何かご不満でもありんすか?」


 須賀理の答えに守田が腹を抱えて笑いだす。


「こんな人っ気のねえとこでこんなの作って遊んでたのかよ、お前よっぽど暇人だな。ある意味尊敬するよ」


「むぎぎッ、人為的に作ったら花はめちゃくちゃになるし茎だって折れるしこうはならんのじゃい! しかもこの花一年前からずっと枯れてないんだよ。絶対宇宙人の仕業確定なの! ねぇ、陰キャプレ子そうなんでしょ?」


 プレアが同意を求められ反射的に首肯しかけるが、慌てて首を傾けてとぼけたふりをする。


「もーいい加減に白状しちゃいなよ。ホラ、仲間のメッセージは何だったの? 地球はあと何年で滅ぶ運命? それをこの星の宝であるこのボクに伝えるためにわざわざ系外惑星からやって来たんでしょ? 聞いてあげるから言ってみ?」


 ――これは、ワームホールの接続最終地点としての目印。10年前、恵子と出会ったこの場所にするって決めていた。恵子と一緒にお花遊びをした想い出の詰まったこの場所にすると決めていた。


「フン、ただの人間には興味ねぇってか。一応クラスメイトで隣の席なんだから、そういうのやめてやれよ」


「そうそうこの前イオン行ったらさー、プレ子がのガチャポンの前で固まってて、何してるのって聞いたら顔を真っ赤にして逃げてったの。まぁ言って凡人の君には理解できないかもだけど、理由聞きたい?」


「いや、全く興味ねえ」


「地球外惑星で手に入らない物だから欲しかったに決まってるでしょ。まぁプレ子の気持ちは分かるよ、ボクも好きだし、レアもんゲットするために大枚はたいてガチャ活したし。お陰でUR二つゲット!」


 プレアにはささやかなる夢があった。時坂市の花をイメージしたキャラクターのキーホルダーが欲しかったのだ。須賀理が家の鍵に付けている物と一緒の物が持ちたかったのである。プレアの購入意欲に歯止めを掛かけたのはもちろん銀河法だった。現地物品の地球外への持ち出しは固く禁止されているのである。


 守田がしょんぼりとうつむくプレアに同情する。


「いい年した大人がガキが欲しがるモンの前で突っ立ってるの見られたら誰だってそうなるに決まってンだろ」


「あ? ナナたんバカにしやがったな。やるか? あ? やんのかコラ」


 そのときだった。


 東から西の空へ流れていく黄緑色の光と煙の尾を、彼女たちは一斉に目撃したのである。山の向こう側に通り過ぎてから幾秒もしないうちに地鳴りを伴った爆発音が聞こえた。いち早く察したのはプレアである。

 

 ――あれはたしかアークトゥルス系第四惑星イレモからやってきた科学調査船。


 二人に気取られないようプレアは固唾を飲んだ。


 ――こうしてはいられない。


 須賀理は空に棚引く煙を見つめながら、少し遅れて結論を口にした。


「UFOだ」


 隣の守田が同じようにして見上げながらボソリとこう返す。


「……いや、飛行機かドローンだろ」


 須賀理がブンブン首を振ってそれを否定する。


「いや、たとえ燃えてても飛行機はあんな光源を出さない。それにあの色と形。主翼のない飛行機なんてこの地球上には存在しない。あれは絶対にエイリアンクラフトだ。軍にでも撃墜されたのかな……」


 守田がまたはじまったという顔でこう返す。


「もしそれが事実なら、明日学校で大騒ぎだな」


「いや、そんな生ぬるいもんじゃない。これが事実なら、日本史きっての大スキャンダルになる。地球外知的生命体の存在が確認されたも同然だからね」


 須賀理は真剣な顔でそう答え、瞬時にこれからとる行動を決断した。


「おそらく現場はこの山を越えた辺り……よし決めた、今から確かめに行く」


「は? お前、それ本気で言ってんのか?」


 プレアはものすごく焦っていた。二人の会話を聞きながら考えを巡らせる。


 ――この件は追っている事件と繋がりがある可能性が高い。すぐさま現場に直行すべきだけど、目撃した彼らをこのままにしては置けない。記憶を消すって方法もあるけれどできれば使いたくない。けど任務に私情を挟むのは……


「ボクはいつだって本気さ。とにかくこうして意見が割れたってことは、あれがなんだったのかを確かめる必要がある。それがXファイル部の部長としての使命なのだ」


「ダメッ。絶対に危険。やめた方がいい!」


 そして更にそのとき、編隊を組んだ軍用ヘリが空気分子を叩きつけるような音とともに頭上を通り過ぎていくのを三人は目撃した。須賀理はそれらが山の頂を越えるのを見届けてから、二人を見て得意げな笑みを浮かべながらこう述べる。


「見た? 撃墜か事故かはさて置き、ボクの読みどおりこの件には明らかに軍が関わってる。さ、早くしないと証拠はおろかペンペン草だって持ってかれちゃう。日が落ちる前に山を越えないと、」


「だったらどうしたってンだ? コイツも危険だって言ってるし、どう考えたって俺たちの手に負える代物じゃねえってさっきのヘリが証明してンじゃねーか」


 守田の拒否反応に須賀理はこう答える。


「ここで何もしなければ、明日のニュースで民間機が墜落したことになって真実は永久に闇に葬られる。違う場所で破壊された航空機の残骸映像とも知らずに、それを見せられて納得させられて終わってしまうんだ、ロズウェルと同じようにね。でも、それが世界の選択というのなら、ボクはそれでも構わない。けどボクは違う。ボクがこの目で見たモノだけは、それが何であるのかを絶対に解明してみせる。政府や軍がしゃしゃり出てきても必ず暴いてやる……それがボクのジャスティス」


 次の句を失う二人に須賀理は更に続ける。


「いいよ、ここから先はボクひとりで行く。ファイルナンバーX135墜落した謎の飛行物体を追え。あぁ、どれだけこの瞬間を待ち望んだことか。やっとボクの掌に、ぼったくりソシャゲのSSR並のチャンスが転がってきたんだ……言うなれば、それを単発で神引きした時のような最高の気分」


 須賀理の朧げな記憶の中に浮かんでは消える宇宙船。色も形も見たことすら曖昧だけど乗ったことがある。とたしかに乗ったことがある。この擦り切れた記憶を発端に、彼女はXファイル部を創設したのだ。


 そのと、また出会うために。 


「言っとくけど止めても無駄だから。あとこれフラグじゃないしさよなら」


「ちょ、オイ待てって!」


 須賀理は二人を残したまま、登山する方角へと走り去っていった。守田は悪態をついて頭をかき、カラスの鳴く小高い山の天辺を見上げながらプレアにこう言った。


「もうすぐ日が落ちるってのにこの山登るって正気かよ……ケッ、バカすぎる。いや、ありゃ相当な大バカだ。……プレア、俺は見ての通りこれからガキのお守りだ。お前は先に帰ってロシア語の勉強でも」


 プレアはその言葉を遮るように首を振り、固く決意した目でこう言った。


「私も行く」


「……はぁ、バカがもうひとりいやがった。で、俺合わせてあっという間におバカ三人組の出来上がりってか。あーッ、なんで俺が転校初日にこんな事しなきゃならねンだよ! クソッ、ああ、こうなったらトコトン付き合ってやる。外星野郎がいねーこと証明してゼッテーあいつの身ぐるみひん剥いて丸裸にしてやる」


 守田がそう決意して走り出し、プレアがその後を追って走りはじめる。彼らはすぐに須賀理の背に追いついた。須賀理は二人に気にも留めず傾斜がかった細い山道に戦いを挑み続けている。プレアは二人の背中を見つめながら拳を固く握り締め、どんなことがあっても守ってみせる、と心の中でそう決意した。

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